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| レヴィアタンの焔 第二十九章 |
| がちゃりと司令室の扉が開いて会議を終えたロイが入ってくる。ハボックは自分の横を通り過ぎようとしたロイに体を向けると呼び止めた。 「大佐」 そう呼びかけるハボックを見て、ロイはそれからブレダへと視線を投げる。今まではハボックがロイに何か言おうとすればあからさまに邪魔をしてきた男が何も言わないのを見て取るとハボックへと視線を戻した。 「なんだ?」 「あの……今夜、時間貰えないっスか?」 「今夜?」 「大事な話があるんです」 そう言って見上げてくる空色の瞳をロイはじっと見つめる。そうしたまま何も言わないロイにハボックがキュッと唇を噛んで尚も言い募ろうとした時、漸くロイが口を開いた。 「あの店でいいか?」 「え?…あ、はいっ」 あの店というのは自分の気に入りの店だと気付いてハボックが慌てて頷く。フッと笑みを浮かべるロイにブレダの冷たい声が聞こえた。 「俺も同席しますから」 「少尉も?」 「力技に出られちゃかないませんから」 「信用がないな」 「コイツに関しては全くありませんよ」 平然と言ってのけるブレダにロイは苦笑する。それでもハボックを見ると言った。 「それじゃあ7時に」 「はいっ、ありがとうございますっ」 子供のように背筋を伸ばして答えるハボックの髪をくしゃりと掻き混ぜるとロイは執務室へと入っていく。扉がパタンと閉まると伸び切っていたハボックの背からフニャと力が抜けた。 「緊張した……」 そう呟いてからハボックはブレダを見る。 「力技ってなに?大佐がオレをぶん殴るってこと?」 コテっと机に頬を載せて視線だけを向けて問いかけるハボックにブレダは顔を顰めた。 「……そんなだからほっとけねぇんだよ、お前は」 「ブレダ?」 キョトンとして見つめてくる空色の瞳から目を逸らしてブレダは大量に煙を吐き出した。 窓の外の色合いが変わるにつれてハボックはだんだんと落ち着かなくなってきた。ロイに気持ちを告げると決めたものの、もしあの時のあの言葉は気の迷いだったのだと言われたらどうしようと考えれば考えるだけ思考は後ろ向きになっていく。ハボックは向かいの席で書類になにやら書き込んでいるブレダをチラリと見ると言った。 「ブレダァ、やっぱオレ……言うの、やめようかな」 「おお、やめちまえ。その方が俺も安心だ」 ハボックが気弱な発言をすれば励ますどころかあっさりとやめちまえと言う友人にハボックは唇を尖らせる。 「ブレダ、冷たい…」 そう言って恨めしげに見上げてくる空色の瞳を見返してブレダは言った。 「俺が反対なのは最初っから判ってんだろ。言っとくがな、今夜の事で俺に応援してもらおうと思ったら大きな間違いだからな」 思い切り反対するぞ、と告げられてハボックはしょんぼりと目を伏せる。椅子にだらしなく沈み込むと執務室に目をやった。 (今頃なに考えてるんだろう、大佐) 大切な話と言うのがあの夜のことを言っているのはロイにも判っている筈だ。ハボックは一つため息をつくと残業を避けるべく書類に取り掛かったのだった。 7時の約束に結局それまで待っていられずハボックは早々にブレダと共に店に来ていた。チラチラと時計を見ては落ち着かない様子で窓の外へ目をやるハボックにブレダは内心舌打ちする。 (この様子じゃどう考えても俺はカップル誕生の見届け人じゃねぇか) そわそわと落ち着かないハボックの姿は既に想い人を待っている恋人のそれだ。ブレダは酒のグラスを煽るとハボックをじっと見つめた。 (ハボがいいって言うなら笑って祝福してやるべきなのか…?) ふとそんな考えが浮かんでしまってブレダは慌てて首を振る。 (ダメだ、あんな女たらしに大事なダチをおいそれとやれるかよっ) そんな事を考えるのが既に友人というより父親の様である事に気付いているのかいないのか。 