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| レヴィアタンの焔 第三十四章 |
| 「大佐、おはようござい―――」 「ハアアックションッッ!!」 司令室に入ってきたロイに朝の挨拶をしようとしたフュリーは盛大なクシャミで返されて眼鏡の奥の目を丸くする。クシャミに続いてゴホゴホと咳込むロイに言った。 「昨日より悪くなってないですか?」 「ああ、夜は冷えるからな」 ロイはそう言いながら執務室へと消えていく。ぱたんと執務室の扉が閉まるのとほぼ同時に司令室の扉が開いて、ハボックたちが入ってきた。 「おはよう、フュリー」 「うっす」 「あ、おはようございます、ハボック少尉、ブレダ少尉」 気遣わしげに執務室の扉を見ていたフュリーが、慌てて視線を戻して答える。 「なに?どうかしたのか?」 その様子にハボックが首を傾げればフュリーが言った。 「いえ、大佐、すっごい風邪引いてるみたいで」 「風邪?」 「夜遊びのし過ぎなんじゃねぇの?デートでもしてたんだろ」 心配そうなフュリーにブレダが素っ気なく言う。 「ああ、そう言えば夜は冷えるとか言ってました」 「だろ?きっと美人と一緒に夜遅くまで遊んでたんだよ」 自業自得だな、と頷きあう二人の会話を聞きながらハボックは小さくため息をついた。 (デートか。そうだよな、大佐、モテるもん) 好きだという言葉にまともに答えようともしない自分にいつまでもかまけている暇があったら、彼に想いを寄せる女性はたくさんいるのだ。 (そうなればいいって思ってたの、自分じゃん) そうは言っても沸き上がってくる嫉妬は抑えることなどできなくて。 ハボックは深いため息をつくと執務室へは目を向けずに腰を下ろした。 「ああ、くそう…」 ロイはチーンと思い切り鼻をかむとティッシュをゴミ箱に放り投げる。鼻づまりでぼーっと霞んだ頭でロイは考えた。 「夕べも帰ってこなかったな…」 いったいどこで何をしているのだろう。本人に聞くのが一番手っとり早いのは判っているが、それもできずにロイは机に突っ伏した。 「誰と一緒にいるんだ?」 寒い中待つのは勿論辛いものがあるが、それ以上にハボックが自分以外の誰かと過ごしているのかと思うと堪らない。いっそ探して歩こうかとも思うがその間にハボックが帰ってきたらと思うとそれもできなかった。 「待つしかないか…」 ロイはそう呟くともう一つ大きなクシャミをする。目の前の書類でついうっかり口元を押さえてしまって、ロイはがっくりと書類を投げ出した。 「隊長」 「え?」 ぼうっとしていたハボックは目の前で険しい顔をしている軍曹をじっと見つめる。まったく心ここにあらずと言った風のハボックに軍曹はため息をついた。 「隊長、今日はもう訓練に参加せんでくれませんか」 「えっ、な、なんで?」 「今の隊長が訓練に参加してもマイナスになりこそすれ、プラスになることは一つもないからです」 きっぱりとそう言いきられてハボックは目を丸くする。 「反論できますか?隊長」 だが、そう聞かれればハボックには答える術がない。軍曹の肩越しに部下たちの方を見やれば皆怪訝そうに見つめており、その様子からもハボックにも己の体たらくが判るというものだった。 「ごめん…」 ハボックは消え入りそうな声でそう呟くと部下たちに背を向けとぼとぼと歩き出す。足下に舞い立つ砂埃を見つめて唇を噛み締めた。 「何やってんだろ、オレ…」 このまま使いものにならなければ軍人としてロイの傍にいる事すらままならなくなってしまう。それでもシャンとしなければと思えば思うほど身の内を焦がす想いにがんじがらめになって。 「サイテーだ、もう」 ハボックはそう呟くと足下の砂をじっと睨みつけたのだった。 「大佐、こちらの書類ですが」 ホークアイはそう言いながらロイの前に書類を差し出す。だが、相手が全く自分の言うことを聞いていない事に気づくと眉を顰めた。 「大佐」 少しトーンをあげて名を呼べばロイの黒い瞳がホークアイを見る。それを確認して続きを話そうとしたホークアイは、だが次にロイの口から零れた言葉に一瞬耳を疑った。 