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| レヴィアタンの焔 第九章 |
| 「ありゃ、先生いませんね」 ロイと一緒にハボックを運んできたブレダは医務室の扉を開けて中を覗くと言う。とりあえずハボックの体をベッドに横たえるとロイが言った。 「ちょっと探してきてくれるか。このまま放っておくわけにもいかんだろう」 「そうですね。大佐は…」 「とりあえず少尉か軍医が戻るまでここにいる」 「わかりました。じゃあ探しに行って来ます」 ブレダはそう言うと医務室を出て行く。パタンと扉が閉まるとロイはハボックを見つめた。ちょっと悩んでそれからゆっくりとハボックに近づく。目を閉じたままのハボックをじっと見下ろした。熱があると判ってみれば何となく顔が赤らんでいるように見える。ロイは恐る恐るハボックに手を伸ばすとその頬に触れた。しっとりと少し汗ばんだ肌を手のひらでそっと撫でる。熱の所為か浅い呼吸を吐き出す唇から目を離せないでいたロイは誘われるように顔を寄せた。深く合わせると薄く開いた唇から舌を差し入れる。熱い口内を舐めまわし、歯列をなぞってその甘さを味わった。頬に添えていた手が首筋を辿り止めていない上着の前立ての間から忍び入る。夢中でハボックの口内を味わい、シャツ越しにその胸を嬲っていたロイだったが、ハボックが息苦しそうに身を捩ったのにハッとすると慌てて体を離した。 丁度その時、ドタドタと足音がして軍医を引き連れたブレダが戻ってくる。軍医は手早くハボックを診療するとカルテにパパッと書き込んだ。軍医は薬の処方箋をブレダに手渡しながら言った。 「ただの風邪だと思うけどね。これ、薬局で薬貰って。今日はもう使い物にならないですよ、マスタング大佐。さっさと帰した方がいいです」 前半はブレダに、後半はロイに向けて言うと軍医は肩を竦める。ロイはため息をつくと言った。 「少尉、君の今日の予定はどうなってるんだ?」 「まあ、今日は比較的暇っちゃ暇ですけど。先生、午前中ここで寝かせといてもいいですかね。午後になったら連れて帰りますんで」 「私は構わんよ」 「じゃあ、大佐、そんな感じで連れて帰りますから」 「ああ、頼むよ、少尉」 ロイはそう言いながらもベッドに横たわるハボックから目が離せなかった。 執務室に帰ってくるとロイはドサリと椅子に腰を下ろす。机に肘をつくと手のひらで顔を覆った。 「く、そ……ッ!」 あんな事をするつもりはなかった。だが、眠るハボックを見つめるうち甘い匂いに誘われるようにハボックに口付けていた。その甘さにもっともっと触れたくなって止まらなかった。全身がハボックを欲しがってどうしようもない。ロイは髪をクシャクシャとかき混ぜると立ち上がる。なんとか体の中に渦巻く熱を抑えようとしてウロウロと部屋の中を歩き回っているとハボックが飲み残したコーヒーのカップが目に入った。ロイはソファーに腰掛けるとカップに手を伸ばす。そっと口付けてひと口飲んでそれからコクコクと一気に飲み干してしまった。それからついさっきまでハボックが横になっていたソファーに体を伸ばして横たわる。ハボックと同じような格好で横になりながらロイはクククと笑った。 「女々しい男だな、私も。まさかこれほどとは思わなかった」 自嘲気味にそう吐き出すと手の甲を瞼に当てて目を閉じる。それから暫くの間ロイは横たわったまま動こうとはしなかった。 「くっそ!やっぱ手伝ってもらえばよかった…っ!」 ブレダは長身のハボックの体を腕を肩に回して支えながら、半ば引き摺るようにしてアパートの階段を上がっていく。司令部からは一応車を使わせてもらったものの「手伝おうか」という警備兵を大丈夫だからと帰してしまったことを、ブレダは1階の半分も上らないうちから激しく後悔した。 「元気になったら絶対奢らせてやるっ」 そう言いながらなんとかアパートの3階まで上がるとハボックのポケットから出しておいた鍵を使って扉を開ける。ハボックを担ぎ込んで鍵をかけると何度も来て知っていた奥の寝室へと入っていった。放り出すようにハボックをベッドに横たえると「はああ」と息を吐き出す。それからズボンと上着を何とか剥ぎ取るとクローゼットにかけた。処方してもらった薬と水差しを一緒にトレイに載せると枕もとのテーブルの上に置く。甲斐甲斐しく世話を焼きながらブレダはハボックを見下ろすとほんの少し眉を寄せた。 「らしくねぇよなぁ、ハボ。一体どうしちまったんだよ」 子供の頃から腐れ縁でお互い知りたくもないことまで全部知っている間柄だが、こんな風に弱ったハボックは見たことがない。