「毎日毎日よく通いますね」
今日もまた雀の所へ行こうと、李紗のいない隙に事務所を出ていこうとすれば武伶田がそう声をかけてくる。呆れたような感心したような声に、私はニヤリと笑って答えた。
「好きな相手に少しでも会いたいと思うのは自然な事だろう?」
「へ?好きな相手?」
私の言葉に武伶田が目をぱちくりとする。丁度その時、風梨井が両手に西瓜を下げて戻ってきた。
「あ、所長。今日も彼のところに行くんでしょう?」
「ああ、今から行こうとしていたところだ」
「だったらこれ、貰ったんで持っていって下さい」
風梨井はそう言って西瓜を一つ差し出す。大きな西瓜を受け取って私は目を丸くして言った。
「ありがたいが二人で西瓜丸ごと一個は多いぞ」
「いいじゃないですか、余ったら所長が家に持って帰って下さい。いい音してたから甘いです、きっと彼も喜びますよ」
そう言われれば断るのも無粋な気がする。礼を言って事務所を出ようとすれば、武伶田の驚いた声が追いかけてきた。
「ちょっと所長っ?!さっきなんて言いましたっ?!好きな相手って、まさか彼がっ?!」
「どうしたんです?大声だして」
「いや、だってな、風梨井!」
ぎゃあぎゃあと喚く声にクスリと笑みを零して、私は西瓜を手に事務所を後にした。
「やあ、雀」
屋敷の裏に回れば縁側に腰掛けた雀がタライに張った水の中に足をつけて涼をとっていた。
「増田さん」
私の声に雀は顔を上げるとにこりと笑う。その笑顔にドキンと心臓が跳ねた事を隠して、私は手にした西瓜を差し出した。
「うわ、西瓜だ!」
立派な西瓜を前に雀が目を丸くする。
「風梨井が貰ってきたんだよ。お前に持っていってやってくれと言われた」
「風梨井さんが?」
事務所の部下達の事は以前話して聞かせたことがあった。雀はちょっと首を傾げて申し訳なさそうに言った。
「いいのかな、こんな立派な西瓜。事務所の皆さんで食べた方がいいんじゃないんスか?」
「もう一つ持っていたから心配ないよ」
そう言えば雀が『ありがとうと伝えて下さい』と言うのに頷く。ポンポンと西瓜を拳で叩く雀を見て、私はふと浮かんだ考えを口にした。
「西瓜割りでもするか」
「西瓜割り?」
キョトンとする雀の手から私はヒョイと西瓜を持ち上げる。裏庭の中程に西瓜を置くと、落ちている枝を拾って雀のところへ戻った。
「目隠しをした状態で少し離れたところから歩いていって、あの西瓜を棒で叩くんだ。上手く割った方が勝ち」
「へぇ、面白そうっスね」
雀は言ってタライから足を上げ手ぬぐいで拭く。そのまま素足で庭に出てくると西瓜から少し離れたところに立って言った。
「でも、これくらいの距離なら目隠ししても真っ直ぐ歩けそうな気がするっス」
「ふふふ、そう簡単にはいかんよ」
私は笑いながら言うと懐から手拭いを取り出す。枝を持たせ雀の目を細く畳んだ手拭いで覆うと、肩を掴んで雀の体を三回ほど回した。
「うわわっ」
「ほら、行け」
「ええっ?わ、ふらふらするっ」
ポンと背中を叩かれて雀はふらふらと歩き出す。真っ直ぐ歩いているつもりなのだろうが右へ右へと曲がっていく雀に、私は言った。
「そっちに行ったら井戸だぞ。もっと左だ」
「え?左?」
言われて雀は左へと方向を変える。私の指示によたよたと歩いた雀が振り下ろした枝は、西瓜を掠めて地面を叩いた。
「あっ、もう!後ちょっとだったのに!」
雀は手拭いを外して西瓜を見下ろし悔しそうに頬を膨らませる。私は笑いながら雀の手から枝を取り上げた。
「私がお手本を見せてやろう」
「……いっぱい回してやるっス」
雀は言って私の目を手拭いで覆うと容赦なく私の体を回す。
「おい、回し過ぎだぞ」
「いいから歩いて下さい」
ポンと背中を押されて私は仕方なしに歩き出す。だが、平衡感覚を失った体はふらふらと傾いでまともに歩けなかった。
「わわわ」
「増田さん!」
すぐ近くで雀の声がしたと思うと、私はドンと雀にぶつかってしまう。二人して地面に倒れ込んで、雀が慌てて言った。
「大丈夫っスか?」
「回しすぎだ。これじゃあ手拭いがなくても真っ直ぐ歩けん」
私は手拭いを外して何とか立ち上がるともう一度歩き出す。その途端よろよろと右へ右へと曲がっていく私に、尻餅をついたままの雀が笑った。
「増田さん、変!」
「お前のせいだろうが」
楽しそうに笑う雀を見れば私の顔にも笑みが浮かぶ。その後二度ずつ挑戦して、結局割れずに目隠しなしで叩き割った西瓜を二人で縁側に並んで食べた。
「すごく楽しかった」
甘いと上手そうに西瓜を食べながら雀が言う。そんな雀を見つめていれば雀が空を見上げて言った。
「いいのかな、オレ。こんな楽しい事ばっかりしてて」
「雀」
