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| レヴィアタンの焔 第十八章 |
| 「あれ……?」 ポカリと浮かび上がってきた意識にハボックは目を開ける。白い天井は見覚えのないものであの世と言うのは随分殺風景なものなのだなと思った。 「やっと目が覚めたのかよ、ハボ」 安堵を滲ませつつ責めるような声が聞こえてハボックはそちらへと目を向ける。見慣れたちょっと横に大きい体が目に入ってハボックは目を見開いた。 「え?ブレダも死んじゃったの?」 不思議そうに言うハボックにブレダは唇を歪める。ハボックの鼻を摘み上げると顔を近づけて言った。 「馬鹿野郎、人を勝手に殺すな!死にかけたのはおめぇだ、ハボ!」 「死にかけたって……あれ?オレ、生きてる…?」 そう呟いてハボックはフガフガと鼻を鳴らす。苦しいと息を荒げる友人から手を離すとブレダは言った。 「危なかったんだぞ。大佐が命がけでお前をビルから連れ出したんだ。後もう一瞬遅かったら二人とも下敷きになってた。大佐に感謝しろよ、ハボ」 そう言うブレダの言葉にハボックは目を丸くする。ブレダの言葉がゆっくりと胸に落ちて、ハボックは小さくため息をつくと目を閉じた。 「ハボ?どっか痛むのか?」 突然黙りこくって目を閉じた友人にブレダが心配して聞く。ハボックは目を開いて首を振ると言った。 「ううん、どこも痛くない……生きてるんだってそう思っただけ」 「おうよ、生きてるぜ。よかったな、ハボ」 ブレダはそう言ってハボックの頭をクシャクシャとかき混ぜる。 「先生呼んで、あと大佐に電話入れてくる。じっとしてろよ」 「言われなくても動けねぇもん」 そう答えるハボックにブレダは笑って病室を出て行った。パタンと扉が閉まると同時にハボックはさっきより大きなため息をつく。ぼんやりと天井を見上げて呟いた。 「死ななかったんだ、オレ……」 これでもう、ロイが誰かのものになってしまうのを見ずに済むと思ったのに。見ないで済むどころか先に逃がしたつもりのロイに助け出されるという失態を犯したらしい。 「馬鹿みてぇ……」 ため息混じりにそう呟くとハボックはそっと目を閉じた。 「気がついた?本当かっ?!」 ブレダからの電話にロイは腰を浮かしながら言う。簡単に容態を聞くと受話器を置いて立ち上がった。書類をそのままに部屋を出ようとすれば丁度入ってこようとしていたホークアイとかち合う。責めるように目を細めるホークアイにロイは早口に言った。 「ブレダ少尉から連絡があった。ハボックが気がついたそうなんだ。病院に行って来るッ」 言葉の最後の方は殆んどホークアイに背を向けて言うと、返事を待たずに執務室を飛び出していく。ホークアイは目を丸くしてその背を見送ったが、一つため息をつくと言った。 「どうせ連絡をくれるなら直接でなく私の方へくれればいいのに」 少尉も気が利かないわね、と眉間に皺を寄せると、ホークアイは今日中の決裁は不可能だろうと思われる書類を前にもう一つため息をついた。 「う…」 ブレダは突然背筋を走った寒気にぶるりと身を震わせる。風邪でも引いたかなと出てもいない鼻を啜るとハボックの病室へと戻った。扉を開けて中へ入るとぼんやりと天井を見上げるハボックの姿が目に入る。ベッドに近づくとハボックを見下ろして言った。 「大佐に連絡入れてきた。すげぇ喜んでたよ、大佐」 「そっか…」 ハボックはチラリとブレダを見てそう答える。何となく元気のない様子に傷が痛むのだろうかと声をかけようとした時、医師が看護婦と共にやってきてブレダは診察の為に場所を空けた。医師は意識を取り戻したばかりのハボックを手早く診察するとブレダを見上げる。安心させるように頷くと言った。 「もう、心配はいりません。後は傷が治るのを待つだけです」 「そうですか…!ありがとうございますッ」 医師の言葉に嬉しそうにブレダは答える。診察を終えた医師が出て行くと少ししてロイが病室にやってきた。 「少尉、勤務時間中にすまなかったな」 「いえ、俺も気になってましたから」 中へ入りながらそう言うロイにブレダは答える。頷いてロイがベッド脇の椅子に腰を下ろすとブレダが言った。 「先生がもう心配はないと言ってました」 「そうか……」 ブレダの言葉にロイは心底安心したように呟くとハボックを見つめる。