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| レヴィアタンの焔 第十一章 |
| 「ハボック!」 バンッと執務室の扉が開いてロイが顔を出す。帰り支度をしていたハボックは弾かれたように顔を上げるとロイを見た。 「なんスか、大佐」 「この書類、ミスがある」 「えっ?」 手にした書類をひらひらとさせるロイにハボックは慌てて立ち上がる。数歩でロイに近づき書類を受け取ると言った。 「でもさっき渡した時はOKって言ってなかったっスか?」 「読み返したらミスに気付いたんだ」 「えーッ、一度受け取ったんだから大佐が直しといて下さいよ」 ハボックがそう言えばロイはツンと顔を背けて答える。 「甘ったれるな、自分の書類は自分で直せ」 「じゃあせめてどこがいけないのか教えてください」 「甘ったれるなと言ってるだろう」 ロイがジロリと睨んでそう言えばハボックは一瞬ポカンとした後大声を上げた。 「ええーーーッ!!なんでっ?!困りますよっ、オレ、今夜は予定があるんスからっ!」 「仕事と彼女とどっちが大事なんだ」 「彼女っス!」 「…お前なぁ、上司に向かってよくもまぁそんな事を言えるな」 ロイがギロリと凄い目つきでハボックを睨んだが上司の嫌味など聞きなれているハボックには屁でもない。ロイが猶も何か言おうとした時、司令室の扉が開いてホークアイが入ってきた。 「あ、中尉ぃ、聞いて下さいよ、大佐ってば酷いんスよっ」 ハボックはホークアイの姿を見るなり苦情を申し立てる。突然の事に目を丸くするホークアイにハボックは書類を差し出しながら言った。 「大佐、一度はOKっつって受け取った書類、やっぱりダメだって、しかもどこにミスがあるのか教えてもくれないんスよっ」 唇を尖らせてそう言うハボックの手から書類を受け取ってホークアイはサッと目を通す。それからロイに視線をやればロイがフイと目をそむけるのを見てため息をついた。 「少尉、この書類は後、私がやっておくからもういいわ」 「えっ、マジっスか?でも、いいんですか?ミスの箇所さえ教えてもらえればオレ、直しますけど」 「いいのよ、誤字脱字程度だから。それより今夜は予定があるのではなくて?」 そう言われてハボックは慌てて時計を見る。 「ゲッ、もうこんな時間じゃん。じゃあ、中尉、お言葉に甘えてすんません、後よろしくお願いしますっ」 「ええ、お疲れさま」 ハボックはピシっと敬礼をして見せると上着を引っ掴んで司令室を飛び出していった。その背を見送ったホークアイはロイの方へ視線を戻す。ロイは睨むようにホークアイを見ると執務室へと戻ってしまった。 「大佐」 その背を追って執務室へ入るとホークアイは扉を閉める。机の上に書類を置くと言った。 「ミスなんてありませんわね」 「……さっき君も言ったろう?誤字脱字だらけだ」 「精々一つか二つ程度ですわ」 ホークアイはそう言ってため息をつくとロイをじっと見つめる。ロイは苛々とホークアイを睨むと言った。 「君がいいと言うなら書類は通しておいてくれ。それでいいだろう?」 「大佐」 「なんだ、まだ何か文句があるのかっ?」 ロイは僅かに声を荒げてそう言うとコートを手に取る。 「私ももう帰る。今日の分の書類は全て目を通したから文句はあるまい」 吐き捨てるように言ってロイは足音も荒く執務室を出て行った。司令室を通り廊下へと出た足音がだんだんと遠くなるのを聞きながら、ホークアイはそっとため息をついたのだった。 「ハボック、おせぇぞ」 「ごめん、ちょっと出掛けに引き止められちゃって」 待ち合わせの店に飛び込めばゲイツはもう来ていた。ゲイツの向かいにはこの間一緒にいるのを見た女性が座っていてハボックに軽く会釈をする。ハボックも答えて軽く頭を下げるとその隣の女性を見た。 「アンにはあったことあるよな。この子は彼女の友達でローザって言うんだ。ローザ、こいつがこの間話したハボック」 ゲイツの言葉にアンの隣に座っていた女性が立ち上がる。