「中尉、君は自分の子供が恋人だといってつれてきた相手が気に入らなかった場合、どうしたらその相手を見直すかな」 「は?仰っている意味がよく判りませんが」 「“こんな奴にうちの大事な子をやれるかーッ!”と思った時に何があったら“コイツにだったらしかたないか”って思えるようになる?」 「生憎私には子供がおりませんのでお答えしかねます」 ホークアイがそう答えればロイが情けない顔をする。ホークアイは一つため息をつくと言った。 「少尉のご両親にお会いになったんですか?」 「いや、両親じゃないんだが…」 言葉を濁すロイをホークアイはじっと見つめていたが、その意気消沈した様子に冷たく言った。 「いっそ諦めてしまわれたらいかがですか?」 「え?」 「何も障害の多い相手にこだわらなくても大佐でしたらいくらでもお相手はいらっしゃいますでしょう?結婚まで考えた女性もいらっしゃるのですからそちらに乗り換えたらよろしいじゃありませんか」 さらりと言ってのける美人の副官をロイは食い入るように見つめる。それから険しい表情を浮かべると言った。 「乗り換える気も諦める気もないよ、私は」 「だったら何を迷っていらっしゃるんです?答えは一つでしょうに」 そう言う鳶色の瞳を見つめ返したロイはやがて笑みを浮かべる。 「うまくいったら君には何かお礼をしないといけないな」 「それは期待して待っていてもいいのでしょうか?」 「勿論だとも」 尋ねるホークアイにロイはきっぱりと答えた。 「これしきで諦めてしまうくらいなら最初から言わない」 「はっきりと決めたのでしたら」 ホークアイはそう言って抱えたファイルをドサリとロイの前に置く。 「とっとと仕事に戻ってください」 山と積まれたファイルを前にロイは眉を下げた。 「まったくもって君の深い愛情を感じるよ、中尉」 「感じていただけて光栄ですわ」 にっこりと微笑むホークアイに、ロイは渋々と書類を手に取ったのだった。 「ハボ!鍋っ、吹いてる、吹いてるっ!!」 「えっ、うわわ…っ」 キッチンを覗いたブレダは鍋の前でボーッとして立っているハボックに怒鳴る。ハボックは慌てて吹き出した鍋が載っているコンロの火を落とした。 「やば…、ッ、アチッ」 吹き零れたものを拭こうとしてハボックは、コンロに触れて顔を顰める。赤くなった指を舐めるハボックにブレダは呆れて言った。 「なにやってんの、お前」 「あはははは、疲れてんのかな…」 ハボックは呟くようにそう言う。その思い詰めたような横顔にブレダがなにも言えずにいると、ハボックがキュッと唇を噛んで言った。 「ごめん、ブレダ、オレちょっと出かけてくるっ!」 「えっ?今から?って、晩飯どうすんだよ、おい、ハボっ?!」 驚いて目を見張るブレダに構わずハボックはキッチンを出る。上着すら持たずにハボックは冷たい風が吹く夜の街へと飛び出していった。 「さて、今夜も長期戦かな…」 できればそうでないことを祈りながらロイはアパートの廊下の手すりに寄りかかる。ズズッと鼻をすするとコートの前をギュッと合わせた。 「まったく、格好悪くなったものだ」 これでも一応色男で通ってきたのだ。相手に不自由した事もなければ、フラレたことも覚えている限りではない。それが今では振り向いてくれるかも判らぬ相手を待って、寒空の下部屋の前に立ち続けている。なにをするでもなく立っていれば愛しい相手のことばかりが頭に浮かんでロイは苦笑した。そんな風に待っていると、ここにくるたび顔を合わせている住人が今夜もロイを胡散臭そうに見つめながら通り過ぎていった。 「いかん、この調子じゃハボックが帰ってくるのと私が変質者で通報されるのとどちらが早いかになってしまう」 とはいえ事情を説明するのも変な話で、ロイはただひたすらハボックの帰りを待って立ち続けていた。だが。 暫くの間ここ数日と同じように部屋の前に立っていたロイだったが、何かを思いついたように頷くと部屋の前から立ち去った。 |
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