| レヴィアタンの焔 第三章 |
| 強い視線を感じて目を向ければ見慣れた金髪が背を向けて歩き出すところだった。その後をわらわらと追っていくのがハボックの小隊の部下達だと気付くとロイの中に俄かに苛立ちが湧き上がる。僅かに眉を寄せて男達が視界から消えるまで見つめていたロイは不思議そうに問いかける女性の声に我に返った。 「ああ、すみません。ちょっと知り合いに似ていたような気がしたものですから」 「追いかけなくて宜しいんですの?」 そう尋ねてくる女性にロイは微笑を浮かべる。 「貴方をお待たせしてまで追いかけなければならない相手などおりませんよ」 そう言えば顔を赤らめて嬉しそうに笑う女性の腰を引き寄せてロイはゆっくりと歩き出した。 (彼女にフラれて大人しく家に帰ったのかと思ったのに) ハボックの部下達は皆ハボックの崇拝者だ。何かにつけてはハボックに纏わり付いている部下達にロイは一種嫌悪のような感情を抱いていた。 (部下達に信頼されているのはいいが、あいつらのはいささか度を越している。今度少し上官への接し方と言うものを教えてやるべきだな) ロイは内心そんな事を考えながら並んで歩く女性ににこやかに話しかけていた。 「頭いてぇ……」 ハボックはカーテンの隙間から差し込む朝日に意識を呼び覚まされてそう呟く。ベッドの上に体を起こせば途端にズキーンと痛む頭を抱え込んでハボックは呻いた。 結局夕べはあの後追いついてきた部下達と2軒、3軒と梯子して飲み歩いた。自棄のように酒を煽るハボックを、部下達はフラれた所為だと思ったようで、一生懸命慰めながらとことん付き合ってくれた。最後の方は殆んど意識がなく、どうやって帰ってきたのかも覚えていない。ハボックは緩慢な動作でベッドから下りるとキッチンへと行きグラスに水を注ぐと一息に飲み干した。時計を見れば時刻は7時半を回ったところでよくこんな状態で目覚めたものだとハボックは我ながら感心する。とにかく少しでも気分がよくなるようにとのろのろとバスルームに入るとシャワーを浴びる。まだガンガンと頭の中で鐘が鳴り響くような痛みは消えなかったが、それでも幾分目を開けられるようになって、ハボックは冷蔵庫の中から牛乳を取り出すとパックのまま口をつけた。 「はあ……今日演習なくてよかった…」 とてもこんな状態で演習などできるとは思えない。もっとも何か有事ともなれば二日酔いなど吹き飛んでしまうだろうが、今この状態ではなから訓練と判っているものを身も心も切り替えて参加するのは無理かと思われた。 ハボックはそっと体を壁に寄りかからせるとため息をつく。二日酔いだからと言う理由だけでなく司令部に行くのが嫌で仕方がなかった。 「大佐、昨日もデートしてたな…」 女性と二人楽しげに話すロイの姿を思い出すと何故だか苛々する。それはきっと不特定多数の女性と付き合うロイの不誠実さが不快だからだと言い聞かせるように思ってハボックは瞳を閉じた。 「行かなきゃ…」 二日酔いで休んだりしたら後で何を言われるかわかったものじゃない。ハボックは牛乳パックを冷蔵庫に戻すとのろのろと支度を始めたのだった。 ロイは車から降りると司令部の建物へと入っていく。朝のこの時間、司令部の廊下はそれぞれの部署へと向かう軍人達でザワザワと騒めき立っていた。 「隊長、今日ちゃんと来られるのかね」 「酒強いけど、昨日はかなり飲んでたからな。やっぱ最短記録が堪えたんだろうなぁ」 「隊長もいい男なのにどうしてああも女運がないんだか」 ふと、そんな会話が耳に入ってロイは足を止める。声のほうへ視線を向ければハボック隊の部下達が階段の上がり口で話しているのが目に入った。ゆっくりと近づいて廊下の角に身を潜めて耳を傾ける。そうすれば部下達の会話が良く聞こえた。 「昨日は送ってったんだろ?お前」 「ああ。一応部屋まで送り届けてそこで帰ろうとしたんだけど、隊長ってばそのままドアに凭れて寝ちまうからさぁ。結局中まで運び込んで軍服脱がせてベッドに放り込んできた」 「お前、慰めてあげますとか言って襲わなかったろうなっ」 「するかよー、いくらなんでもそんな人でなしなこと」 苦笑する男に部下の一人が言う。 