レヴィアタンの焔  第四章


1時間が過ぎて先程より随分とマシな顔つきになったハボックがいつでも車を出せると告げに来る。ロイが5分したら行くと答えればハボックは敬礼を返して出て行った。5分にプラス数分で玄関へ出たロイの目に車のすぐ傍に立つハボックとその部下である男の姿が
入る。目をハボックに釘付けで話す男が先ほど階段で話し込んでいた男達の中の一人だと気がついた。
(あの男は…)
ロイは入口に立ち止まったまま男の顔をじっとみつめる。
『お前、結構マジで隊長のこと、好きだもんなぁ、ニック』
『おい、そんなことこんなとこで大きな声で言うなよ』
仲間にからかわれて顔を赤らめていた男に話しかけられたハボックが笑いながら受け答えするのを見ていたロイの胸の内にざわりと風が巻き起こった。ロイはギュッ唇を噛み締めるとゆっくりと息を吐き出しハボック達の方へ歩き出す。声が聞こえるところまで近づくと顔に笑みを貼り付けて声をかけた。
「ハボック」
「あ、大佐」
ロイの声にハボックは車に寄りかかっていた背を離す。ハボックに比べて明らかに緊張した様子の男をロイがチラリと見れば更にしゃちほこ張る男にハボックが言った。
「大佐、コイツオレの隊のヤツでニック・サンダースって言います。ニック、別にそんな緊張することないぞ」
そんな事を言うハボックにロイは顔を顰める。
「お前、上司に対してそれはないだろう」
「だってコイツら大佐のこと雲の上の人みたいに思ってるから」
「お前もそれくらいに思ってみろ」
ロイはそう言いながらニックに手を振って見せた。そうすれば慌てて敬礼をしてその場を辞する男の背にロイは鋭い視線を投げるとハボックに言った。
「昨日飲みに行った時アイツも一緒だったのか?」
「へ?…ああ、そっスよ」
ハボックは答えながらロイの為に車のドアを開ける。ロイが乗り込んだのを確かめると運転席に回り中へ入るとハンドルを握った。
「どちらへ?」
「……市内をぐるりと」
「なんだ、視察っスか?どこに?」
「だからぐるりと、と言ってるだろう」
ロイの声音に何となく苛立ちのようなものを感じてハボックは一瞬押し黙る。それから「アイ、サー」と答えて車を発進させた。暫くの間互いに何も言わずにいたが先に口を開いたのはロイだった。
「随分仲がいいんだな」
「え?」
「さっきの男だ」
そう言われてハボックはミラー越しにロイの顔を見る。外を眺める横顔からはそう尋ねたロイの真意は読み取れなかった。
「フラれたって言ったでしょ。慰めてくれたんスよ、他の連中も一緒にね。オレが年がら年中フラれてばっかいるから“隊長を励ます会”ってのしょっちゅうやってくれますよ。アンタにゃ縁のない話でしょうけどね」
苦笑交じりにそう言えばロイが正面を向く。
「それで二日酔いか?」
「ええ、まあ…」
「そんなにその女性が好きだったのか?」
前後不覚になって部下に送ってもらわなければならない程、それほどまで飲まずにはいられないほど彼女との別れが辛かったのだろうか。
そう思うと胸の中にザワザワと風が吹き荒れて、ロイはその風を身の内に封じ込める為ギュッと手を握り締める。伺うように覗いたミラー越しにハボックと目が合って、食い入るように見つめればハボックが目を逸らした。
「好きっつうか……そりゃ好きでしたよ、でなきゃ付き合ったりしないっスから。でも…」
夕べあれほど荒れた理由がフラれたと言うだけではない気がして言葉に詰まる。唇をグッと噛むと殊更明るく言った。
「まあ、もう終わった事っスから。酒飲んで騒いで忘れんの、得意っス、オレ」
そう言うハボックの言葉が胸に刺さる。こんな風に辛いと思う理由を見つけられずにロイは黙ったまま瞳を閉じた。

「お帰りなさい、大佐。中尉が書類抱えて待ってますよ」
司令部に戻った途端、ブレダにそう言われてロイは思い切り顔を顰める。一瞬回れ右して出て行きかけたが流石にそれは拙いと思ったのか一つため息をつくと執務室に入っていった。
「おつかれ、ハボ」
「んー」
疲れた顔をしているハボックにブレダが笑う。
「よく運転できたな。代わってくれって言われるかと思ったのによ」
「だって大佐にバカにされんの悔しかったんだもん」
ハボックは椅子に腰掛けると煙草を取り出した。吸おうとして結局パッケージを握り締めたまま机にべたりと頬を貼り付けると目を閉じる。
「そりゃお前、あんな顔して仕事に出てくる部下を見たら嫌味の一つも言いたくなるだろうよ」
ブレダが苦笑交じりにそう言えばハボックはウーッと唸った。
「あーあ。なんか苛々する。ブレダ、今日飲みに行かねぇ?」
「お前、そんなんで飲みに行って平気なのかよ」
「平気。迎え酒、迎え酒」
そんな事を言うハボックにブレダがハハハと笑った。