にっこりと笑って言った。 「初めまして、ローザ・リングルです」 「どうも、ジャン・ハボックっス」 ハボックは答えて女性の差し出した手を軽く握る。手を握りながらその持ち主の顔をじっと見た。 (黒髪だ……瞳は茶色いけど、ショートヘアで…) 一瞬ここにはいない人の面影を思い浮かべてハボックは慌ててそれを頭から締め出す。ハボックとローザが腰を下ろすとゲイツが言った。 「まぁ、とりあえず4人で軽くメシでも食おうや。その後どうするかはそれぞれのペア次第ってことで」 そう言ってニッと笑うゲイツにハボックも女性陣も頷く。ゲイツがおススメだと言いながらメニューの中から数品頼むとアンが呆れたように言った。 「いっつもこうなの。おススメとか言って自分で勝手に決めちゃって、私には選ばせてくれないのよ」 「お前に選ばせると永遠に食えないじゃないか。いいだろ、俺が選んだ料理が不味かったことなんてあったかよ?」 「もう、いっつもこの調子!」 仲のよさそうな二人の様子にハボックは軽い笑い声を上げる。視線を感じて正面を見ればローザの茶色い瞳と目が合って、ローザがニコッと笑った。それにハボックが笑い返せばローザが僅かに頬を染める。それからアンやゲイツに話しかけるローザを見ながらハボックは素直に「可愛い」と思った。 「それじゃ俺達はこれから二人でじっくり楽しむから!少年少女は二人で仲良くやってくれ!」 食事を終えて店を出ると、ゲイツはアンの肩を抱いてそう言う。「またね」と笑って手を振るアンを連れて歩き去るゲイツを見送ってハボックはため息をついた。 「誰が少年少女だよ、ったく」 ボソリと呆れたように言えば傍らで鈴のような笑い声がする。声の方へ目を向ければローザが微笑んでハボックを見つめていた。 「あー、ええと。まだ時間、大丈夫?」 「ええ、平気よ」 「だったら軽く飲みに行かない?」 「喜んで」 ローザの答えにハボックは並んで歩き出す。何度か互いの手が掠めるのを感じてハボックはチラリとローザを見た。 (ああ、手を繋いで欲しいのか) そう思えばアンの肩を抱いて歩いていたゲイツの姿が思い浮かぶ。ハボックはもう数回手が触れるのを感じてから漸くローザの手を取った。その途端キュッと握り締められてハボックはローザを見下ろす。ローザはにっこりと笑うと言った。 「よかった、次のお店に誘ってもらえなかったらどうしようかと思っちゃった」 「え、そう?」 「誘ってくれてありがとう」 ローザはそう言うとフフフと嬉しそうに笑う。 (女の子ってこんな風に可愛く笑うんだ……オレの笑い顔ってどんな風に見えてるんだろ) ハボックはそんな事を考えながらローザと手を繋いで夜の街を歩いていった。 まっすぐ家に帰る気になれなかったロイは帰りの車の断わって一人夜の街を歩いていた。ブレダからハボックが今夜、新しく彼女を紹介してもらうのだと聞いて、堪らず引き止めようとした。ハボックを自分のものに出来ないとしても、誰か他の特定の人間のものになるなど絶対に赦せなかった。 「くそ…ッ」 適当に目に付いた店に入って酒を注文したものの、酔うことも出来ずにロイは再び街へと出る。吐き捨てるように呟いた時、ハボックが友人と思しき男たちと一緒に立っているのが目に入った。 ピタリとその場に立ち止まってロイが見つめるその先で、友人の男は小柄な女性の肩を抱いてハボック達に別れを告げると夜の中へと消えていく。残ったハボックはもう一人の女性を見下ろすと二言三言話して一緒に歩き出した。まだ夜を楽しむ人々で溢れる通りを寄り添うように歩いていた二人の手が引き合うように繋がれるのを見たロイはその目を大きく見開く。顔を歪めて唇を噛み締めたロイは二人が視界から消えた後も震える拳を握り締めたままその場から動く事が出来なかった。 |
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