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| レヴィアタンの焔 第三十章 |
| 人々が歓声を上げる中、ロイがジェーンの肩を抱いてハボックの方へとやってくる。ロイが口を開こうとした時、ジェーンがガクリとくずおれそうになってロイが慌てて手を差し伸べた。 「大丈夫ですか」 「ええ…」 真っ青な顔で答えたものの一人では立てない様子のジェーンをロイは軽々と抱え上げる。ハボックの前を通り過ぎ約束のレストランの扉をくぐると声を上げた。 「マスター!すまんがこの女性を救急隊が来るまで休ませてあげてくれ」 ロイがそう言いながら手近の椅子にジェーンを下ろせば店のマスターやウェイトレス達がジェーンの世話をしようと寄って来る。それへジェーンを預けて離れようとすれば、細い手が伸びてロイの腕を掴んだ。 「マスタングさん、ここにいて下さい…っ、私、心細くて……」 ギュッと腕を握り締めて縋るように見つめてくる青い瞳にロイは僅かに目を見開いたが無下に振り払うわけにも行かず、椅子を引き寄せると腰を下ろす。 「大丈夫ですよ、もう何も心配はいりません」 微笑んでそう言えばジェーンはうっとりと微笑んだ。 「貴方が助けてくださるなんて…」 そう言ってロイの手を取ると頬に押し当てるジェーンをロイは苦虫を噛み潰したような顔で見つめていた。 ジェーンを店に運び込んで世話をするロイの背をハボックはぼんやりと見つめていたが、やがて隣に立っていたブレダにポツリと言った。 「帰ろう、ブレダ」 「えっ?大佐は?」 「いいんだ、帰ろ、ブレダ、ね?」 そう言って笑うハボックの笑顔にブレダは胸が締め付けられる。 「ちょっと待ってろ、精算だけしてくっから」 「あ、そっか。酒飲んだっけ」 ブレダの言葉におかしそうに笑うハボックを置いてブレダは店の傍まで行くと丁度外へ出てきていたウェイトレスを掴まえて精算を済ませた。それからすぐに取って返すとハボックの傍に駆け寄りその腕を掴む。 「行こう」 「うん…」 そうして二人は振り向きもせずその場を後にした。 「じゃね、ブレダ。今夜はありがと」 店を後にして半ば駆けるような足取りで歩いてきたハボックは途中曲がり角に差し掛かったところでブレダに向かって言う。だが、ブレダはずっと掴んだままだった腕を離しはしなかった。 「ブレダ、オレのアパートこっちだから」 そう言ってブレダの手を振り解こうとしたハボックの腕をグイと引っ張ってブレダは歩き出す。驚いてたたらを踏みそうになりながらも慌ててブレダについて歩きながらハボックが言った。 「ブレダっ?!」 そう呼んでもブレダはムスッと押し黙ったままで答えない。 「ブレダっ!!」 ハボックがもう一度友人の名を呼べばブレダは足を止めてハボックを見た。 「今夜は俺のアパートに泊まれ」 そう言うブレダの瞳に浮かぶ怒りと労わりの色にハボックは目を見開く。それからフッと笑うと言った。 「オレなら大丈夫だよ、ブレダ」 「大丈夫じゃねぇだろ」 「でも、ホントに…」 「俺がお前を一人にしておきたくないんだよ。俺の我がままだ、付き合え」 ブレダはそう言うと再び歩き出す。それについて歩き出したハボックは僅かに顔を歪めたが何も言わずにブレダのアパートへと向かった。 ほどなくしてアパートに着くと階段を上がりブレダの部屋へと入る。中へ入ると漸くブレダはハボックの腕を離した。 「その辺、座ってろ」 ブレダはそう言ってキッチンに入ると冷蔵庫の中を覗き込む。 「くそーっ、見事に何もねぇな。……お、冷凍ピラフ見っけ」 ブレダは冷凍庫の中から冷凍ピラフの袋を取り出すとフライパンを火にかけ油を敷き、凍りついたピラフを袋の上から2、3度叩いてフライパンの上にバラバラと開けた。それから手早くそれを炒めると皿に盛り付けハボックが待っているダイニングへと戻る。ボーッとして突っ立っているハボックに舌打ちすると皿をテーブルの上に置き、ハボックの手を取った。 「座ってろって言ったろ」 そう言うとハボックの手を引いてダイニングの椅子に座らせる。皿をハボックの前に差し出すとスプーンと牛乳の入ったコップも持って来て自分も椅子に腰を下ろした。 「生憎こんなものしかなくてな。とりあえず腹塞ぎにはなんだろ。我慢して食え」 ブレダは「いただきます」と言ってガツガツとピラフを食べ始める。暫くの間ブレダ一人、ピラフを食べる音が支配していたダイニングに微かな嗚咽が聞こえてブレダは皿から顔を上げた。そうすれば向かいの席でピラフの皿を前に俯いていたハボックが肩を震わせている。ぱたぱたと零れた涙がピラフの上に落ちるのを見て、ブレダはため息をついた。 「バカ、ピラフがしょっぱくなっちまうだろうが」 そう言って手を伸ばすとハボックの髪をワシワシと掻き混ぜる。 「食え。そんでさっさと寝ろ」 ブレダの言葉にハボックはスプーンを取ると泣きながらピラフを掻き込む。