レヴィアタンの焔  第三十三章


「ブレダ!メシできたよッ!」
「わりぃ、今行くッ!」
 テーブルの上に皿を並べながら声を上げれば洗面所の中から返事が聞こえる。バンッと扉を閉じる音とザアザアと水を流す音がしたと思うと、ドタバタとブレダがやってきた。
「わりぃ、わりぃ。待たせたな」
「そうでもないよ」
 ガタガタと椅子を引いて腰掛けながら言うブレダにハボックは笑う。いただきますと、食事を始めながら言った。
「ちゃんと寝れた?ブレダ。やっぱオレがソファーベッド使った方がよくねぇ?」
 こうと決めたら仕事の早いブレダは「家に来い」と言ったその日のうちには中古のソファーベッドを用意していた。最初、ハボックがそれを使うと言い張っていたのだが、結局背の高さとソファーベッドの長さの兼ね合いでハボックがベッドを、ブレダがソファーベッドを使うことで落ち着いていた。それでも居候として家主の寝床の心配をするハボックにブレダは素っ気なく答える。
「俺たちゃ軍人なんだからよ、別に何処でだって寝れんだよ。ソファーベッドがあるなんて全然いいじゃねぇか」
「そりゃそうだけど、それならオレがそっちでも」
「しつこいな、お前は。そんなに言うなら俺の好物でも作りやがれ」
 フォークを振ってそう言うブレダにハボックは首を竦めた。
「ん。判った」
「判ったらさっさと食って行くぞ」
 そう言ってガツガツと食べ始めたブレダにハボックは小さく笑みを浮かべた。

「ハアックションッッ!!」
 司令室に入ってくるなり大きなクシャミをするロイにフュリーが目を丸くする。
「風邪ですか?大佐」
 心配してそう尋ねてくる部下にロイは鼻を啜って答えた。
「ああ、ちょっとな」
 ロイがそう言った時、司令室の扉が開いてハボックとブレダが入ってくる。ロイと目が合うと一瞬の間を置いて「おはようございます」と言って自席に腰を下ろすハボックにロイが言った。
「夕べは何処に行ってたんだ?」
「え?」
 そう尋ねられて目を丸くしたハボックが答える前にブレダが口を開く。
「プライベートまでいちいち答える必要があるんですか、大佐」
 ロイはそう言うブレダをムッとした顔で睨む。そのロイにブレダは続けた。
「それとも上官命令で事細かに全部報告させます?」
 そう言えばロイはそれ以上何も言わずに執務室に入っていく。パタンと扉が閉まるのを見つめていたハボックはブレダを振り向くと言った。
「ブレダ、言い過ぎだよ」
「あれくらい言わないとダメだろう、あの人は」
「ブレダっ」
「少なくとも上官としてのあの人を軽蔑しないですんでよかったけどな」
 ブレダはそう言うと椅子の背に体を預けて凄い勢いで煙草の煙を吐き出す。
「ええと、喧嘩ですか?」
 むっつりと黙り込んだブレダと困りきって唇を噛み締めるハボックの顔を交互に見比べながら、フュリーは首を傾げたのだった。

 執務室に入るとロイはたった今まで浮かべていた不機嫌な表情を引っ込め、フニャとだらしなく眉を下げる。ドサリと椅子に腰を下ろすとだらしなく沈み込んだ。
「くそう…保護者の壁は厚い」
 ハボックと話をしたいと思っても、友人を蔑ろにされたと怒りを露わにしているブレダが立ちはだかる。上官命令でブレダを遠ざけハボックと話をするのは簡単だったが、そんな事をすればブレダだけでなくハボックにも軽蔑されてしまうだろうし、何より自身のプライドが赦さない。それにそんな形で話を聞いたところでハボックの本当の気持ちを聞き出せるとも思えず、ロイは益々ずるずると椅子にめり込んでしまう。暫くそうしてめげていたロイだったが、ふるふると首を振ると身を起こした。
「こんなことでメゲてどうする、しっかりしろ、ロイ・マスタング!」
 これまでだって欲しいものはそれがどんなに困難な道のりの先にあろうとも必ず手に入れてきた。
「全てを投げ打ってでも私はハボックが欲しいんだ」
 そう思えば鮮やかに笑うハボックの顔が思い浮かぶ。
「好きなんだ、ハボック…」
 もう一度ハボックにそう伝えたくて。
 ロイはひとつ息を吐き出すと書類に手を伸ばした。

