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| レヴィアタンの焔 第三十七章 |
| 寒空の下、ハボックは自分のアパートに向かって全速力で走る。この先にロイがいると思うと気持ちばかりが焦って永遠に道が続いているような気がした。漸くアパートに辿り着き階段を2段飛ばしで一気に駆け上がる。自分の部屋の前にきたハボックは、だが誰の姿も見えない薄暗い廊下を前に立ち止まった。 「いない…」 通報があったのだから確かにロイはここにいたはずだ。それでは自分が来る前に憲兵でも来て連れて行かれてしまったのだろうか。それともさすがにもう待てないと帰ってしまったのだろうか。 「そんな…大佐…」 ハボックがガックリと手すりに手をかけて跪いた時。 「ハボック?」 背後から聞こえた声にハボックは慌てて振り向く。するとそこには手にコーヒーの缶を持ったロイが立っていた。 「たいさ…」 「やっと帰ってきたのか、お前…」 ホッとしたような笑みを浮かべるロイを呆然として見上げていたハボックはキッと目をつり上げる。 「どこ行ってたんスかっ?!」 「え?どこって…いや、あんまり寒かったんでな、カイロ代わりのコーヒーをと思って」 ロイはそう言うと手にした缶コーヒーを振って見せた。そんなロイにハボックは顔を歪めて怒鳴る。 「バカッ!!アンタがここにいるって言うから必死になって走ってきたのにっ、なんでコーヒーなんて買いに言ってんのさっ!!」 「バカってお前なぁ、この寒空の下じっと立っていて見ろ、もの凄い寒いんだぞ」 「そんなの判ってるっスよ。この寒い中何日も外突っ立って風邪引いて、ホントバカじゃねぇのっ」 「お前…言うに事欠いてそれを言うか?」 半分ムッとして、半分呆れてそう言ったロイはハボックがボロボロと泣き出したのを見てギョッとした。慌てて手を差し出したロイにハボックが腕を伸ばしギュッと抱きつく。 「たいさ…たいさぁ…」 耳元で囁かれる声に見開いたロイの瞳がゆっくりと細められた。ロイはしがみついてくるハボックの体を抱き返して言う。 「会えてよかった、ハボック。さすがに今夜会えなかったらどうしようかと思ってたからな」 「たいさ…」 「ハボック、すまなかった。私は――」 そこまで言ったロイの体が突然傾いだかと思うと。 「たいさっ?!」 グラリと倒れる体をハボックは悲鳴とともに抱き止めた。 「たいさっ?!しっかりしてっ、たいさっ!!」 ハボックは突然倒れてしまったロイの体を掻き抱く。そうすればさっきは気持ちが高ぶって判らなかったが、ロイの体が酷く熱いことに気がついた。 「熱?…あ、そう言えばフュリーが凄く具合が悪そうだって言って…」 そう呟いてハボックはロイを担ぎ上げるとポケットから鍵を取り出しアパートの扉を開ける。寝室に駆け込むとロイの体をベッドに横たえた。 「ひでぇ熱…っ」 額に手を当てればその燃えるような熱さに顔を歪める。寝室を出て冷蔵庫から氷を取り出し、洗面器に水と一緒に放り込むとタオルを数枚持ってロイのところへ戻った。氷水でタオルを冷やすとロイの額に乗せる。 「医者…医者呼ばなきゃ…っ」 ハボックがそう呟き、ベッドから離れようとすれば、不意に延びてきた手がハボックの腕を掴んだ。ハッとして振り向けばロイの黒い瞳がハボックを見つめている。そうしたきり手を離さないロイにハボックは言った。 「大佐、今、医者呼んできますから、ちょっと待ってて」 「いい、医者なんていらん。…それよりお前に言うことがーー」 「馬鹿言わないでくださいっ、医者に見せないわけにいかないっしょ?すぐ戻ってきますから、手、離して」 「イヤだ」 熱で紅潮した顔で、それでもその瞳の強さだけは変わらずに自分を見つめてくるロイにハボックは息を飲む。ハボックはベッドの傍らに膝を付くとロイの手を軽く叩いて言った。 「話なら後でちゃんと聞きます。だから今は医者を呼びに行かせてください。ね、大佐」 宥めるように言い聞かせるようにそう言えば、ロイは暫くハボックの腕を掴んだままでいたが、やがてゆっくりと離す。ハボックはロイの熱い額にキスを落とすとにっこりと笑い足早に部屋を出ていった。 「肺炎の一歩手前だったな」 同じアパートの住人で町医者をやっている中年の男は、突然飛び込んできたハボックの頼みに文句を言いながらも往診してくれた。薬を処方して帰っていく医者をハボックは頭を下げて見送ると寝室に戻る。