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| レヴィアタンの焔 第十六章 |
| 「なっ……なんだっ?!」 ガタガタと大きく部屋が揺れてロイとハボックは辺りを見回しながら腰を上げる。個室を飛び出してレストランのフロアへと行けば、客達が不安な顔で何事かと騒ぎ立てていた。 「おい、何があった?!」 ロイがウェイターの一人を掴まえて聞く。客と同じように不安な顔をしたウェイターが口を開くより早く、再びドオオンッと言う音が響いて建物が揺れた。 「キャアアアッッ!!」 「逃げろッ!!」 バラバラと天井からコンクリートの破片が崩れ落ちてくるに至って、レストランの中は騒然となる。叫びながら一斉に出口へと殺到する客に向かってロイが声を張り上げた。 「落ち着けッ!!死にたくないなら叫ぶなッ!走るんじゃないッ!!」 よく通る声に客達が叫んでいた口を閉じてロイを見る。レストランから階下へと下りる階段を確認に行っていたハボックが戻ってくると言った。 「マスタング大佐、階段への通路は無事っス」 わざと大きな声でハボックがロイの名を呼べばレストランを安堵のため息が包む。あのマスタング大佐がいる、と安心し頼るような視線を向ける客達にロイが言った。 「大丈夫です。焦らず、でも急いでビルの外へ避難してください。……支配人!」 ロイは客達を安心させるように笑って言うとレストランの支配人を呼ぶ。青い顔で駆け寄ってきた男にロイは言った。 「客達を誘導して、早く。私は最後まで残って取り残された人がいないか確認する」 「は、はいっ」 支配人は顔を引きつらせてそう答えると客達の先頭に立ってレストランを出て行く。ぞろぞろと不安に震えながら店を出て行く客達を見送りながらハボックがロイに言った。 「爆弾テロ?何か情報入ってました?」 「いや、少なくとも私が司令部を出るまでは何も入ってなかったはずだ」 ロイがそう答えた時、3度目の爆音が響きビルが大きく揺れる。 「奥、確認してきますッ」 「急げ」 店の奥へと走るハボックに短く言うとロイ自身もレストランに残っている人間がいないか見て回る。戻ってきたハボックが誰もいないと手を振るのに頷くと、ロイはハボックが来るのを待って並んで店を出た。パラパラと細かな破片が落ちてくる中を走って階段に辿り着くと駆け下りていく。その時、階段がガラリと崩れて身を投げ出されかけたロイの手をハボックが掴んだ。 「大佐ッ!」 片手で手すりを掴み、もう一方の手でロイの体を支える。崩れた足場と共に落ちそうになったロイを己の立つステップまで引き上げれば、ロイがチラリとハボックを見た。 「すまん」 短く言うロイに微かに笑ってハボックはロイの手を離した。崩れたステップを飛び越え、更に2フロア程も下ったところで階段が終わりになる。 「そう言えばここのフロアは反対側に階段があるんだったな」 チッと舌を鳴らして言うロイにハボックも顔を顰めたがロイを促して言った。 「急ぎましょう、早くしないと崩れる」 「ああ」 散乱する商品を飛び越え、フロアの反対側にある階段へと走る。その時、ドンッと短い爆音がして建物がグラリと傾いだ。バラバラとこれまでより大きな破片が降り注いできたのに続いてガラガラと塊りになって振ってくる破片からハボックはロイを庇うように覆い被さりながらロイごと床に倒れこんだ。 「…ッ!ハボックッ!!」 「平気ッス、大佐はっ?」 「私なら平気だ」 覆い被さったロイの体の上から退くとハボックは立ち上がってロイに手を差し出す。その手を掴んで立ち上がったロイがハボックの肩越しに動いた塊りに目を細めた。 「大佐?」 ハボックを押しのけてロイはその塊りに近づく。ロイが見たものが判らず慌ててついてくるハボックにロイが言った。 「子供だ」 「え?」 目を丸くするハボックに構わずロイは小さな塊りに歩み寄ると「おい」と声をかける。ビクッと震えて涙と埃にまみれた顔を上げた子供にロイは手を差し出した。 「親とはぐれたのか」 そう言って差し出された手に子供は顔を歪めると縋りつく。声もなく縋りついてくる体を抱きしめてやりながらロイは言った。 「大丈夫だ。私達と一緒に行こう」 ボロボロと涙する顔を手のひらで拭ってやりながらロイは子供を抱いて立ち上がる。 「行くぞ、ハボック」 背後に立っていたハボックを振り向いてロイが言った時、ハボックがふと思い出したように言った。 