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| レヴィアタンの焔 第三十一章 |
| 翌朝、出迎えに来たブレダにロイはいつもどおりの笑みを浮かべる。朝の短い挨拶を交わして車に乗り込むと言った。 「夕べはとんでもない騒ぎだったな。あの後君らを捜したが先に帰ってしまったのか?」 「ええ。話をする状況じゃないと思いましたんで」 まっすぐに前を見つめたまま答えるブレダにロイは腕を組んで言う。 「確かにな。……それで、ハボックはなんと言っていた?今夜にでもまた時間を――」 「その必要はないです、大佐」 ロイでなければ無礼だと言われかねない調子で上司の言葉を遮ってブレダは言った。その言葉を一瞬理解出来ずにロイは目を見開く。少ししてゆっくりとブレダに尋ねた。 「必要ない?どういうことだ、それは」 「言葉通りの意味です」 「だが、夕べは大切な話があると言っていただろう?」 「夕べは確かにありましたよ。でも、もうなくなっちまいましたから」 ロイは一瞬押し黙ったが、僅かに眉を顰める。組んでいた腕を解くと運転席の座席を掴んで身を乗り出すようにして言った。 「君の言っていることは意味が判らないな、少尉。昨日はあった大切な話が今朝になってなくなるなんてことがあるはずないだろう?」 ハボックが言った大切な話というのがロイへの気持ちを打ち明ける事だというのははっきりと判っていた。それを今更何を言うのかと、ロイが言葉を続けようとした時、ブレダが車を止めると振り向く。ロイの顔をまっすぐに見つめると言った。 「大佐、夕べ大佐がしたこと、よく考えてみてください。そうすればもう話すことなんてないって言ってる意味が判ると思いますがね。とにかく、金輪際ハボにちょっかい出すの、やめてください。言いたいのはそれだけです」 「…少尉」 ブレダはそれだけ言うと体を戻しハンドルを握る。絶句したまま何も言えないロイを乗せたまま、司令部へと車を走らせた。 「待ちたまえ、少尉」 先に車を降りたロイはブレダが車を置いてくるのを待って一緒に廊下を歩き出す。だが人目のある司令部の中ではろくな言葉も交わせずに司令室についてしまった。ガチャリと扉を開ければ自席に座るハボックが振り向く。ロイが口を開くより早く笑みを浮かべて言った。 「おはようございます、大佐。その…昨日は大活躍だったっスね。カッコよかったっス」 「ああ、ありがとう、いや、そんなことよりハボック、夕べの話だがっ」 「その事ならもういいっス。忘れてください」 「ハボック、ちょっと待―――」 何とか話を続けようとするロイとハボックの間にブレダが体を割り込ませる。 「中尉が待ってますぜ、大佐」 そう言ってブレダが指差す方を振り向けばホークアイが怪訝そうな顔をして立っていた。 「参った……」 執務室の椅子の背にだらしなく体を預けてロイは呟く。ファイルを手にして今日の予定を話していたホークアイは眉を顰めて言った。 「大佐、私の話を聞いてくださってましたか?」 「こんな事は初めてだ…」 「………大佐」 全く話を聞いていなかった様子のロイにホークアイの纏う空気の温度が10度ほど一気に下がる。さらに氷点下まで一足飛びに下がるかと思われた時、ロイがホークアイを見て言った。 「どうしたらいいものかな、中尉」 珍しくほとほと困り果てた様子のロイにホークアイは僅かに目を見開く。今はとりあえずロイの話を聞くが得策と見たホークアイはファイルを閉じると言った。 「ハボック少尉の事ですか?」 ロイがこんな顔をするのはハボックのこと以外にはありえないだろうと尋ねれば、ロイが身を乗り出してくる。こんなロイは本当に珍しいと内心思いながらロイの話を聞いたホークアイは思い切り顔を顰めた。 「どう思う、中尉。昨日の今日でもう話すことはなくなったなんて信じられないだろう?」 