| |
| レヴィアタンの焔 第二十二章 |
| 「ブレダ少尉、少し早いが車を頼む」 「アイ・サー」 執務室から上着を手に出てきたロイにブレダが答える。あらかた片付いていた机の上に残っていた書類をしまってしまうと立ち上がったブレダをハボックが恨めしげに見上げた。 「んだよ、ハボ」 「別にぃ」 ハボックはそう言って吸っていた煙草をグリグリと灰皿に押し付けると机の上にペタンと頬を載せる。 「車の運転くらいオレだって出来んのに…」 唇を突き出してボソリと言うハボックにブレダは顔を顰めた。 「ああもう、ほんの何日かのことだろっ!鬱陶しいからイジケてんじゃねぇよ」 「ブレダ、ずるい…」 「ハーボーッ」 二人のやり取りを黙って見ていたロイはクスクスと笑い出す。 「大佐、コイツ何とかしてくださいよ」 うんざりした口調でブレダが言えば、ロイは自分に背を向けて机に懐いているハボックの金色の頭をわしゃわしゃと掻き混ぜた。 「そんなに私と一緒に帰りたいのか?ハボック」 「車の運転くらいもう出来るって言ってるんスよ」 ハボックは眉を寄せて顔をこちらに向けるとくしゃんと顔を顰めて言う。飼い主に望まないちょっかいを出されて嫌がる犬のような表情を浮かべるハボックに、ロイは笑みを深めると言った。 「そんなに一緒に帰りたいなら車に乗っていくか?もう仕事は終わっているんだろう?」 「大佐。まだハボに運転させるなって中尉が――」 ロイの言葉にブレダが慌てて口を挟もうとすればロイは片手を上げてブレダを黙らせる。 「運転しろと言ってるんじゃない。一緒に乗っていけ、と言ってるんだ」 そう言えばブレダは「なるほど」と言う顔をし、ハボックは目を丸くして体を起こした。 「えっ、なんで一緒に乗っていくんスか」 「一緒に帰りたいんだろう?」 「べっ、べつに一緒に帰りたいなんて言ってないじゃないっスか!」 子供じゃあるまいし、と相変わらず髪を弄るロイから身を離しながらハボックが言う。ロイはくすりと笑うと手を引っ込めて言った。 「いいじゃないか、どうせ同じ方向なんだし。乗っていきたまえよ、少尉」 ロイがそう言ってブレダに頷けばブレダは肩を竦めて司令室を出て行く。 「行くぞ、ハボック」 ロイはチラリとハボックを見て言うとゆったりとした足取りで司令室を出て行った。 「え?あ、ちょっと、大佐ッ」 ハボックは慌てて立ち上がると机の上の書類を引き出しにガサリと突っ込みロイの後を追う。ゆっくりと廊下を歩いていくロイに追いついて並ぶと、ロイの顔を覗き込むようにして言った。 「大佐ッ、オレ、歩いて帰りますから、だから――」 「乗っていけ、ハボック」 ロイは横目でハボックを見て言う。その口調と視線にハボックは一瞬足を止めた。カツカツと足音を鳴り響かせて歩くまっすぐな背中を目を細めて見つめる。それからキュッと唇を噛むと再びロイを追って早足で歩き出した。 司令部の扉をくぐるとロイが車に乗り込むところだった。階段の上に立つハボックを振り向きじっと見つめてくる視線にハボックはピタリと足を止める。その視線が和らぎ、唇がハボックの名を形作ればハボックは弾かれたように階段を駆け下りた。ロイに続いて車に乗り込むと扉を閉める。運転席のブレダに「ごめん」と言えばブレダがニヤリと笑った。 「んじゃ、ハボんちから行きますけど」 「ああ、そうしてくれ」 二人が交わす言葉にハボックは何だか申し訳なくて、大きな体を縮こまらせてドアにへばりつくようにして座る。ロイはそんなハボックを面白そうに見ると言った。 「どうした、そんな隅っこに座る事ないだろう?もっと真ん中に座ったらどうだ」」 「いや、だって…」 元々垂れ下がっている目尻を情けなく更に下げてモゴモゴと言うハボックにロイはくすりと笑うとハボックの腕を掴む。