俺は雀の躯をそっとベッドに下ろし、改めて俺の欲望で汚れた躯を清めてやる。衣服を整え金色の髪をかき上げてその白い額にキスを落とした。
「雀……」
愛しくて愛しくて堪らない。雀をこの手にするためなら悪魔に魂を捧げたっていい。そう思うほどに俺は雀の全てが欲しくて堪らなかった。その為には一刻も早くこの家から出なくてはならなかった。雀鈴の父親が帰ってきて事の次第を知られたら、俺は間違いなく叩き出されるだろう。
「一緒に日本に帰ろう、雀……」
俺はそう囁いて雀の頬を撫でるとベッドから離れる。電話をかけ部下に手配をしておくよう命じておいた日本行きの船のチケットの状況を確認すると、俺は夫人と話をする為部屋を出た。
「日本に?」
使用人に居場所を尋ねて来てみれば夫人は庭で部屋に飾る花を選んでいるところだった。俺が仕事の都合で急遽日本に帰らなければならなくなったと告げると、夫人はその空色の瞳を曇らせた。
「どうしましょう、主人はまだすぐには戻れそうにないのよ」
この家に俺がいる理由を雀鈴との結婚を申し入れる為と思っている夫人が言う。俺は精一杯残念な表情を浮かべて言った。
「俺も正式に申し込めないまま帰るのはとても辛いです。ですが、どうしても俺が一度日本に帰らないとならないので」
「雀鈴はなんて?」
父親の不在で話が進まない事だけでも随分苛立ちを募らせていたのに、俺が仕事の為とはいえ一度日本に戻るとなれば娘にはどれほどショックだろうと、夫人は心配そうに屋敷を見上げる。娘を気遣う夫人に俺は肩を落としてため息をついて見せた。
「怒らせてしまいました。私を愛していないのかって」
このやり取りは嘘ではないと思いながら俺は言う。もっともそれに「愛していない」と答えたことは口にはしなかったが、勝手に俺の答えを想像したらしい夫人は眉を顰めた。
「あの子ったら……。ごめんなさい、真栖。そもそも主人が急に家をあけなければこんな事にはならなかったのに」
「とんでもない。俺の方こそ仕事とはいえ急に戻らなくてはならなくなってしまって、申し訳ないと思っています」
俺がそう答えれば夫人は俯いてそっとため息を漏らす。それから気を取り直したように俺を見つめた。
「それで、いつお戻りになるの?」
「荷物を纏めたらすぐ失礼します」
「そんなに急に?」
あまりの時間のなさに夫人は驚いて目を見開く。
「急いで行って急いで仕事を済ませれば、少しでも早くこちらに戻れますから」
本当は戻る気などこれっぽっちもなかったが、俺は口に出してはそう言う。そんな俺に夫人は笑みを浮かべた。
「そうね、一刻も早く戻ってくださらないと。雀鈴が大変だわ」
貴方が戻るまできっと機嫌が悪くて大変だわ、とため息混じりに言う夫人に俺はすまなそうに笑ってみせる。実際、雀鈴がどうするか、俺には想像もつかなかったがこの家を出た後のことなど俺の知ったことではなかった。
「では支度がありますので」
「車を玄関に回しておきますわ」
「ありがとうございます」
夫人にそう答えて、俺は庭を後にした。
話を済ませたからは後は一刻も早く屋敷を後にしなければならない。万一雀鈴に雀とのことをバラされでもしたら、雀を連れてここを出るのも叶わなくなってしまう。
俺は焦る気持ちを押さえ込んで階段を殊更ゆっくりと上る。宛がわれた部屋の前まで来た俺は、中から聞こえてきた声に眉を顰めた。雀の目が覚めたのだろうか。俺はそっと扉を押しあけて中に入る。天蓋に覆われたベッドに横たわる雀の上に圧し掛かる細い姿を目にした瞬間、俺は懐から護身用に忍ばせてあったダガーを引き抜いて飛びかかっていた。
「雀鈴ッ!!」
叫ぶと同時に手にしたダガーを薙ぎ払えば雀の首を絞めていた雀鈴がすんでのところで身をかわす。雀鈴に刃を向けながら、俺は雀の顔を覗き込んだ。
「雀っ、雀ッッ!!」
片手で乱暴に雀の肩を揺さぶれば、雀が細く息を吸い込む。ケホケホと力ない咳を繰り返してぐったりとベッドに沈み込む雀の様子を見て、俺は雀鈴を睨みつけた。
「お前は……ッッ!!」
「雀なんて死んでしまえばいいのよ」
「雀鈴!」
雀鈴は澱んだ瞳に昏い焔を燃え上がらせて言う。
「雀が死ねば真栖だって目を覚ましてくれるでしょう?本当は私を愛してるんだって気づいてくれるでしょう?」
そう言って笑みを浮かべる雀鈴の顔は老婆のようで、反吐が出そうなほど醜かった。
「何度言えば判る?俺が愛しているのは雀だけだ、お前になどこれっぽっちも心を動かされた覚えはない」
はっきりとそう告げれば雀鈴の顔が醜く歪む。次の瞬間、信じられないような力で俺に向かって飛びかかってきた。
「どきなさいッ!!目を覚まさせてあげるわッ!!雀を殺して真栖の目を覚まさせてあげるッ!!」
叫んで俺の肩越しに雀に伸ばす雀鈴の腕を俺は掴んで捻りあげる。それでも細い体のどこにこんな力があるのだと言うほどのもの凄い力で、雀鈴は雀に掴みかかろうとした。
「殺してやるッッ!!」
「雀に手を出すなッ!!」
悪鬼の表情で雀鈴はなおも雀に手を伸ばす。掴みかかろうとする雀鈴とそうさせまいとする俺はもつれ合うようにして床に倒れ込んだ。それでもまだ雀に向かっていこうとする雀鈴を床に押さえ込んだ俺は、その勢いのまま振りかざした手を雀鈴めがけて振り下ろした。
「グゥッ!!」
雀鈴の唇からくぐもった声が零れる。雀鈴が視線を向けたその先に目をやれば、彼女の胸に深々とダガーが突き刺さっていた。俺はダガーから手を離しよろよろと後ずさる。雀鈴は信じられないと言うようにダガーを見つめ、俺の顔を見た。
「真栖」
雀を守るためとはいえ自分の仕出かした事に俺は呆然として雀鈴を見つめる。ダガーが突き刺さった胸からは信じられないほどに僅かな出血しかなかった。
どうすればいいのか、俺にしては信じられないほど咄嗟に判断がつかないまま見つめる先で、雀鈴が鮮やかに笑った。
「心配しないでいいわ。私なら大丈夫だから」
「雀鈴……」
「大丈夫よ、真栖。私が守ってあげる……」
雀鈴はそう言って俺の頬に手を伸ばす。にっこりと笑って口づけてこようとする雀鈴を俺は思いきり突き飛ばした。突き飛ばされて床に倒れ込んだ雀鈴は濁った空色の瞳で俺を見て笑う。その瞳に浮かぶ狂気の色に俺はゾッと身を震わせた。
「愛してるわ、私の真栖」
雀鈴は言って笑うとゆっくりと立ち上がる。そうして部屋を出ていく雀鈴の背を俺は呆然として見送った。 |