「でもお前、昨日随分一生懸命隊長のこと慰めてたじゃないか」 「そりゃあ隊長があんな傷ついた顔してんの、ほっとけないだろ」 「お前、結構マジで隊長のこと、好きだもんなぁ、ニック」 「おい、そんなことこんなとこで大きな声で言うなよ」 ニックと呼ばれた男はきょろきょろとあたりを見回しながら早口で言った。僅かに顔を赤らめて仲間達を見回す男の顔を心に刻み込んでロイは何故だか苛つく気持ちを抱えたまま司令室へと歩き出した。 ロイが司令室についた時ハボックはまだ来ていなかった。ロイはブレダにハボックが来たら来るよう言い置くと執務室へ入っていく。それから暫くして司令室の扉が開くと青い顔をしたハボックが入ってきた。 「おう、ハボ。大佐が来たらすぐ執務室に……って、お前、スゲェ顔してっぞ」 「…うん、二日酔い」 「お前が?珍しいな」 どうしたよ、と視線で聞いてくるブレダに手を振るとハボックはドサリと椅子に腰を下ろす。ペタンと机に懐くハボックにブレダが言った。 「あ、それで大佐が呼んでる」 「…えー、座る前に言ってよ」 「言いかけたけどお前があんまりスゲェ顔してっから」 ついな、と言うブレダを軽く睨んでハボックほのそのそと立ち上がる。それからなるべく頭に振動を与えないよう、そろそろと歩いて執務室の扉をノックした。 いつもならノックと同時に開く扉が恐る恐ると言うようにそろそろと開くのを見てロイは目を丸くする。青い顔をしたハボックが顔を出して言った。 「なんか用っスか、大佐」 とても上官に呼ばれた部下が取る態度とは思えぬ言い様にロイは顔を顰める。 「お前なぁ、用事があるから呼ぶんだろう、普通は」 「ああ、じゃあ言い換えます。大事な用っスか?大佐」 そう言うハボックにロイは益々眉間の皺を深めた。そんなロイにハボックは肩を竦める。 「だってアンタ、締め切りの過ぎた書類出して来いだの、新作ケーキの発売日だから買ってこいだの平気でそういう事言うじゃないっスか」 そんな事を言うハボックをロイはじっと見つめていたがやがて口を開いた。 「どうした、機嫌が悪そうだな。そういえば顔色もよくないが」 「…ちょっと夕べ過ごしちゃいましてね。でも大した事ないっスから」 「ほう?ちゃんと自力で帰ってこられたのか?」 「勿論っスよ、当たり前じゃないっスか」 なんでそんな事を言うんだという顔をするハボックにロイは薄く笑う。 「部下の誰かに世話になったんじゃないのか?前後不覚で妙な事をされたなんてことはないだろうな?」 ハボックはロイの言葉に驚いたように目を見開き、それからムッとしてロイを睨みつけた。 「何言いたいんスか、アンタ。オレ達を侮辱してんの?」 「別に。心配してやってるだけだ」 「大きなお世話っス」 ハボックはそう言うとロイを睨んでいたが瞳を閉じて一つ息をつくと聞く。 「それで?オレを呼んだのはそんな事を言う為じゃないっしょ?」 そう尋ねられてロイは言うべきことを失念していた事を思い出した。ハボックの顔を見た途端、先ほど聞いた部下達の会話が蘇えって苛立ちのままに妙な事を口走ってしまった。ロイは目を閉じて心を落ち着かせると再び開いた瞳でハボックを見つめて言う。 「車を出してもらうつもりだったんだが、そんな調子じゃ無理そうだな」 「大丈夫っスよ。大したことないって言ったでしょ」 「飲酒運転で命を危険に晒すのはごめんだ」 「…何時に出ます?」 「そうだな、1時間後くらいか」 ロイの言葉にハボックは30分で抜きます、と言うと執務室を出て行った。パタンと閉じる扉を見つめてロイは大きなため息をつく。椅子に背を預けて仰け反ると眉間を指で揉んだ。 「何を苛ついてるんだ、私は」 どうにも自分の気持ちを持て余してロイは首を振る。その苛立ちの理由を深く考えたくなくて、ロイは読みたくもない書類に手を伸ばした。 |
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