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| レヴィアタンの焔 第五章 |
| ゲイツと別れた後、友人同士の気の置けない会話を交わしながら店に向かって歩いていた二人だったが、ハボックが突然黙り込んで立ち止まってしまう。数歩前に歩いてしまってからどうしたんだと振り向いたブレダはハボックの視線を追ってそこに自分達の上司の姿があることに気がついた。 「あ、大佐」 ポツリと呟いたブレダの声が聞こえたのか聞こえなかったのかハボックは食い入るようにロイを見つめている。燃えるような赤毛の美女とにこやかに話すロイの姿を暫くの間見ていたハボックはフイと顔を背けると歩き出した。 「どうした、ブレダ。行こうぜ」 二人して立ち止まってしまったのがまるで自分の所為ではないような口ぶりでハボックはブレダを促す。ブレダは僅かに目を見開いたが何も言わずにハボックの後を追った。 少し行ったところにある店の扉を開けると中へ入り奥のカウンター席に腰掛ける。それぞれ酒とつまみを注文すると出てきた酒を片手にポツポツと言葉を交わした。 「さっき大佐がいたな」 暫く飲んだところでブレダがそう言う。するとハボックはギクリと一瞬体を強張らせたが、なんでもないような顔でグラスをあおった。 「そうか?気付かなかった」 「は?何言ってんだよ、立ち止まってまでじっと見てたじゃねぇか?赤毛の彼女連れてさ、相変わらずモテるよな、あの人」 ブレダがそう言えばハボックがボソリと言う。 「モテるのは確かだろうけど、あんな風にとっかえひっかえして……そういうのどうかと思うけどな」 ハボックの言葉にブレダは眉を跳ね上げた。グラスに口をつけながらハボックをじっと見つめる。 「なんだよ、何か言いたいわけ?」 じっと見つめてくる視線にハボックは眉を顰めた。それでも何も言わないブレダにハボックは苛々とグラスを置いた。 「言いたいことあるならはっきり言やいいだろっ」 「お前さぁ、ゲイツの時は羨ましいような事言っておいて、大佐だとそんなのよくないって言うのはどういう訳よ」 苛々と眉を顰めるハボックの顔を覗き込むようにしてブレダは聞く。そうすれば驚いたように見開く空色の瞳にブレダは眉を寄せた。 「おいおい、まさか気づいてなかったとか言うんじゃねぇだろうな」 「ブレダ、何言ってんだよ、全然訳判んねぇ」 本気で困惑したように言うハボックにブレダは目を丸くする。しげしげとハボックの顔を見ると言った。 「ゲイツに限らず、お前、これまでどんだけモテるヤツ見ても羨ましいって言うだけでそんな嫌悪感丸出しの顔、してなかったぜ。なんで大佐の時だけそんなになってんだよ」 「たっ、大佐の時だけって…!そんな事ねぇよっ」 「なってるから言ってんの」 ブレダは呆れたように言いながらつまみに手を伸ばす。もぐもぐと口を動かすと言った。 「ゲイツの時には“オレも彼女とっかえひっかえしてぇ”って言ってたろ?でも大佐がおんなじ様なことしてんの見たら“どうかと思う”って。ゲイツだと気にならなくて大佐だとイヤだって、どういうことよ、それ」 「だっ、だって大佐はアレでも一応地位のある人だしっ、そういう人が不特定多数の女の人と付き合うのってよくないだろッ」 「だったら例えば大佐が中尉と真剣に付き合ってたら、それだったらいいのか?」 そうブレダが尋ねればハボックが大きく目を見開いてガタンと立ち上がる。 「大佐が中尉とっ?!なんでそんなことになってんだよッ!」 「なに焦ってんだよ、たとえ話だろ?」 あまりに過剰な反応を見せるハボックにブレダは目を丸くした。突っ立ったままのハボックを見上げればハボックは何度か瞬いた後、すとんと椅子に腰を下ろした。 「た、とえばなし…そ、か…」 ハボックはぽつりとそう言うと手近のグラスに手を伸ばす。 「あ、おい。それ、俺の――」 自分のではないグラスである事に気付かずググーッと一気に飲み干すハボックに、ブレダは伸ばしかけた手を止めて呆気に取られたままハボックを見つめた。 「…………」 ハボックは飲み干したグラスをダンッとテーブルに置くとぼんやりとテーブルを見つめる。それからふらりと立ち上がるとブレダを見もせずに言った。 「わり……。オレ、帰るわ」 「えっ?あ、おいっ、ハボックっ?!」 呆然とした体でフラフラと店を出て行くハボックを、ブレダはポカンとして見送ったのだった。 一体どうやって帰ってきたのか、気がつけばアパートの自室の前にぼんやりと立っていたハボックは暫くの間何もせず扉を見上げていた。 「あ、鍵……」 それから漸く思いついたと言うようにポケットを探ると部屋の鍵を取り出し鍵穴に差し込もうとする。だが、いつもなら何の苦労もなく差し込める鍵は、なかなか思うように鍵穴に納まらず、ガチガチと何度もノブをこすりながら漸く鍵穴に差し込むことが出来た。 「はは……よかった、入れねぇかと思った…」 ハボックはしょうもないことにホッとして笑うと扉を開けて中に入る。