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| レヴィアタンの焔 第十章 |
| 「大佐、この間はどうもすんませんでした」 ハボックはそう言うとペコリと頭を下げる。お詫びとばかりに差し出されたコーヒーのカップを取り上げてひと口飲むとロイは言った。 「自分の体調管理くらいきちんとしろ、ハボック」 「はぁ」 「そんな調子だと護衛官を任せてはおけんぞ」 「えっ」 ため息混じりに言うロイにハボックは慌てる。バンッとロイの机に手をつくと言った。 「これからは気をつけますからっ!護衛に穴開けるようなことはしませんっ!!」 自分が護衛の任を解かれるのも自分以外の誰かがロイの護衛につくのも絶対に嫌だった。ロイの傍でロイの背中を守るのは自分でありたい。ロイの横に立つのは無理でも、せめてこの位置にいることは赦して欲しい。そう思って身を乗り出すとハボックは縋るようにロイを見る。 「だからオレに護衛やらせて下さい…ッ」 ロイは思いがけず強い調子で言うハボックに目を丸くしたが、肩を竦めて答えた。 「お前の心がけ次第だ。ちゃんと出来るなら構わん」 「はいっ、以後、心がけますっ、サー!」 そう答えて敬礼を返すハボックにロイは手を振る。 「判ったならさっさと仕事に取り掛かれ。休んだ分予定が押しているだろう?」 「アイ、サー!」 ハボックは答えて執務室を飛び出していく。バタンと扉が閉まるとロイは詰めていた息を吐き出した。 「まいった……」 そう呟いてロイは片手で目を覆う。あの日、意識のないハボックの唇を貪り、肌に触れてからその甘さが忘れられなかった。今もともすればハボックに手を伸ばして押し倒したい衝動を抑えるのに全神経を注がねばならない程だった。あれ以上ハボックと二人きりでいたら何をするか全く自信が持てなかった。 「くそ…」 今まで随分とたくさん恋をしてきたつもりだった。だがこれほどまでにたった一人の人間が欲しいと思ったことなどありはしなかった。そう思えば今までの恋愛がいかにままごと遊びだったのかが知れる。 ロイは今まで付き合った女性を思い出そうとしてただの一人も思い浮かべる事が出来ない自分に苦笑する。それほどまでに自分の心の全てがハボックという存在に塗りつぶされてしまっている事に今更ながら軽いショックを受けた。 「どうすればいいんだろうな、私は……」 このまま手元に置いておけば取り返しのつかないことをしてしまいそうな気がする。だが、だからといって自分以外の誰かのところにやるなどと言うことはもっての外だ。拒絶される事が判りきっているからせめてこの関係を壊さぬ為には打ち明ける事も出来ない。 「八方塞がりだな」 たとえそうは思っても今までならどこかに活路はあった。だが文字通りの今の自分の状態に、ロイはただ立ち竦むしかなかった。 休んでしまった事で押せ押せになってしまった演習を半分ほど消化して、ハボックは汗を流す為シャワールームに向かって歩いていた。その途中、休憩所でゲイツの姿を見つけて足を止める。少し考えてからゲイツに歩み寄りながら声をかけた。 「ゲイツ」 「おお、ハボック。……って、お前、臭いぞ」 「仕方ないだろ、演習終わったとこなんだから」 それ以上寄るな、と酷いことを言うゲイツに少し離れたところで足を止めるとハボックは言う。 「あのさ、お前、この間彼女が欲しかったら紹介してやるって言ったろ?あれ、ホント?」 そう尋ねればゲイツが目を見開いた。 「なに、お前、彼女欲しいの?」 「あ…うん。この間フラレちゃってさ」 そう言いながら頭をかくハボックをゲイツはジロジロと見つめる。頭のてっぺんからつま先まで3往復は見ると言った。 「そういやお前って昔っから長続きしねぇな。見端は悪くねぇのになんでよ」 そう聞かれたところでハボックにも理由は判りはしない。困った顔をするハボックにゲイツは肩を竦めると言った。 「まあいいや。判った、ちょっと当たってみるわ」 「ホント?ありがとう」 「一応好み聞いとくな。