「大佐、こちらの書類とそれからこちらと、この書類にも……」
座るか座らないかのうちに次々と書類を差し出すホークアイにロイは思い切り顔を顰める。うんざりしたように椅子に背を預けると言った。
「中尉、いくらなんでも多すぎないかね、この書類の山は」
「毎日きちんと真面目に片付ければ大した量じゃありません」
言外にサボるなと言って書類を突き出すホークアイにロイは情けない顔をする。それでもひとつ息を吐くとペンを取り書類に向き合った。
とりあえず真面目に仕事をする気になった様子のロイに、ファイルを小脇に抱えたホークアイが言う。
「部下の彼女にちょっかい出す時間を無くせば随分書類もはかどると思いますが」
そう言われてロイは驚いたように顔を上げる。
「部下の彼女にちょっかい?何の話だ、中尉」
「ハボック少尉の彼女です。少尉に彼女ができるたびちょっかい出しに行かれてるのはどなたです?」
ホークアイの言葉にロイは心外だという顔をした。
「ちょっかいだなんて私はそんなつもりはないぞ。ただ可愛い部下が妙な女に引っかかったりしないよう気を配ってやっているだけだ」
「可愛い部下が、と仰るならどうしてブレダ少尉やフュリー曹長の彼女達は放っておかれるんですか?」
「別に放っておいてなぞいないぞ。彼女達は少尉や曹長に似合いだと思うから黙ってるんだ。だがハボックは今ひとつ女性を見る目がないからな」
いかにもそれらしい言い訳をするロイをホークアイはじっと見つめていたが呆れたようにため息をつく。
「ハボック少尉はいい大人です。大佐のしていることは単に人の恋路の邪魔をしているようにしか見えません。それもハボック少尉限定で」
ホークアイはファイルを抱えなおすと執務室を出て行きながら言った。
「少しご自分のなさっていることの意味を考えてみてはいかがですか、大佐。そうすればそんな悪趣味な事をする理由が判るかもしれませんわ」
失礼します、と言ってパタンと閉じる扉をロイはポカンとして見つめる。数度瞬くと呟いた。
「私のしていることの意味?」
突然そんな事を言われてロイはペンを放り出すと腕を組む。眉を顰めて考えを巡らせた。
「別に私はハボック限定で彼女にちょっかい出しているわけでも、アイツに彼女が出来るたびちょっかいを出しに行っているわけでも……」
口に出してそう呟いてロイは思わず黙り込む。考えてみれば今回のアンナだけでなく、その前の彼女の時もその前の前の彼女の時もロイは彼女達に会いに行っていた。
『少しご自分のなさっていることの意味を考えてみてはいかがですか?そうすればそんな悪趣味な事をする理由が判るかもしれませんわ』
蘇えるホークアイの声にロイは考え込んでしまったのだった。

「よお、ハボック、ブレダ」
仕事を終えて行き着けの飲み屋に向かう途中、背後からかかった声にハボックとブレダは足を止める。そうすればそこにはハボックと同じ位長身の男が頭一つ以上低い彼女と一緒に立っていた。
「あれ、ゲイツ」
ゲイツと呼ばれた男はニッと笑って言う。
「なんだよ、男同士でメシかぁ?彼女いねぇのかよ、彼女」
「大きなお世話だよ」
ハボックは苦笑してゲイツの腹を殴る真似をして傍らの女性に言った。
「コイツ、悪い男っスからね、気をつけた方がいいよ」
「うるせぇぞ、ハボック」
二人のやり取りを聞いてくすくすと笑う女性を引き寄せてゲイツが言う。
「ま、いつでも紹介してやるから、彼女が欲しけりゃ言えよ」
それだけ言うとさっさと彼女を連れて行ってしまうゲイツを見送りながらブレダが言った。
「アイツ、3日前は違う彼女連れてたぜ、背の高い美人」
「へぇ、オレがこの間みた時はちょっとぽっちゃりしたボインの子連れてたけどな」
ハボックはため息をついてぼやく。
「なんであんなのがやたらとモテてオレんとこには一人もいないんだよ。いいよなぁ、オレも彼女とっかえひっかえしてぇ」
不公平だっ、と騒ぐハボックをブレダはじっと見つめていた。


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