平気な顔でそんな事を言う男にホークアイはどうしてこんな男があれほどにモテるのだろうと疑問を禁じえない。それとも本気の相手にはこんな風になってしまうものなのかと思いながらホークアイは言った。 「お話を伺う限りでは全て大佐に非があるかと思われますが」 「私に?どうして」 さも心外だという顔をするロイにホークアイは言う。 「夕べはハボック少尉が大佐の告白に返事をしてくれるはずだった、そうですわね?」 「ああ、はっきり言われたわけではないが、これまでの流れから考えたらそうとしか考えられない」 「好きだと言った相手から返事を貰うのに、約束の時間に遅れて行ったと」 「仕方ないだろう?急な話だったし、どうにも仕事が終わらなかったんだから」 待っていてくれると思ったし、と言うロイにホークアイは眉間の皺を深くした。 「ずっと女性と浮名を流していたような相手から突然好きだと告げられて、パニック起こして何とか受け入れようと決めたとしても貴方が相手では少尉も随分不安でしたでしょうに、そんな相手を待たせるなんて誠意に欠けます」 ピシリと言われてロイは言葉に詰まる。そんなロイにホークアイは続けた。 「百歩譲ってそれは仕方なかったとしましょう。間の悪い事に事故が起こったのも仕方ありません。その事故に大佐が以前結婚を考えていた女性が巻き込まれていたのも不幸な偶然としましょう。でも」 とホークアイはズイとロイに顔を近付ける。 「貴方が所謂元カノを助け出して、その彼女が貴方にしなだれかかり、あまつさえ貴方が彼女に親切にするのを見たら、その時ハボック少尉は心穏やかでいられるでしょうか?」 「だが私はジェーンとはとっくに別れているし、ハボックの事が好きだと言ってるんだぞ」 「人の感情はそんなに簡単に割り切れるものではありません」 必死に自分の立場を正当化しようとするロイにホークアイが言った。 「しかも帰ってしまった少尉を追いかけもせず、自分んも帰ってしまうなんて、最低な信じられない男と思われても仕方ありませんわね」 「…ッッ」 キッパリと言い切られてロイはぐぅと喉を鳴らす。ホークアイはそんなロイを見てボソリと言った。 「少尉もこんな男を好きになってしまうなんて悪趣味にも程があるわ」 「そこまで言わんでもいいだろうっ」 冷たい副官の言葉にロイは情けない声で言う。ズルズルと椅子に沈み込むと言った。 「私はハボックを好きだと言ったし、ハボックだって私を好きなんだぞ。焦らんでもいいと思うじゃないか」 「そんなのは貴方の勝手な思い込みです。フラレて当然です」 「………まだフラレたわけじゃない」 ホークアイの言葉にロイはムッとして副官を睨む。ガバリと沈み込んでいた体を起こすと言った。 「まだはっきりとフラレたわけじゃない。いや、絶対にそうさせるもんかッ」 「ではそうなさって下さい」 グッと拳を握り締めて言うロイにホークアイはサラリと告げる。ロイは不思議そうにホークアイを見上げると言った。 「君は結局誰の味方なんだね?」 「さあ、…敢えて言うなら仕事をきちんとしてくれる人の味方でしょうか」 ホークアイはそう言ってにっこりと笑うと、机の上に山積みになっている書類を取ると、ロイの前にドサリと置く。 「プライベートは仕事を全て済ませてからです。とっとと働いてください、大佐」 「さっきは仕事はどうでも誠意を見せろと言ったくせに」 「あれはあれ、これはこれです」 シレっとしてホークアイは言うと続けた。 「さっさとしませんと、ハボック少尉の気が変わってしまうかも知れませんわね」 「……君がどれ程怖いか、思い知った気がするよ」 綺麗な笑みを浮かべるホークアイに、ロイはため息をつくとペンを手に取ったのだった。 |
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