途端に蹴躓いてたたらを踏むと慌てて近くの棚に縋りついた。ハボックは半ば呆然としながら奥へ入るとリビング兼ダイニングのソファーにどさりと腰を下ろす。膝の上に手を組むとじっとそれを見つめた。 『大佐が中尉と真剣に付き合ってたら、それだったらいいのか?』 途端に蘇えってきたブレダの声にハボックは身震いして首を振る。ロイがホークアイと、と考えただけで吐き気がする程嫌で仕方がなかった。 「なんで?別に中尉だったらいいじゃん。仕事だって出来るし美人だし……」 自分に言い聞かせるようにそう言ってみたものの嫌悪感はますばかりだ。 「それじゃあっ、今日見た赤毛の美人!すっげ、大佐と似合ってたしっ、大佐が彼女とだけ付き合って、でもって結婚…ッ」 そう口に出して言ったハボックは突然キリキリと痛くなった胸を押さえて縮こまる。ロイが誰かのものになると思っただけで、辛くて苦しくて仕方がなかった。 「オレ……オレ…ッッ」 ロイが誰かと一緒にいるのを見るたび辛くて仕方なかった。ロイが誰かに笑いかけ、ロイのその手が誰かに触れるのが嫌で仕方なかった。その誰かが一人だろうと不特定多数であろうとそんな事は問題ではなく、ただ自分以外の他の誰かがロイの傍に立つのが嫌だっただけなのだとハボックは気付いてしまう。ロイの傍に立つのが例え誰だろうとそんな事は関係ない、ロイの誰かが傍に立つ事自体嫌だったのだ。 そうしてそう思ってしまう理由を考えたハボックは大きく目を見開いた。 「どうしよう、オレ、大佐のことが好きなんだ……」 ずっと気付かないフリをしてきた想いを唐突に突きつけられて、ハボックは途方に暮れてしまったのだった。 暫くの間呆然としてソファーに座り込んでいたハボックはやがてゆっくりと立ち上がる。そしてキッチンに行くと冷蔵庫の中からビールの缶を取り出した。プシュウッと音を立てて缶を開けるとぐびぐびと喉に流し込む。一気に半分ほども飲んでしまうと壁に寄りかかって天井を見上げた。 「はは、バカみてぇ、オレ」 誰がみてもロイは筋金入りの女好きだ。女性らしさとは無縁の、どこからどう見ても男にしか見えないこんな自分が、たとえ冗談でもロイに相手にしてもらえると思えない。 「バッカじゃねぇの、好きになるだけムダだって」 そう呟いた途端ボロボロと涙が零れ出る。ハボックはパタパタと床に零れる涙をじっと見つめた。いつの間にこんなに好きになっていたのか。それでもブレダにあんな事を言われなければ気付かずに済んだかも知れないのに。 「なんであんな事言ったんだよ、ブレダ……」 気付かなければこんな辛い思いはしなくて済んだろう。 「ブレダの馬鹿野郎…ッ!」 ハボックは呻くようにそう言うとズルズルと壁に凭れたまま座り込んでしまう。ギュッと膝を抱え込むと濡れた頬を押し付けた。 「たいさ……」 今頃ロイはあの赤毛の美女と楽しい時間を過ごしているに違いない。酒のグラスを手に女性ににこやかに話しかけるロイの姿が思い浮かんでハボックは唇を噛み締める。いや、もう今頃はレストランを出ているだろうか。あのロイのことだ、レストランのあとはきっと女性の好きそうなしっとりとした雰囲気のバーで酒をかわし、そうして。 ベッドで女性を抱き締めるロイの姿が脳裏に浮かんでハボックは激しく頭を振った。 「やだッ……そんなの、嫌だ……ッッ!!」 自分にはそんな事を言う権利などありはしないと判っていてもハボックは叫ぶ。 「たいさ……たいさ…ッ」 ハボックは気付いてしまった想いに胸を切り裂かれて、ボロボロと涙を流しながらロイを呼び続けた。 「マスタングさん、今日はこの後、どちらへ連れて行ってくださるのかしら」 艶然と微笑みながら期待に満ちた瞳を向ける女性を見つめ返したロイは、もはや彼女が自分にとってなんら魅力的に見えないことに気付いてしまう。ロイはにこやかに微笑むと女性に言った。 「申し訳ないのですが、この後私は仕事に戻らなければならないので」 そう告げれば明らかに落胆した様子の女性にロイは内心苦笑する。それでもそんなことはおくびにも出さず、そつのなく女性をあしらうと、車を呼んで彼女を家に送らせた。 一人になるとロイは夜の街をゆっくりと歩いて家へと向かう。途中、立ち止まると天空に白く輝く月を見上げた。 昼間、ホークアイに言われた言葉を考えるうち、ロイはずっと目を背け続けていた気持ちに向き合わざるを得なくなってしまった。そうして向き合ってしまえば自分の感情に気付くのは至極簡単なことでロイはフッと笑みを零す。 「私としたことが……参ったな」 ハボックが彼女を作る度邪魔しに行っていたのはハボックを渡すのが嫌だったからだ。小隊の部下達と仲良くするを嫌悪していたのはハボックが自分以外の誰かと親しくするのが赦せなかったからだ。 「嫉妬……か」 ロイはそう呟くと白い月をじっと睨みつけたのだった。 |
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