「大佐、オレ、ちょっと大事なもん落としたみたいっス。すんませんけど先行ってもらえますか?」 「は?何を言ってるんだ、お前は」 ハボックの言葉にロイは目を丸くする。粉塵が降り注ぎ一刻を争う場所でそんな事を言い出すハボックをロイは睨みつけた。 「馬鹿を言うな、どういう状況かわかっているのかッ?」 「判ってますよ、すぐ行きますから」 「判っているなら――」 のんびりと言葉を返すハボックにロイが苛々と口を開いた時、腕の中の子供が引きつった泣き声を上げる。ハッとして怯える子供に目をやったロイにハボックが言った。 「大佐、その子連れて先に行ってください」 「ハボックッ!!」 「すぐ追いかけますから」 そう言って笑うハボックをロイは目を見開いて見つめたがギリと歯を噛み締めて言う。 「1分だ。何を捜すのか知らんがそれ以上時間をかけるな、いいなっ!」 「アイ、サー」 「必ずだぞ、いいな、ハボックッ!」 「判ってますから、早く行って、大佐」 何か言いたげにロイは口を開いたが、子供を抱えなおすと身を翻す。子供を抱えたその姿が階段の向こうに消えた時。 背の高い体がグラリと揺れハボックはガクリと膝をついた。倒れる体を支えるように手をついたその回りにボタボタと血の塊りが落ちる。さっきロイを庇った時に当たった破片にざっくりと切り裂かれた傷口から滴り落ちる血に、ハボックはハアハアと息を荒げた。目眩を耐えるように目を閉じたが、そのまま横倒しに床に倒れた。 「はは……大佐に気付かれなくてよかった…」 ハボックは薄っすらと目を開いてそう呟く。建物が崩れていく音や降り注ぐ瓦礫の音を遠くに聞きながらハボックは小さく笑った。 「神さまがご褒美くれたのかな……大佐と二人でメシ食って……いっぱい話して………」 そう呟けばさっきまで自分の前に座っていたロイの顔が浮かぶ。その顔に向かって愛しそうに目を細めてハボックはホッとしたように言った。 「これで大佐が結婚すんの、見なくて済む……」 ロイの背を守って彼が大意を実現するのを見られないのは辛いが、それよりもロイが誰かのものになるのを見ずに済む事がハボックにとって何よりも嬉しかった。 「ごめんなさい、たいさ……」 追いかけると嘘をついたこととこれ以上彼の背を守る事が出来ない事に僅かな痛みを覚えてそう呟いたのを最後に、ハボックは瞳を閉じて動かなくなった。 子供を抱えて階段を駆け下りたロイは建物の入口から飛び出す。粉塵に塗れて泣き叫ぶ人々を見回せば、女性が一人飛び出してきた。 「サラ!!」 そう叫ぶ声にロイの腕の中の子供がクシャクシャと顔を歪める。ロイが地面に下ろしてやると子供は腕を広げた母親の胸の中に飛び込んだ。 「ママァッ!」 「サラッ」 飛び込んでくる小さな体を母親はギュッと抱き締める。助けてくれたロイに向かって何度も何度も礼を言う母親にロイは笑って頷くと目に入った軍服の方へ歩き出した。 「大佐ッ!」 その中から見覚えのある金髪とちょっと太目の体が走ってくるのにロイも駆け寄ると余計な事を抜きに話した。 「犯行予告があったのか?」 「はい、ただ予告時間まで殆んど間がなくて」 避難の指示が間に合わなかったのだとホークアイが言う。 「大佐に連絡とろうとしてたんですが、まさか現場にいるとは思いませんでした。大佐一人で?」 そう言うブレダにロイは眉を顰めて建物を見上げた。 「ハボックが……」 「え?ハボもいるんですか?どこです?」 驚いてきょろきょろとブレダは当たりを見回す。不安げに建物を見上げるロイにホークアイが言った。 「まさかまだ中に?」 「大切なものを落としたと……」 ロイがそう呟くように言ったとき、大きな音を立てて破片が落ちる。ロイは目を見開いてそれを見つめたがグッと手を握り締めると建物に向かって走り出した。 「大佐ッ?!」 ギョッとしたブレダが叫んだがロイは構わずさっき出てきた場所から中へと飛び込んでしまう。それを見たブレダはホークアイを振り向いて怒鳴った。 「中尉ッ、大佐止めないとッ!!」 だが、その鳶色の瞳を大きく見開いたまま動こうとしないホークアイにブレダが苛々と言う。 「中尉ッ!」 「……後悔しないようにと言ったのは私なのよ。今ここで行かなかったら一生後悔し続けるでしょう、大佐は」 「…中尉?」 辛そうに目を細めて言うホークアイをブレダは混乱した目で見つめた。 |
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