「お、いい匂い」
 シャワーを浴びて出てきたブレダは部屋に漂ういい匂いに鼻をひくつかせる。ダイニングへと入って行けばハボックが料理を盛りつけた皿をテーブルに並べているところだった。
「お、鴨じゃん!」
「好きでしょ、ブレダ。オレンジソースで煮たの」
「大好物!やっぱいいなぁ、お前がいると」
 ニコニコと満面の笑みを浮かべながら席につくブレダを見ながらハボックも腰を下ろす。他愛もない話をしながら時に笑いあう食卓に、ハボックは内心ブレダに感謝する。だが、それを口に出して言えばかえってブレダの気持ちを台無しにしてしまう気がして、ハボックはただ心の中でブレダに「ありがとう」と呟いたのだった。

 食事を済ませ、食後のコーヒーを飲みながらまるで学生時代に戻ったようにゲラゲラと笑いながら時を過ごしていた二人だったが、流石に翌日に差し支えるとそれぞれのベッドに引き上げる。ハボックはドサリとベッドに身を投げ出すと天井を見上げてため息をついた。
「大佐、今頃誰かとデートでもしてるのかな」
 結局ロイの気持ちに答えることも出来ないまま、あやふやに済ませてしまった。それでもロイへの気持ちを断ち切ってしまう事が出来ない自分にはこれが出来る精一杯だったし、ロイの為を思えばこうしていつしかロイの気持ちが覚めてしまうのを待つのが一番いいように思える。ロイの回りにはいくらでも魅力的な人間がいるのだ。ごつくてデカイ自分への気持ちなど瞬く間に覚めてしまうに違いない。
「へへ…オレの気持ちもさっさと覚めちまえばいいのに」
 そう呟いては見たものの、そんな日は永遠に来ないことを自分が一番よく知っている。
「胸、いてぇ…」
 ロイへの想いとロイの回りを取り囲む女性達への嫉妬が痛みとなって胸を刺して。
 ハボックはため息をつくとブランケットを頭から被ったのだった。

「ハァックシュッ!!…クシュンッ!!」
 夜も更けたアパートの廊下でロイは盛大なくしゃみをする。厚手のコートをにマフラー、手袋と装備を固めては来たものの、それでも足元から忍び入る冷気にロイはドカドカと足踏みした。
「くそう、何処に行ってるんだ、アイツは!」
 夕べは結局明け方近くまで待ってみたもののハボックは戻ってこなかった。今日司令部で見たハボックの身なりはきちんとしていたからどこかに泊まって来たのだろうか。
「どこかにって……どこだ?」
 ハボックが自分以外の誰かを頼って身を寄せていると考えただけでも胸中をどす黒いものが占めていく。ロイが苛々と足踏みしていると同じ階に住んでいるらしいアパートの住人が胡散臭げにロイを見て通り過ぎていった。
「ははは、ちょっとここの住人を待っているので」
 ドアの中に消える直前まで怪しい人を見る目つきで自分を見る住人にロイは言い訳のように呟く。
「早く帰ってきてくれないと変質者として通報されそうだ」
 そんな事になったら目も当てられない。ホークアイやブレダにもきっと白い目で見られること間違いなしだ。
「くそう、早く帰って来い、ハボック…ッ」
 ロイはそう呟くとアパートの手すりから身を乗り出し、ハボックの姿が見えないだろうかと目を凝らしたのだった。


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