眉間に皺を寄せるブレダとそわそわと落ち着かないハボックはロイが現れるのを今か今かと待っていたのだった。 「遅くなってしまったな」 ロイはそう呟いて立ち上がると引っ掴むようにコートを手に取る。コートに腕を通しながら司令部の廊下を足早に抜けてすっかり暮れてしまった外へと出た。本来なら同じ場所へ行くのだし護衛としての立場から言えばロイと一緒に司令部を出ていいはずのハボックが早々に店へと向かってしまった事にロイはくすりと笑みを零す。その空色の瞳は今では雄弁にロイへの想いを語っていたし、ハボックが今夜のことでどうにも落ち着かずに約束の場所へと飛び出して行ってしまった事で、ロイの心の中にはハボックを愛おしく思う気持ちが更に大きく膨れ上がっていた。 「ハボック…」 愛しい人を想えば自然とその名が唇から零れて落ちる。ロイは薄っすらと笑みを浮かべるとハボックが待つ店へと足早に歩いていった。 「……過ぎたな」 ブレダが時計を見て言う。その声にピクリと肩を震わせてハボックは言った。 「まだほんのちょっとじゃん。大佐、忙しそうだったし、急な約束だったし」 「大事な話って言うのが何のことか判ってる筈だろ?だったら無理してでも時間に来るのが誠意ってもんだ」 「ブレダ…」 ムスッとしてそう言うブレダにハボックは唇を噛んで俯く。もし、このままロイが来なかったらと言う考えがふと浮かんで、ハボックはギュッと目を瞑った。 (たいさ…早く来てよ) 本気で自分を好きなら一刻も早く来て欲しい。そしてもう一度はっきりと好きだと言って欲しくて。 ハボックがそう思いながらロイの事を心の中で呼んだ時、店のドアベルがカランと鳴って背筋の伸びた一際人目を引く姿が現れた。 「…ッ」 チラチラと店の入口を伺っていたハボックがすぐさまロイの姿に気付くと立ち上がる。ホッとした笑みを浮かべるハボックにロイも笑みを浮かべた時、店の外でタイヤが軋む音と激しく物がぶつかり合う音が響いた。 「なっ…?!」 驚いてくぐりかけていた扉から飛び出したロイの後を追ってハボックとブレダも店を出る。店の十数メートル先で数台の車がぶつかって煙を上げていた。 「事故かっ?!」 ブレダがそう叫ぶのを聞きながらひしゃげた車に走り寄ったハボックはロイが大声で叫ぶのを聞いた。 「ジェーンっ?!」 その声にビクリと体を震わせてハボックは足を止める。その様子を一瞬訝しげに見やったブレダが怒鳴った。 「早く助け出せッ!漏れたガソリンに引火するぞッ!!」 そう言って車に駆け寄るブレダよりも数瞬早く辿り着いたロイが歪んだ車の扉を力任せに引き開ける。 「ジェーン!」 「マスタングさん…ッ」 車の中から引き出されて真っ青な顔をした美女がロイに縋りついた。 「ハボッ!何してるッ、早く手伝えッ!!」 「…っ、…うん」 事故を起こした車から人々が怪我人を助け出すのに手を貸しながらハボックはロイを見つめる。腕に怪我をしているらしい女性を気遣って何か話しかけているロイを食い入るように見ていたハボックの耳に悲鳴のようなブレダの声が聞こえた。 「離れろッ!引火するッ!!」 その声に車から一斉に人々が離れた時、ドオンッと言う音と共に大きな火の手が上がる。悲鳴と怒声が響く中、更に車が爆発すると誰もが思った時、美女を片手に抱いたロイの腕が伸びて発火布を嵌めた指が擦り合わされた。その瞬間一陣の風が吹き抜けて焔を上空へと巻き上げる。突風が吹きぬけた後にはひしゃげた車と呆然とした顔の人々が立っていた。最初は何が起きたのか判らなかった人々も、惨事を防いだのがあの焔の錬金術師だと気付くと歓声を上げる。人々がロイへの賛辞を叫ぶ中、うっとりとロイを見上げる金髪の美女の肩を抱いたロイを、ハボックはぼんやりと見つめていたのだった。 |
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