ブレダは氷水で絞ったタオルをハボックの額に載せてやると呟いた。 「早く元気になれよ。お前がそんなだとこっちも調子出ねぇや」 そう言ったブレダの声が聞こえたのか、ハボックが小さな声で何か言う。ブレダは聞き取ろうとしてハボックの口元に耳を寄せたがハボックはそれきり何も言わなかった。 「なんだろ。欲しいもんでもあったかな」 そうは思ってみたものの眠っているのを起こしてまでわざわざ聞くこともない。ブレダはとりあえず何か飲み物でも飲もうとハボックをそのままにキッチンへといったのだった。 「そうか、判った。……ああ、頼むよ」 ロイはそう言って頷くと受話器を置く。仕事を終えて家に戻ったもののハボックの事が気になって気になってウロウロしているところにブレダから電話がかかってきたのだった。軍医の話では夜中に熱が上がるかもと言う事だったが、今のところは熱はあるものの落ち着いているらしい。 とりあえず今夜はこのまま様子を見ると言うブレダにロイは表面上は特に何も変わることなく労いの言葉をかけた。だが、本当は例えブレダであろうともハボックの看病を他人に任せるのは嫌でたまらないのが本音だった。今は世話を焼いてくれるような特定の彼女はいないという面ではホッとしていたが、だからといって自分がハボックの面倒を見てやれるわけではない。すぐにも駆けつけて看病してやりたくともそうは出来ない自分の立場が恨めしく、友人というだけでハボックの世話を焼いているブレダに腹が立って仕方なかった。 「少尉に言わせればいい迷惑だというだけだろうにな」 ブレダにすら嫉妬してしまう自分にロイは苦く笑う。ドサリとソファーに腰を下ろすと頭を背もたれに預けロイはそっと目を閉じた。 「……あ、れ?」 パチッと目を開いたハボックはぼんやりと天井を見上げる。それが見慣れた自分のアパートの天井だと気付いて、ハボックは首を傾げた。 「なんで…?」 グラグラする頭を抱えて司令部に行った。ブレダと話をして、ロイにコーヒーを淹れて、5分といってソファーに横になったのは覚えている。だがその後どうやってアパートに帰ってきたのかまったく記憶がなく、ハボックが悩んでいると部屋の扉が開いた。 「お、目ぇ覚めたか、ハボ」 「え?あれ?ブレダ?なんでブレダがいんの?」 熱に掠れた声でそう言うハボックに顔を顰めるとブレダはハボックの額に手を触れる。夜中の燃えるような熱さは引いていたが、まだ平熱よりは幾分高いそこに一つため息をついた。 「まだ熱あんな。気分はどうよ」 「え?熱?熱なんてそんなもん」 ハボックはそう言いながらベッドに体を起こす。途端にグラリと目が回って枕に突っ伏した。 「あれ?」 「お前なぁ、自分の体調くらい気づけよ、このバカ」 ブレダは呆れ半分怒り半分でそう言うとハボックの体を寝かせつけズイと顔を近づける。ゴツンと額を合わせると空色の瞳を覗きこんで言った。 「お前、熱出してぶっ倒れたんだぞ、執務室のソファーでダウンしちまって。大佐にちゃんと謝っとけよ。お前運ぶの、大佐も手伝ってくれたんだからな」 「えっ、大佐がっ!?」 ギョッとするハボックにブレダは顰めつらしく頷く。体を起こすとハボックを見下ろして言った。 「とにかくそんな調子じゃ今日も休みだな。喉、渇いたろ。今なんか持ってきてやるから」 「あ、うん。ありがと、ブレダ」 ハボックはブランケットを引き上げて半ば顔を隠しながら礼を言う。ブレダが出て言ってしまうとホッと息を吐いた。 「熱なんて、何年ぶりだろ」 シャワーを浴びた時、ぞわぞわと肌が鳥肌立つようだったのも、ガンガンと異常なほど頭が痛かったのも熱のせいだと思えば納得もいく。 「大佐がオレの事、運んでくれたのか…」 そう思うと熱の所為で熱い体が余計に熱くなるような気がする。その途端、ふと脳裏に浮かんだ光景にハボックは目を見開いて、それからゆっくりと笑みを浮かべた。 「熱で寝込んでる間、夢見てたんだ、オレ…」 ハボックはそう呟いてその光景をよく思い出そうと目を閉じる。そうすればロイの黒い瞳が目の前いっぱいに広がり、その唇が自分のそれに重なるのが感じられた。 「大佐がキスしてくれた…」 ハボックはそう呟くと幸せそうに微笑む。ロイの唇の感触を忘れないうちに心に刻み込んでおこうと、ハボックは瞼の裏に浮かぶロイの姿を必死に追う。そうすれば歯列を割って入り込んできた舌の感触すら思い浮かぶようで、ハボックは熱いため息を吐いた。 「たいさ………好き…」 現実にはありえない幸せな夢を抱きしめて、ハボックは眠りに落ちていった。 |
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