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| レヴィアタンの焔 第三十二章 |
| 結局その日、ロイは一歩も執務室を出ることができなかった。 「中尉、市内の視察を――」 「昨日行かれたばかりですから必要ありません」 「腹が減ってきたな、そろそろ昼飯の時間だと思うんだが」 「食堂から持ってこさせましょう」 万事この調子で執務室に軟禁状態、ホークアイの監視つきで丸一日書類と格闘したロイは、窓の外が暮れかかる頃にはすっかり屍と化していた。 「疲れた…」 最後の1枚を書き終えて差し出せば内容を確認したホークアイが他の書類と一緒に纏めてファイルに挟んだ。 「今日はこれでお帰りいただいて結構です。明日もまたこの調子でお願いします、大佐」 サラリと恐ろしいことを言ってホークアイは執務室を出て行く。ハア、とため息をついたロイは暫く椅子にめり込んでいたがが、やがて慌てて立ち上がった。 「こんなところで休んでる場合じゃない、ハボックッ!」 そう呟いてロイは執務室を飛び出す。目指す金髪が見当たらないのを見て、ガックリと肩を落とした。 「あ、大佐、お帰りですか?それじゃ車回して貰いますね」 ロイの顔を見たフュリーが言う。ロイはそれに首を振ると言った。 「いや、それよりハボックはどうした?もう帰ったのかな」 「少尉ならほんの2、3分前に帰られましたけど」 「2、3分前ッ?!」 その言葉にうな垂れていた顔を上げてロイが叫ぶ。そのまま物も言わずに飛び出していってしまったロイをフュリーは目を丸くして見送った。 「くそう、まだ帰るなよッ」 2、3分前なら急げば追いつくかもしれない。そう思って司令部の廊下をロイは走っていく。思ったとおり司令部の入口を出て行こうとする金色の頭を見つけると、ロイは大きな声でその名を呼んだ。 「ハボック!」 その声にハボックが肩越しに振り向く。驚いたように見開いた空色の瞳に一瞬安堵して、ハボックの傍へ駆け寄ろうとしたロイの前にブレダがズイと立ちはだかった。 「何の用です?大佐」 「そこをどきたまえ、少――」 無礼ともいえる態度でそう言ったブレダに流石にムッとしたロイが言いかけた時。 「マスタング大佐、お客様がいらしてます」 そう言った事務職の女性の声が聞こえてロイは振り向く。するとそこには白い三角巾で腕を吊ったジェーンが立っていた。 「マスタングさん」 「ジェーン」 柔らかい声でロイを呼ぶとジェーンは頭を下げる。 「昨日は本当にどうもありがとうございました。お仕事先にとは思ったのですけれど、どうしてもお礼を申し上げたくて」 「ああ、いや、私は当然の事をしたまでですから」 にっこりと笑って言うロイにジェーンが頬を染めた。僅かに瞳を伏せて、それでもジェーンはロイをうっとりと見上げて言う。 「それで今日は是非お礼をしたくて」 「えっ、いやしかし、そんな必要はっ」 ジェーンの申し出を断わろうとしたロイの耳に。 「行こう、ハボ」 そう言うブレダの声が聞こえてロイは慌てて振り返った。 「おいっ、ちょっと待たんかッ」 その声に歩き出しかけたハボックが肩越しに振り向く。何か言いたげなハボックを、ブレダはグイグイと押して入口から出て行ってしまう。 「あっ、こらっ」 「マスタングさんっ」 追いかけようとしたロイの腕をジェーンが掴む。振り向いたロイにジェーンが悲しそうな顔で言った。 「あの…ご迷惑でしょうか」 (迷惑だともッッ!!) そう言って縋りつくジェーンを、だがロイは振り払えずに引きつった笑みを浮かべたのだった。 司令部を出たハボックとブレダは暫く黙って歩いていたが、ハボックが足を止めて言った。 「オレ、一度アパート行って必要なもの取ってくるね」 そう言って笑うハボックの顔をブレダはじっと見つめていたが口を開くと言った。 