その空色の瞳が再び自分を見つめている事に強い喜びを感じながら言った。 「気分はどうだ?ハボック」 「特に可もなく不可もなくって感じっスかね」 そんな風に答えるハボックにロイは不満げに鼻を鳴らす。二人がゆっくり話を出来るようにとブレダが病室を出て行った。 「まったくお前は……」 眉を顰めて唸るようにそう言うロイにハボックはすまなそうに目を伏せる。ロイの目を見ずに小さな声で言った。 「大佐がオレを助けてくれたってブレダに聞きました。…ありがとうございます、大佐」 どうして放っておいてくれなかったんだと言いかけた言葉を飲み込んでハボックは礼を言う。ロイはそんなハボックをじっと見つめていたがやがて口を開いて言った。 「私の方こそ礼を言うべきなんだろうな。お前が庇ってくれたからケガをせずに済んだ」 そんな風に言われてハボックは空色の目を瞠る。それから小さく苦笑して言った。 「大佐を守るのがオレの仕事っスから」 「だがあの時はプライベートだった」 「そんなの関係ないっス。いつどんな時でも大佐を守るのがオレの仕事ですから」 まるで自分に言い聞かせるようにそう言うハボックをロイはじっと見つめる。そのあまりにまっすぐに見つめてくる視線に心の奥が見透かされそうな気がして、ハボックは視線を泳がせると言った。 「でも、大佐にケガがなくてよかったっス。大佐になんかあったら中尉やブレダだけじゃなくて大佐の彼女にまで怨まれちまう」 ハボックはおどけた調子で言うとわざとらしく笑う。だが、それには反応を見せずにただ黙ったまま自分を見つめてくるだけのロイにハボックは困りきって言った。 「あの……やっぱまだちょっと本調子には程遠いみたいで……眠ってもいいっスか?」 「ああ、構わんよ」 「大佐、仕事中でしょ?中尉に怒られるっスよ、早く戻らないと」 「余計な事は気にせんでいいから寝ろ」 素っ気なくそう言われてハボックは「はあ」と呟いて目を閉じる。目を閉じてすら感じるロイの強い視線に微かに体を震わせた。 (そんなじっと見られてたら眠れないじゃん……) 必死に目を瞑りながらハボックは思う。視線を気にしないようにと他の事を考えようとすれば、ふとロイの彼女の事が頭に浮かんだ。 (結婚式、か……あ、でも入院中に結婚式があったら出なくて済むじゃん) そんな事を思いついて自分の入院中に結婚式があればいいと思う。だがそれは逆にロイがすぐにも誰かのものになってしまうという事実を告げていて、ハボックの胸をツキリと刺した。 (結婚式…早く終わって欲しいけど……でも、そうしたら大佐、あの人のものになっちゃうんだ…) プラチナブロンドに綺麗な青い瞳の美人。ロイと並んで立っても遜色のないその姿が瞼の裏に浮かんでハボックは泣きたくなった。 (なんであのまま死なせてくれなかったんだろ……) あの時は感謝した神にハボックは恨み言を言ってみる。そうすれば涙が零れそうになって、ハボックは閉じた目をさらにギュッと瞑った。 (たいさ……たい、さ………) 胸の中でロイの事を呼びながら、ハボックはゆっくりと眠りに落ちていった。 いつの間にかスウスウと寝息を立て始めたハボックの顔をロイはじっと見つめる。その金色の睫に宿る涙に気付いて唇を寄せた。僅かに塩味のするそれを唇で拭うとロイは舌先にそれを載せて味わう。しょっぱい筈のそれは何故だが甘く感じられてロイはうっとりと目を細めた。 『大佐を守るのがオレの仕事っスから』 そう言ったハボックの言葉に何故だか酷く傷ついてしまう。ロイは手を伸ばすと眠るハボックの頬にそっと触れた。 『好き……ずっと好きだったんです……』 (誰が?ハボック、誰の事を好きだと言ったんだ?) そう尋ねてみたいと思う反面、聞くのが恐ろしくもある。ロイはそんな風に思ってしまう自分に自嘲すると呟いた。 「私に言ったんだと勝手に思う事にするぞ、ハボック。そして今度ははっきりと言ってもらうからな」 あんな曖昧な告白ではなく、自分の腕の中で自分に向けて言わせてやる。それでこそロイ・マスタングだとそう心に決めた。 「絶対に逃がさない。覚悟しておけよ、ハボック」 ロイはそう言うと挑むように眠るハボックに口付けた。 |
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