レヴィアタンの焔  第二章
 
 
「え?今なんて…?」
『ごめんなさい、私が悪いの…でも、私、もう貴方と付き会えない』
「なんでっ?オレ、なんか悪いことした?」
次のデートの約束をしようとかけた電話で突然切り出された別れ話にハボックは受話器を握り締める。電話の向こうの相手は少し迷った末、言いにくそうに言った。
『好きな人が出来たの。ごめんなさい、ジャン。貴方は全然悪くないのよ、全部私がいけないの。本当にごめんなさい…』
何度もごめんなさいと繰り返す相手に、ハボックは「気にしないで」とか「君は悪くない」とかそんなことを呟いて受話器を置く。ガックリと肩を落としてため息をつくと受話器に懐いた。
「なんでぇ?今回は随分頑張ったのに…」
せっかくガールフレンドが出来てもついつい忙しさにかまけてその後のフォローをおざなりにしてしまいがちだったが、今度こそはそんな事にならないよう、マメに電話をしたりほんの少しの時間でも会いに出かけたりしていた。それにも拘らずろくに付き合いもしないうちにこうも簡単に心変わりされるとは。
「オレってそんなに魅力ねぇの…?」
少なくとも見かけはさほど悪くはないと思う。ロイのような整った顔立ちではないもののそれなりに見られる程度の顔だと思っていた。背も高く男らしいと自分では思っているのだが、女性から見たらそうは思えないのだろうか。
「それともやたらデカイのって怖かったりするのかな」
軍にいるとハボックなどそう大柄と言うわけでもなく、特に小隊の連中と一緒にいると自分は細いのではないかと思えるほどだ。だが、それはあくまで軍部内の基準で世間一般から見たらデカくて怖そうに見えるだけなのかもしれない。
ハボックは受話器に懐いていた顔を上げると目の前のガラスに映った自分の顔を見る。情けない顔で見返してくるガラスの中の自分を見つめてハボックは大きなため息をついた。
「そりゃ垂れ目だし、ヤニ臭いけど…」
ハボックはそう呟いて目尻を指で持ち上げて見る。目尻を上げたついでに目が細くなった自分は犬と言うより狐かもなんて馬鹿なことを考えていた時。
「何やってるんだ、お前は」
呆れたような声が聞こえてハボックは振り返った。
「あ、大佐」
「なんだ、睨めっこの練習か?」
目尻を持ち上げたまま振り向いたハボックの顔を見てロイはくすりと笑ってそう言う。電話のすぐ近くに置いてあるソファーに腰掛けると形の良い脚を組んだ。
「デートの約束か?」
司令室の電話ではなくこんな入口近くの公衆電話を使って電話をしていることの理由をそう問えば、ハボックは不貞腐れたように唇を歪めた。
「そのつもりでしたけどダメでした」
「なんだ、予定が合わなかったのか、それは残念だったな」
そう言われてハボックはうっすらと微笑んだロイの顔を見る。その言葉が嫌味とかそういう類のものではないらしいと見てとるとため息をついた。
「これから先もアンナとは予定が合うことはないと思いますよ。フラれちゃいましたから」
吐き捨てるようにそう言えばロイが僅かに目を瞠る。ハボックはそんなロイの顔に僅かな苛立ちを覚えて言った。
「信じられないって顔っスね。そりゃアンタはフラれたことなんてないでしょうけど、生憎こっちはしょっちゅうなんスよ。今回は一生懸命マメに電話したりあったりしてたのに、他に好きなヤツが出来たって……。オレってそんなに魅力ないっスかね」
傷ついた声にロイは僅かに眉を寄せる。
「お前はとても魅力的だと思うよ、ハボック。相手の女性に見る目がないだけだ。気にする必要などない」
そう言うロイの言葉にハボックはムッとして言った。
「そんな心にも思ってないこと言ってくれなくていいっスよ。どうせバカにしてんでしょ?つきあってもすぐフラれる、って。そりゃアンタみたいにモテモテの人からみたら信じらんないでしょうけどねっ!どうせオレのことなんて相手にしてくれるような子はいませんからっ」
ハボックは吐き捨てるようにしてそう言うとロイに背を向け正面入口から建物の外へと出て行ってしまう。後ろからロイが呼ぶ声が聞こえたが、振り向こうとはしなかった。
「チキショウッ、なんで…ッッ」
それが付き合っても長続きしない自分に対する言葉なのか、それともフラれた直後にロイと話す羽目になってしまったことへの苛立ちなのか、よく判らないままにハボックは泣きそうな顔で歩いていたのだった。