瞬く間にピラフを食べてしまうと、牛乳を一気飲みしガタンと立ち上がった。 「ベッド使っていいから」 そう言えばハボックは頷いて奥の部屋へと入っていく。パタンと閉まった扉の向こうから嗚咽が聞こえてブレダは拳を握り締めた。 「あんのクソ大佐…ッ!!」 食いしばった歯の間からそう呻くように言うとドンッとテーブルを叩いた。 漸くやってきた救急隊にジェーンを引き渡そうとすれば、傍にいて欲しいと縋りつく彼女を何とか救急隊に押し付けてロイが店に戻ってきた時にはハボックの姿はどこにも見えなかった。 「帰ってしまったのか?」 事故の前には確かにハボックが店の中にいるのが見えた。その後どうしたのか、あの騒ぎと混乱の中にいたロイには定かではなかった。 「一緒に車の中から怪我人を助け出すのを手伝っていたようだったが…」 他の一般の通行人に混じって怪我人を助け出している姿を目の端で見ていたような気もする。だが、漸く騒ぎが収まり始めた道路にも約束の店の中にもハボックも一緒に来ているはずのブレダの姿もなかった。 「今日のこんな様子じゃ落ち着いて話もできんか…」 ハボックが大事な話と言ったのがあの夜の返事だと言うのはわかっている。以前ブレダから聞いた話と、ハボックの様子を見ればその返事と言うのがロイの望んだものであることも。 ロイは帰ってしまったハボックを追ってアパートに行こうかとも思ったが、少し考えてから首を振った。そうしてそのままハボックを追わずに家へと戻ってしまった。 翌朝、目を覚ましたブレダはハボックがまだ眠っている事を確かめてキッチンに立つと冷蔵庫に2個だけ残っていた卵でプレーンオムレツを作る。食卓の用意をし、パンを温めたりをしているうちに寝室の扉が開いてハボックが出て来た。 「ブレダぁ、氷ある?」 そう言って顔を出したハボックの目は泣き腫らして腫れぼったくなっている。 「……ひでぇツラだな」 「へへ…」 真っ赤に腫れた目でへらりと笑うハボックに舌打ちするとブレダは言った。 「用意しておいてやるから先に顔、洗って来い」 「うん」 ブレダの言葉に素直に頷いて洗面所へ入っていくハボックのを見送ると、ブレダは氷のキューブを取り出し細かく砕いた。それをビニール袋に放り込むと濡れたタオルで包み込む。顔を洗って戻ってきたハボックに渡すと言った。 「メシ食うぞ。大したもんはないけどな」 「うん」 ブレダに促されてハボックは昨夜と同じ席に座ると「いただきます」と手を合わせる。片手で目元に氷を包んだタオルを当てながらブレダが用意した卵をつついた。暫くの間、互いに何も言わず食べる事に専念していたが、やがてハボックがポツリと言った。 「夕べはありがとう、ブレダ」 「おう」 感謝の言葉に短く答えるとブレダはハボックを見る。泣き腫らした顔に笑みを浮かべているハボックの顔を見つめると言った。 「本当にいいのか?」 「うん」 短く頷くハボックの顔をじっと見つめていたブレダは一つ息を吐く。それからガブリと牛乳を飲み込むと言った。 「そうだな、さっさと忘れちまった方がいい」 「忘れないよ、オレ」 結論付けようとする言葉に返ってきたハボックの答えにブレダは目を丸くする。ハボックは薄っすらと笑うと言った。 「忘れないよ、だってオレ、大佐のこと好きだもん」 「…お前なぁっ」 「でも言わない」 いきり立ってガタンと立ち上がったブレダはハボックの言葉に息を飲む。ハボックはまじまじと自分を見つめてくる友人を見上げて言った。 「オレが好きだって言っても結局最後には大佐の迷惑になるだけだもん。それに、オレ……」 そこまで言ったハボックの脳裏にジェーンと一緒にいたロイの姿が浮かぶ。キュッと唇を噛み締めて黙り込んでしまったハボックの気持ちを察してブレダが言った。 「そうだな。言わないほうがいい」 あんな信用の置けない男にわざわざ好きだと告げてやる必要などない。ブレダは一つ息を吐くと手を伸ばして俯いたハボックの頭を撫でた。 「なあ、ハボ。お前、暫くこっちに住まないか?」 「え?ブレダんちに?だって寝る場所ないじゃん」 「ソファーベッドにするから。寝る場所さえあれば何とかなんだろ?」 「まあ、そうだけど…」 ハボックは小首を傾げて少し考えて答える。 「それじゃ家賃半分出すよ」 「いらねぇよ、お前のアパート引き払えって言ってんじゃねぇんだから。暫くって言ったろ」 「…そか。んじゃ食費は折半な」 「おうよ。だったら俺のがお得だな」 ニヤリと笑って言うブレダにハボックもつられて笑った。オムレツの載った皿に目を移すとポツリと呟く。 「ありがと、ブレダ」 小さな声はそれでもしっかりとブレダに届いて、ブレダはもう一度ハボックの髪をワシワシと掻き混ぜた。 |
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