ほんの少し辛そうに眉を寄せる雀に胸が痛くなる。
「いいじゃないか、今はのんびりしたらいいんだ」
「増田さん」
「そうだ、今度花火を持ってこよう。きっと楽しいぞ」
そう言えば笑う雀を抱き締めたくなる衝動を、私は必死に押さえ込んでシャクシャクと西瓜を齧った。
二日ほどして私は約束通り花火を手に雀のところを訪れた。軽く飯を食った後、二人して裏庭に出る。蝋燭に火をつけると、花火を一本雀に差し出した。
「ほら、火をつけてみろ」
「はい。オレ、こういう花火するの、初めてっス」
私の言葉に頷いて雀が蝋燭に花火の先端を寄せる。シュッと音がしたと思うと、勢いよく火花が噴き出した。
「うわあ」
パチパチと爆ぜる焔に雀が目を輝かせる。
「すごいっ」
暗闇に輝く花火を楽しそうに見つめて声を上げた雀は、少しして火が消えてしまうと残念そうに首を傾げた。
「まだまだあるから、どんどんいくぞ」
そう言えば雀がニコリと笑って頷く。燃え尽きた花火の滓を水を張ったタライに放り込んで、私たちは次々と花火に火をつけていった。
「おい、雀」
「はい?って、うわっ?なにこの花火ッ」
火花と煙を上げながら足下を走り回る花火に雀が目を丸くする。わっと逃げる雀に笑って私は言った。
「ネズミ花火だよ、ちょろちょろ走り回るのがネズミみたいだろう?」
「こんな花火見たことねぇっス」
言って面白そうに雀は目で花火を追いかける。楽しそうな雀にこの後も次々と花火を差し出した私は、最後に線香花火を取り出した。
「そら、後はこの線香花火で最後だ」
「これはどんな花火なんスか?」
そう尋ねる雀を私は手招く。花火を手にしゃがみ込めば雀もすぐ側にしゃがんだ。
「見てろ」
私はそう言って花火に火をつける。シュッと音を立てて燃えだした花火はやがてその先端に丸い小さな火球を育て始めた。じっと息を詰めて見ていれば少しずつ膨れ上がった火球からぱっと火花が散る。パッ、パパッと小さな花を咲かせる花火に雀が大きく目を見開いた。
「綺麗」
幾つもの花を咲かせて花火は小さく萎んで消える。魅入られたように見つめていた雀に私は花火を差し出して言った。
「ほら、今度はお前の番だ」
「上手く出来るかな」
「珠を落とさないように、動くんじゃないぞ」
私のアドバイスに頷いて雀が花火に火をつける。僅かに緊張しつつも息を詰めて火球が育つのを待てば、パッと花が咲いた。
「やった!」
小さな声で嬉しそうに雀が言う。幾つも花を咲かせた花火が消えれば雀は満足そうにため息をついた。
「上手く出来たじゃないか」
「増田さんが教えてくれたから」
雀は言って私をじっと見つめる。それから小さく微笑んで言った。
「ありがとう、増田さん。アンタに会えてよかったっス」
「雀」
そう言う雀の笑顔に、私は膨れ上がる衝動を抑えきれなくなる。手を伸ばして雀の頭を引き寄せるとそっと唇を重ねた。チュッと口づけて目の前に広がる空色を見つめる。
「お前が好きだ、雀」
囁くように言えば雀の目が更に大きく見開かれた。
「増田さん」
私は雀を離して立ち上がる。しゃがんだまま呆然と私を見上げる雀に私は微笑んだ。
「返事を強要するつもりはないよ。ただ伝えたかっただけだ。まあ、欲を言えばいつか私と同じ気持ちを持ってくれたら嬉しいが」
「増田さん、オレ……」
雀は言って目を伏せる。キュッと唇を噛んで俯く雀に私は言った。
「さ、そろそろ帰るかな」
そう言えば雀が弾かれたように顔を上げる。タライの水を捨て、燃え滓を纏めて私は言った。
「また明日くるよ。……お前が嫌でなければ」
「嫌なんかじゃないっス!」
ふと不安になって口にした言葉を思いがけず強い口調で否定されて私は目を見開いて雀を見る。雀自身、自分の声に驚いたようにハッとして、雀は困ったように視線をさまよわせた。
「ありがとう、雀」
そんな雀に私は礼を言って出口に向かう。私を追ってついてきた雀が私の袂を引いて言った。
「あのっ、返事、ちゃんとするっスから!」
「雀」
「だからっ、ちょっとだけ時間下さい」
雀は言って私をじっと見つめる。揺れる空色に私は言った。
「そんな風に言うと期待するぞ」
もしかしたら私と同じ気持ちを返してくれるのではと期待してしまう。そう言えば雀が消えそうな声で言った。
「して、くれても、いいっス」
「雀」
驚いて名を呼べば雀がハッとして顔を上げる。どうやら思わず言葉になって零れたようで、カアアッと顔を染めて雀は身を翻した。
「雀!」
屋敷の中に逃げ込もうとする雀の腕を私は咄嗟に掴む。グイと引き寄せその空色の瞳を覗き込むようにして言った。
「待ってるから」
「増田さん……」
私は笑ってそう囁くと雀の唇に口づけを落とした。 |