どんな娘(こ)がいいんだ?」 そう聞かれた途端、脳裏にロイの顔が浮かんでハボックは内心苦笑する。それからゲイツを見ると言った。 「黒髪がいいな、出来ればショートヘアの。……目も黒だったらすげぇ好み」 「黒髪に黒い目かよ。随分地味だな」 「そう?」 「黒い目かぁ。黒い目っての、なかなかいないんだよな」 考えるように顎を掻きながら言うゲイツにハボックは慌てて言う。 「あ、別に絶対黒髪に黒い瞳がいいって訳じゃないから。ボインでそこそこ可愛けりゃそれで」 「そういやお前、胸デカイの好きだったな。判った、ちょっと当たってみていい娘がいたら紹介する」 「うん、ありがとう、ゲイツ」 ハボックが礼を言えばゲイツは手を振って立ち上がった。「まずは仕事」と言って休憩所を出て行くゲイツに手を振ってその背を見送るとハボックはため息をつく。それからシャワールームに向かってゆっくりと歩き出した。 (女の子と付き合ったら少しは大佐のこと、考えないでいられるかな) 何をしていても心の片隅でロイのことを追い求めてしまう今の状態は耐えられない。ハボックはもうひとつため息をつくとのろのろとシャワールームへと入った。 「おう、ハボック、ブレダ」 食堂でブレダと二人、遅い昼食をかき込んでいると後ろから声がかかる。振り向けばゲイツがトレイを手に立っていた。 「隣、いいか」 「ああ」 ゲイツは一言断わるとハボックの隣に腰を下ろす。フォークを手に早速食べ始めるゲイツにブレダが言った。 「お前も今頃メシか?」 「んー。会議延びちまってさ。腹へって集中できねぇっての」 そう言いながらガツガツと食べるゲイツを見ながら二人が苦笑する。ゲイツは口に詰め込んだものをゴクリと飲み込むとハボックを見た。 「ああ、そうそう、この間頼まれたヤツな。丁度いい娘がいるんだよ」 「えっ、ホント?」 目を丸くするハボックにゲイツが頷く。 「そう、しかも黒髪だぜ。目はちょっと茶色っぽいけどボインだ」 「何、ハボ。お前、ゲイツに女の子紹介してもらうのか?」 「あ、うん。いい子がいれば、って」 ハボックがそう言って頷くのを聞いてブレダは僅かに目を瞠った。何か言おうとして、だが口を開く前にゲイツが言う。 「お前の都合がよければ今夜にでも紹介するけど」 「今夜?特に用事ないけど、急だね」 「拙いか?」 「あ、そういうことじゃなくて」 ハボックはそう言うと一瞬考えてから続けた。 「早い方がいいや。その子が都合いいなら紹介して」 「おう。じゃあ連絡とってみる」 ゲイツの言葉に礼を言ってハボックは立ち上がる。トレイを取り上げると座ったままハボックの動きを目で追っていたブレダに言った。 「行こうぜ、ブレダ。グズグズしてるとまた大佐に嫌味言われる」 「あ、ああ」 ブレダはゲイツに一言言って立ち上がると慌ててハボックの後を追った。 「大佐、サインお願いします」 ブレダはそう言って書類を差し出す。ロイは受け取って目を通すとサインをしたためながら聞いた。 「ハボックは?その後変わりないか?」 「そうですね、酒も控えてるみたいだし、まあまあってとこじゃないですか?」 「まあまあ…」 ロイはブレダのいい様に苦笑する。そんなロイにブレダはふと思い出して言った。 「そういや彼女を紹介して貰うらしいですよ」 「彼女?」 「ええ、俺らの同期でゲイツってのがいるんですが、コイツが結構モテるヤツでしてね。彼女が欲しけりゃ紹介してやるって言ってたんですが、ハボのヤツ、頼んだらしくて。今夜会うらしいですよ」 ブレダはそう言うとサインの済んだ書類を取り上げると「ありがとうございました」と言いながらさっさと執務室を出て行ってしまう。 ロイは書類がもうないことにも気付かないように、机の上を呆然と見つめていた。 「彼女だと…?」 ハボックの隣に誰か特定の人間が立つ。そう思っただけでロイの胸に昏い嫉妬の焔が燃え上がった。 |
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