| 狂愛 第九章 |
| 「おいッ、ハボ!今どこにいるんだッ?答えろッ、ハ───」 涙に濡れた嬌声が零れる受話器に向かってブレダは大声で叫ぶ。だが、ブレダの問いかけに答えが返る前に、電話はブツリという音と共に切れた。 「……ハボ……」 ブレダはツーと発信音だけが響く受話器を暫くの間呆然と握り締めていたが、やがてハッと我に返って受話器を置く。うろうろと部屋の中を歩き回りながら、なんとか気持ちを落ち着かせようとした。 「落ちつけ、落ちつけって……」 だが、そう言い聞かせようとすればするほど気持ちは高ぶっていく。 『ヤだっ、聞かないで…ッ!!イヤだぁッッ!!』 その途端、ハボックの悲鳴のような声が耳の中に木霊して、ブレダはダンッとテーブルを叩いた。 「ちきしょうッッ!!いったい誰がハボをあんな目に…っ!」 認めたくないことではあるが、泣き叫ぶ声は確かに快楽に濡れていた。「イヤだ」と叫ぶ合間にハボックの唇から零れていたのは喘ぎ声だ。それと同時に聞こえていた誰か別の男の荒い息遣い。イヤラシく響いていたグチュグチュという濡れた音と、ギシギシというなにか重いものが軋むような音は、ハボックが今まさに誰かに犯されているのだと告げていた。 「いったい誰が……ッッ?!」 ブレダは低く呻いて拳を握り締める。ハボックは小隊を率いる隊長だ。しかもハボック隊は東方司令部の中でも相当な荒くれどもを集めた部隊である。その連中を自分の意のままに動かし成果を上げるには人柄だけでは駄目なのだ。ハボック自身、その荒くれどもを黙らせ唸らせるだけの技量を備えていなくてはならない。そのハボックをねじ伏せ、レイプするには相当の腕がなければならない筈で、そんな人間が近くにいるのかとブレダが頭を捻った時。 『ハボック、車を回せ』 不意にそう言うロイの声が頭に浮かぶ。書類が終わらず少し時間をくれと言うハボックに、ロイは書類をブレダに回すことも許さず、冷たく車を回せと言ったのだ。最終的には書類はブレダに任せ、ハボックが運転してロイを家に送り届けたはずだが、ロイは送り届けたハボックをそのまま返したのだろうか。ロイを送りに出た後、ハボックは司令室に戻ってこなかった。それは単に車を戻してそのまま司令室には寄らずにアパートに帰ったのだとばかり思っていたが、考えてみれば仕事を任せたきりあのハボックが帰ってしまうなどと言うことがあるだろうか。 「まさか……まさか大佐がハボを無理矢理…?」 信じたくはなかった。どんなに理不尽な要求をしようと、勝手気ままなわがままを言おうと、権力を笠に最低な事をするような人間だとは思いたくなかった。だが。 「大佐……ハボ……っ」 あのハボックの抵抗を精神的にも物理的にも押さえ込める人間はと考えれば考えるほど当てはまるのはロイ以外にいなくて。今夜の二人のやりとりがその考えに拍車をかける。 「……ッ」 ブレダはグッと唇を噛み締めるとアパートを飛び出していったのだった。 「……う……っく、ん……」 熱を吐き出した余韻に震えながら泣きじゃくるハボックをロイはじっと見つめる。涙に濡れたその頬を両手で包み込んで口を開いた。 「ブレダ少尉にはお前の事が判ったようだな。そんなに泣くほど少尉に聞かれたのがショックだったか?」 低く囁くように言えば濡れた空色の瞳がロイを見る。ハボックは掠れた声で答えた。 「オレとブレダはなんでもないっス……」 掠れた声で、だがきっぱりと言うハボックにロイはカッとなる。頬に添えていた手を首に滑らせると締めるようにしてハボックの喉を仰け反らせた。 「なんでもない?だったら何故ブレダ少尉にだけはお前だと判ったんだ?何故お前はそんなに泣いてるんだっ?」 ロイはそう言いながら喉元を掴む手に力を込める。 「少尉と関係があるからすぐお前の声だと判ったんじゃないのかっ?少尉以外の男に抱かれているのがバレたショッックで泣いてるんじゃないのかッ?」 「ちが……っ」 だんだんと上擦る声でロイが叫ぶ。その間にも喉に回された手に力が入って、ハボックは苦しげな呼吸を繰り返しながらロイの肩を掴んだ。 「た……さ……」 気道を潰されてまともに声が出ない。