レヴィアタンの焔  第二十六章


「なあ、ブレダ。オレどうしたらいいんだろう」
 一通り話し終えたハボックが机に身を乗り出すようにしてブレダに言う。最後の方は目を細めてハボックの話を聞いていたブレダは「はあ」とため息をつくと言った。
「幾つか確認した事があんだけどな」
「なに?」
 首を傾げるハボックにブレダは一つ息を吐く。
「お前は大佐のことが好きなんだよな?」
「あ………うん」
 恥ずかしそうに顔を赤らめて、それでもはっきりと頷くハボックにブレダが聞いた。
「思い違いとか、気のせいとか、そういうこと、ないのか?」
 そう聞かれてハボックは僅かに目を見開いたがすぐに緩く首を振る。
「ないよ。前にブレダに言われたろ?なんで大佐が色んな女の人とデートするのにそんなに目くじら立てるんだって。そう言われて“なんで?”って考えたら気付いたんだよ。オレ、大佐のことが好きだから大佐がデートするの見てんのが嫌だったんだって」
(寝た子を起こしたのは俺かよ)
「ブレダ?」
 ハボックの言葉に思わず眉を顰めるブレダにハボックが不安そうな顔をした。ブレダは慌てて手を振るとハボックに言う。
「なんでもねぇ。んで、大佐はお前の事が好きだって?」
「………うん」
「でも、あの人ついこの間まで結婚するとか何とか言ってなかったか?―――ハボ?」
 尋ねればなんともいえない表情をするハボックをブレダは呼んだ。
「……その人、オレの身代わりだったって。似てると思ったけど全然似てなかったって。やっぱり欲しいのは紛い物じゃなくて本物なんだって、オレを失いかけて気付いたって言ってた」
「お前を失いかけた時ってのはあのテロ事件の時か」
「うん、多分……」
 ハボックは頷いて縋るようにブレダを見る。
「なぁ、ブレダ。オレどうしたらいいんだろう」
 そう聞いてくるハボックにブレダはゲンナリと肩を落とした。
「どうするもこうするもねぇべ。答えなんて一個しかねぇだろが」
「へ?一個?」
 キョトンとするハボックにブレダは大きく息を吐き出す。
「お前は大佐を好きなんだろ?」
「うん」
「で、大佐はお前が好き」
「…うん」
「だったら答えは決まってるだろうがっ」
 そこまで言っても尚わからないという顔をするのは、恐らくハボックがロイの気持ちを信じられないからだろう。
「“オレも大佐のことが好きですっ、ムギューーーーッ”」
 作り声でそう言ってブレダは自分の体を抱き締める。そのブレダを見てみるみる内に顔を赤らめるハボックにブレダが言った。
「まあ、これがフツウ導き出される答えだわな」
「なっ…アッ……ブッ、ブッ、ブレダッ」
「人の名前を汚らしく呼ぶなよ」
「何言ってんだよッ!!」
 真っ赤になって喚くハボックにブレダが答える。
「お前が答えが判らんって言うから言ってやったんじゃねぇか」
「んなこと出来るわけないじゃんッッ!!」
「なんで?お前、大佐のこと、好きなんだろ?」
「そ、そうだけど」
「それとも大佐が他の人と結婚してもいいのか」
 そう聞かれてハボックは目を見開いた。ギュッと唇を噛み締め、小さな、だがはっきりとした声で言う。
「ヤダ」
「んじゃやっぱり答えはひとつだな」
 そう言えば不安そうに見つめてくる空色の瞳にブレダは笑った。
「まあ、焦って決めることもねぇよ。大佐もお前に言うまでには随分考えたんだろうからお前もゆっくり考えたらいい」
「ブレダ…」
 ブレダは立ち上がるとハボックの髪をクシャクシャと掻き混ぜる。
「とにかく今夜はもう寝ちまえ。ベッド貸してやるから」
「ブレダは?」
「俺はソファーで寝る」
「オレがソファーで寝た方が良くねぇ?それとも一緒に寝る?」
「寝れるか、ガキじゃあるまいし」
 いたって真面目に言うハボックにブレダは吹き出した。もう一度ハボックの頭を掻き混ぜて言う。
「いいから、ベッド使え。俺はまだやりたいことあるから」
 そう言えばやっとハボックは頷いた。立ち上がってブレダを見つめて言う。
「うん、ありがとう、ブレダ」
「おう。ちゃんと寝ろよ」
「うん、おやすみ」
「おやすみ、ハボ」
 小さく笑ってハボックが寝室に消えるとブレダはため息をついた。キッチンに入り冷蔵庫からビールの缶を数本取り出して持ってくるとソファーにドサリと腰を下ろす。プルトップを引き上げ半分ほど一気に飲むと更に大きなため息をついた。
「大佐がハボを好きで、ハボが大佐を好きだぁ?」
 つい今しがた判明した事実を口に出して思い切り顔を顰める。
「穏やかじゃねぇぞ、俺は」
 ハボックは大事な友人だ。幼い頃から知っていて兄弟のようにすら思っている。軍人と言う因果な商売とはいえ、できることなら彼には幸せになって欲しいと思っているのだ。片やロイは自分達の上司であり、焔の錬金術師と謳われた名高い軍人だ。彼のことは尊敬しているし、彼の為に命を賭して戦うのもやぶさかではない。
 だが。
「それとこれとは話が別だっての」
 ロイがとっかえひっかえ女性とデートをするのが不誠実だとは思わない。彼は彼なりにその時々の女性に精一杯の誠意をつくしているのだろうから。そうでなければいくらロイがイイ男であろうとあそこまで女性にモテはしないだろう。しかし、その女性達の中にハボックが含まれるのは面白くない。
「アイツはそんなに器用じゃねぇんだよ」
 ぐびぐびとビールを飲みながらブレダは考える。その見た目とやる気のない言動からいい加減に見られがちだが、ハボックは意外と真面目なタイプだった。真面目で不器用だからかえって恋愛も長続きしないのだとブレダは思っている。
「適当に遊ばれて放り出されたんじゃ堪んねぇっての」
 泣きながら雨の中を走ってきたハボックの不安と困惑とに揺れた瞳を思いだした。それでも気持ちが落ち着けば、ハボックはロイへの気持ちを確たるものとするのだろう。
「俺が大佐にハボックの気持ちを言ってやったらきっと簡単に事は進むんだろうけどな」
 今はただショックで混乱しているだけだ。そう教えてやればあのロイの事、瞬く間にハボックの気持ちを宥めすかしてその気にさせてしまうに違いない。
「………ぜってー教えてやらねぇ」
 教えてやらないどころか暫くはハボックと二人きりにもさせてやらん。
 ハボックには幸せになって欲しいと思う気持ちとは裏腹にそんな事を考えて、ブレダはビールの缶を次々と開けていった。

 もぞもぞとベッドに潜り込んでハボックはため息をつく。小さく体を丸めて目を閉じればロイの声が頭に蘇った。
『お前が好きなんだ、ハボック』
 そう告げた黒い瞳を思い出せば体が熱くなる。
『欲しいのはお前だけだ』
「ホントに…?」
 自分に都合の良い夢なのではないかと不安になってハボックはギュッと目を閉じた。
「もう一回……もう一回言って欲しい…」
 そうすれば自分もロイに気持ちを打ち明けられるような気がする。
「ずるいなぁ、オレ…」
 それでも自分の背中を押してくれるもう一言が欲しくて。
 ハボックは頭からブランケットを被るとロイへの気持ちを抱き締めながら眠りへと落ちていった。


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