一人で怒って出て行ってしまったハボックの背を見送ってロイは息を吐き出すとソファーに背を預ける。ぼんやりと宙を見上げれば先日声をかけた小柄な女性の顔が思い浮かんだ。
「私は別に彼女を誘惑したわけじゃないぞ。ただちょっと声をかけて話しただけだ」
一つ二つ相手を喜ばせるような言葉を口にしたかも知れないが社交辞令の範囲内だ。
「大体あれくらいのことで心変わりするなんて尻の軽い、ろくでもない女に決まってる。ハボックは別れて正解だったんだ」
ロイは自分に言い聞かせるように呟くと立ち上がる。
「私はハボックを未来の不幸から救ってやったんだ。部下が不幸で腑抜けてしまっては困るからな。上司として当然のことをしたまでだ」
そう言って頷くとロイは司令室に向かって歩き出した。

「隊長と飲みに行くの、久しぶりですね」
「そうそう、最近隊長、忙しかったから」
「たまには俺達ともデートしてくださいよね」
デートのつもりがあっけなくフラれてしまい、ぽっかりとあいた時間を一人で過ごすのも切なくてハボックは小隊の部下達と一緒に飲みに出てきていた。嬉しそうに口々に言う部下達にハボックは苦笑する。
「久しぶりって程でもないだろ。アンナとは2週間くらいしか付き合ってなかったんだから」
最短記録更新だっ、とヤケクソのように叫んで笑うハボックに部下達は困ったように顔を見合わせたがすぐに隊長の肩や背を叩きながら言った。
「今夜はとことん飲みましょう、隊長っ!」
「みんなでワッと騒いで盛り上がって、嫌なことは忘れちまいましょうっ」
「隊長、今夜は帰しませんからねっ」
ワイワイと騒ぐ部下達に笑ってハボックが言い返そうとした時、部下の肩越しに見慣れた姿を見つけてハボックは凍りついた。
「大佐…」
ハボックが呟く声を聞きとめて、部下達も一斉に振り向く。黒髪を高く結い上げた妖艶な美女を連れたロイの姿を見つけて感嘆の声を洩らした。
「マスタング大佐だ、デートかぁ」
「うわ、すっげぇ美女っ!あんな女と一度でいいからデートしてみてぇっ!」
「相変わらずモテモテだよな、羨ましい…」
口々に羨ましそうな声を上げる部下達の言葉など耳に入らずハボックはにこやかにデートの相手に話しかけるロイをじっと見つめる。そうすれば喉はからからに渇き、握り締めた手はブルブルと震えた。
「また違う相手…」
唸るようにそう呟けば部下の一人が感心したように言う。
「いいですよねぇ、ああやって毎晩違う相手とデート。俺もやってみたいですよ」
「お前なんて無理に決まってるだろう」
「そうそう、あんな事ができるのはマスタング大佐くらいなもんさ」
答えてそう言葉を返す部下達の声を黙って聞きながらハボックはロイをじっと睨んでいたが、やがてフイと顔を背けるとロイ達がいる方とは反対の方向へと歩き出した。
「最低だろっ、あんなの!相手の女の子に不誠実だ」
「でもマスタング大佐ならそれでも付き合いたいって女の子はいっぱいいるかもしれませんよ」
「俺もそんな事言われてみてぇ」
歩き出したハボックを慌てて追いかけながら部下達が言う。ハボックは部下達の言葉にカチンと来ると足を止めて言った。
「だったら大佐のとこ入って女性との付き合い方でも指南してもらったらいいだろっ」
「えっ、あ、ちょっと隊長、待ってくださいよっ」
突然怒鳴って走り出すハボックを追って部下達も走り出す。「待ってくれ」と言う声にも耳を貸さず人の間を縫って走れば何故だか涙が零れてきた。
「サイッテーだっ、あの人…ッ」
説明のつかない苛立ちに気持ちをかき乱されて、ハボックは夜の街を走っていった。
 
 
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