呼吸がせき止められ朦朧とした頭でロイを見つめていたハボックは、その黒曜石の瞳の中でゆらゆらと揺らめく焔をかつて自分の瞳の中で見たことを思い出していた。ロイを想いながらも彼を取り巻く華やかな女性達には到底叶わないと嘆いていたあの頃。鏡に映る自分の瞳の中に揺れていた嫉妬という焔を。 「す……き、たい、さ……」 押し潰された喉からその言葉だけを必死に絞り出す。その途端、ロイの体が大きく震えて喉を締める手が弛んだ。 「……ッッ、ヒ……ぁ、……ガハッ、ゴホゴホゴホッッ!!」 急激になだれ込んできた空気を上手く吸い込むことができず、ハボックが激しく咽る。ロイはそんなハボックに構わず埋めたままだった楔で激しく突き上げ始めた。 「ヒ……ィッ!!ヒ……あ……ッッ!!」 きつく最奥を穿たれてハボックが喉を仰け反らせて喘ぐ。ロイは食い入るようにハボックを見つめていたが、紅くくっきりと喉に浮かんだ指の痕に歯を立てた。 「……ッ、イッ……ア……ッ」 「………私のものだ…ッ、誰にも渡さないッ!!」 呻くように言って、ロイはハボックの最奥を抉るように楔を突き挿れる。そうしてブルリと体を震わせると熱を叩きつけた。 「ヒャアアアアッッ!!」 熱い飛沫に体の奥底を焼かれて、ハボックは高い嬌声を上げる。涙に濡れた空色の瞳を見開きビクンビクンと数度震えたハボックの体からガクンと力が抜けた。 「……ァ………」 力の抜けた体をロイはギュッと抱き締める。そうして浅い呼吸を繰り返す唇に己のそれを寄せた。 「ハボック……ッ」 囁いて寄せた唇を重ねようとした時。 ドンドンドンッッ!! 夜の静寂(しじま)を劈いて、叩き割らんばかりに扉を叩く音が響いた。 「………」 繰り返されるその音に、ロイは抱き締めていたハボックの体を離すとずるりと己を引き抜く。ピクンと震えるハボックの体をソファーに横たえると、上着をその体にかけてやった。それから身支度を整えリビングから出ていく。玄関まで行くと、耳障りな音を立てて震える扉に手を伸ばした。ガチャリと鍵を回せば鳴り響いていた音がやむ。開いた扉の向こうにはブレダがもの凄い形相で立っていた。 「上官の家を訪ねるには、時間も訪問の仕方にも問題があるようだな、少尉」 ロイはそう言ってけだるげに髪をかき上げる。剣呑な光をたたえる黒曜石の瞳に、だがブレダはグッと腹に力を込めて尋ねた。 「ハボはどこです?大佐」 「ハボックに会いたいなら訪ねる場所を間違えているんじゃないのか?ここは私の家でハボックのアパートじゃない」 「誤魔化さないでください。裏に車が停めてありました。大佐を送って、そのままここにいるんでしょう?」 そう尋ねれば答えないロイにブレダは重ねて尋ねる。 「さっき俺のところに電話がありました。あれ、ハボックですね?」 「電話?何のことだ?」 「…ッ!いい加減しらばっくれんのやめろッッ!!」 ロイの言葉にカッとなって、ブレダは考えるより前に怒鳴ってしまう。肩で息をつきながら見つめてくる黒い瞳を睨み返しながら言った。 「中、検めさせてください」 「上官侮辱罪に当たるとは思わんのか?」 「処分するならしてもらって構いません」 ブレダはそう言ってロイを睨む。それ以上なにも言おうとしないロイを押し退けるようにして玄関の中へと入った。 「ハボ!どこだッ?!」 ブレダはそう大声を上げながら足早に廊下を歩いていく。一番手近の扉からリビングへと入ったブレダは、ソファーの上に横たわる長身に気づいて、ギクリと体を強張らせた。 「……ハボ?」 かけられた上着の下から覗く長い手足は剥き出しだ。ブレダは足音を忍ばせるようにしてゆっくりと近づくとソファーの側に跪く。涙に濡れた頬を撫でるとかけられた上着をそっと取り去った。そうすれば。 「……ッッ、……ハボ……ハボック───ッッ!!」 明らかに精液と判る液体に汚された体。べったりと股間と脚にこびりついたそれは、性交の激しさを物語っていた。そして首筋にくっきりと残る指の痕。 「よくも……よくも……ッッ!!」 ギリと歯を食い縛り震える拳を握り締めて、ブレダは勢いよく立ち上がるとロイを睨みつけた。 |
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