グイと引っ張れば座ったままのハボックの上半身が倒れこんできた。 「たっ、たいさっ!!」 ロイの膝の上に圧し掛かってしまい、ハボックは顔を真っ赤にすると慌てて身を起こす。再びドアに張り付くハボックにロイはクスクスと笑った。 「懲りないヤツだな、また引っ張られたいのか?」 「あのねぇッ」 「真ん中に座れ、ハボック。避けられているようで何だか切ない」 薄っすらと笑って言うロイにハボックは目を瞠る。ロイの顔をじっと見つめ、それから少しドアから体を離して座りなおした。そんなハボックにロイは嬉しそうに笑うと視線を前へ戻す。ハボックはチラリとロイの横顔を見上げたが、何も言わずに同じように視線を前に戻した。それでも数十センチ横にいるロイの存在に全身の体毛が逆立っているような気がして。ハボックが耐え切れずにギュッと目を瞑った時、ブレダの声が聞こえた。 「ハボ、もうすぐだぞ」 「あっ、うんッ」 「そこの角過ぎた辺りでいいだろう?」 ブレダはそう言いながら車の速度を緩めると道の端に車を寄せていく。ゆっくりと車が止まるとハボックはロイを見た。 「乗っけてもらってありがとうございました、大佐」 「ああ、また明日な」 「はい。ブレダ、ありがと。後よろしく頼むな」 「おうよ」 ハボックは言葉を交わすと車から降り扉を閉める。走り出した車がスピードを上げて夜闇に消えていくのをじっと見つめていたが、やがて一つ息を吐くとアパートに向かって歩き出す。背の高い体を僅かに丸めるようにして足元だけを見つめながら通りを抜けてアパートに辿り着くと階段を上がっていく。途中で足を止めると所々錆の浮かぶ階段に載った自分の足をじっと見つめた。 「切ない、ってなに」 正直ハボックがロイのことを避けたとしても、多少仕事がやりにくいという以外、支障があるとも思えない。ハボックはロイに掴まれて、そこだけ熱を持ったように感じる腕をそっと握り締める。 「大佐、意地悪だ。恋人いるのにあんな思わせぶりな事言うなんて」 そう呟くとわざと乱暴に足音を響かせて階段を駆け上がっていった。 「よしっ、今日の訓練終わりッ!」 ハボックはそういうといそいそと片づけを始める。そのすぐ横で同じように片づけをしながら年かさの軍曹が言った。 「今日はご機嫌ですな、隊長」 怪我をして入院していたハボックが軍務に復帰して今日で一週間。毎日部下達との訓練だけでなく時間の許す限り完全な復調目指して丁寧に訓練をこなしてきた若い上官を軍曹は優しい目で見上げる。ハボックは満面の笑みを浮かべると答えた。 「今日の訓練済んだら護衛の仕事に戻ってもいいって、中尉に言われてんだ」 「そうでしたか、そいつはよかったですな」 「うん。これで大佐の護衛、人任せにしなくて済む。オレが大佐のこと自分で守れる」 そう言って嬉しそうに笑うハボックに軍曹も微笑む。 「隊長はホントにマスタング大佐が好きですなぁ」 「えっ?」 何の気なしに軍曹が言った言葉にハボックは目を丸くした。それからカアッと顔を紅くして言う。 「オレってそんなに大佐のこと、好きって顔してる?」 「そりゃもう。顔に書いてありますから」 「ええっ?!」 驚いて顔を頬を押さえるハボックに軍曹は呆れたように笑った。 「ものの例えでさ、隊長。それだけ大切に思える上官に巡り会えるのはこんな軍の中じゃ幸せなことだ。大事にしませんとな」 諭すようにそう言う年嵩の部下にハボックは目を瞠る。それから嬉しそうに笑うとしっかりと頷いた。 「そうだな。大事にしなくちゃ」 「ですが、隊長自身も大事にしてもらわんと困ります。私らにとっては隊長が大事な上官ですからな」 そう言って笑う軍曹にハボックは一瞬目を瞠り、くすぐったそうに笑った。 |
| → 第二十三章 |
| 第二十一章 ← |