「俺も行くわ」 「平気だよ、一人で。大して量ないし」 「いいから、行くぞ」 ブレダはそう言ってさっさと歩き出してしまう。ハボックは僅かに目を見開いてブレダの背を見つめていたが、キュッと唇を噛み締めるとブレダの後を追った。 「ごめん」 呟くようにそう言えばブレダが手を伸ばしてハボックの髪をくしゃりと掻き混ぜる。ハボックは涙が零れないよう目を瞬かせると足早にアパートへと歩いていった。 「これでも飲んで待ってて。すぐ済むから」 「おう」 アパートにつくとハボックは冷蔵庫からビールの缶を取り出しブレダに差し出す。ブレダは缶を受け取るとソファーに座ってプルトップを引き上げ、溢れる泡に急いで唇を寄せた。そんなブレダをチラリと見てハボックは寝室へと入っていった。パタンと扉を閉めると灯りもつけずに閉めた扉に寄りかかる。ぼんやりと天上を見上げればジェーンの顔が思い浮かんだ。ロイに寄り添って立つその姿を思い描いてハボックは唇を噛み締めた。 「お似合いだったよな、やっぱ……」 昨日も考えたことを思えば胸がズキリと痛む。 「おんなじ金髪碧眼なのに、神さまってすげぇ不公平」 そう呟いたハボックはズルズルと座り込んだ。 「たいさ…」 もういいのだと言い、忘れないと言った。でも本当はロイに好きだと言いたかったし、ロイに愛されたかった。だが、あんなロイの姿を見たらとてもそうする勇気は持てなくて。 「だったら嫉妬なんかすんなよ」 胸の痛みは堂々とロイの傍に立てるジェーンへの嫉妬であり、ハボックに好きだと言いながらジェーンに笑いかけるロイへの怒りだった。 「も、やだ……」 ロイが好きで好きで、でも打ち明ける事もロイを信じて受け入れることも出来ない。そんな自分がハボックは嫌で堪らない。 「たいさ…たいさ…」 立てた膝を抱え込んで、ハボックは顔を埋めるとポロポロと涙を零した。 お礼をと言うジェーンをそれでも何とか振り切ってロイは司令部を飛び出す。きょろきょろと辺りを見回したロイは苛々と足を踏み鳴らした。 「ブレダ少尉が一緒だったな、飲みにでも行ったのか?」 そう呟くと真っ先にハボックが好きだと言った店に向かう。だがそこに目指す姿はなく、ロイは手当たり次第に目に付く店を見て回ったがその何処にも二人はいなかった。 「くそ…」 このままにしておいたら益々こじれてしまう。何が何でもハボックを捉まえなくてはと思ったロイは突然浮かんだ考えに指を鳴らした。 「アパートで待てばいいんじゃないか」 たとえどんなに遅くてもアパートには帰ってくるはずだ。ロイはそう考えると一目散にハボックのアパートへと向かったのだった。 カチャリと寝室の扉が開いてハボックが出てくる。小さなボストンを手にしたハボックは赤くなった目を細めて笑った。 「ごめん、時間かかっちゃった」 「もういいのか?」 「うん。当座必要なものだけでいいだろ?ずっと住むわけじゃないし」 「そうだな」 ブレダは言葉を交わしながらハボックの顔をじっと見つめる。明らかに泣いていたと判る空色の瞳に手にした缶をギュッと握り潰した。 「じゃ、行くぞ」 「うん」 潰した缶をゴミ箱に放り投げてブレダはアパートを出る。頷いたハボックはアパートの灯りを消して外に出ると鍵を掛けブレダと一緒に歩き出した。 「ここだな」 ハアハアと息を弾ませてロイはアパートを見上げる。一つ大きく息を吐いて呼吸を整えると階段を上っていった。ハボックの部屋の前に立ちドンドンと扉を叩く。暫く待ったが返事はなく、ロイはため息を零した。 「帰っていないのか」 やはりどこかで飲んでいるのかもしれない。そう考えたロイは扉の前に座り込むとハボックの帰りを待つ事にしたのだった。 |
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