赤い顔で目を閉じているロイの傍に椅子を持ってくると、腰を下ろしてその顔を覗き込んだ。 「全くもう、無茶ばっかりして…肺炎起こしてたらどうするつもりだったんスかっ」 「仕方ないだろう、他に方法を思いつかなかったんだから…」 掠れた声でそう答えるロイにハボックはため息をつくと額のタオルを絞り直す。額に載せると言った。 「とにかくゆっくり眠ってください。オレ、ついてますから」 「話が先だろう?」 目を開いてそう言うロイにハボックは首を振る。 「だめっス。今は休まないと」 「嫌だ」 「大佐っ」 声を荒げるハボックの手をロイは掴んだ。グイと引き寄せて言う。 「私がずっとここに来ていたのは何のためだと思ってるんだ…?ここで話さないでどうするっ」 「だから、話なら後で聞くって言ってんでしょっ!もうどこにも行きません。ずっとここにいますから」 「嫌だ、今話をしたい」 「大佐っっ!」 どうしても聞き入れようとしないロイにハボックが顔を歪めた。自分の手を掴むロイの手を己の額に押しつけて囁く。 「大佐が倒れて、オレがどんな気持ちか判ります?これ以上アンタになんかあったら…っ」 「そう思うなら余計に話をさせろ。そうしたら幾らでも休んでやる」 「大佐…っ」 「ハボック…、頼むから」 苦しげなロイの声にハボックは椅子から降りて跪いた。ロイの手を握りしめたまま顔を寄せる。 「仕方のない人っスね。…聞きますから、話して、大佐…」 漸くそう言ったハボックにロイはホッとため息をついた。ロイは繋いだハボックの手をギュッと握り締めて言う。 「最初に謝らせてくれ。私の曖昧な態度がお前を傷つけた。お前も私を好きでいてくれるといい気になって傲ってたんだ。すまなかった、ハボック」 「そんな…だったらオレも、話そうとしてくれるアンタに耳を貸さずに逃げてた。オレも悪かったんス」 「ハボック…」 じっと見つめてくるロイにハボックは泣きそうな顔で言った。 「でも、怖かったんス。だって、アンタの周りにはいつだって魅力的な女の人がいっぱいいたし、そんなアンタがオレを好きだなんて、とても信じられなくて。彼女とアンタは凄い似合ってたし、だから…っ」 「馬鹿だな、お前は」 ロイはそう言って繋いでいた手を離しハボックの顔に触れる。そっとその頬を撫でて言った。 「お前が好きだ、ハボック。私はお前を愛してるんだ」 「たい…」 「愛してるよ、ハボック」 掠れてはいてもきっぱりとそう告げるロイにハボックは目を見開く。その空色の瞳に見る見るうちに涙が盛り上がるとパタパタとロイの顔に落ちた。 「返事を聞かせてくれ。あの日、聞かせてくれるつもりだったんだろう?」 そう訪ねるロイにハボックは泣きながら笑う。 「オレも…オレもアンタが好きっス。ずっと、もうずっと好きだった…っ」 そう答えるハボックにロイは幸せそうに笑って頬を撫でていた手をハボックの頭に滑らせた。そのまま引き寄せれば抵抗なく近づくハボックの唇に己のそれを重ねる。漸く触れることの出来たそれに、最初は啄むように、それからだんだんと深く唇を合わせた。ひとしきり口づけを交わすと、ハボックがベッドに手をついて体を起こす。恥ずかしそうに笑って言った。 「さ、もう休んで、大佐。まだ話すことあるならそれは風邪がよくなってからにしましょう」 ね、と笑ってハボックはそのままベッドから離れようとする。だが、ロイはハボックの腕をグイと引いてその長身を腕に抱き込んだ。 「たいさっ?!」 「やっぱり今、話したい」 体で、と耳元に囁かれる掠れた声にハボックの顔が火を吹いたように赤くなる。ジタバタともがいてロイの腕から逃れようとした。 「なに、馬鹿言ってんスかっ!アンタ、肺炎起こしかけて酷い熱なんスよっ!休まないと…っ」 「大した熱じゃないさ。それに汗をかいた方が熱が下がるって言うだろう?運動すれば一発だ」 「一発ってなにっ?!馬鹿言ってないで離し…っ」 逃れようともがくハボックをロイはベッドに引きずり込むと体勢を入れ替え上から押さえつける。その空色の瞳を間近から覗き込んで言った。 「好きだ、ハボック。今すぐお前が欲しいんだ」 「…たいさ」 「愛してる…」 そう囁いて見つめてくる黒い瞳に、ハボックは絡め取られたように身動きが出来なくなる。うっすらと笑って降りてくる唇を、ハボックは逃げることも出来ずに受け止めた。 |
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