| 久遠の空 第三十八章 |
| 「よし、終わった!」 ウルフは大声で言うと叩きつけるようにペンを置く。ガサガサとかき集めた書類を抽斗の中に突っ込んでハボックを見た。 「ハボック、終わったか?」 「あ、うん。この書類出せば」 「じゃあ早く出してきちまえよ」 急かすように言うウルフにクスリと笑って、ハボックは提出する書類だけを残して後の書類を片づける。書類を手に立ち上がるとチラチラと執務室を伺うウルフに言った。 「書類出したら玄関に行ってるから」 「判った。大佐連れてすぐ行く」 頷くウルフに軽く手を振ってハボックは司令室を出ていく。書類を総務に提出すると、言ったとおり司令室には戻らず玄関に向かった。外へ出れば冷たい風に思わず首を竦める。やはり中で待とうかと言う考えが頭を掠めたが、軽く首を振るとハボックは冷たい空気の中玄関脇の壁に寄りかかってロイたちが出てくるのを待った。何の気なしに司令部の門へと目を向けたハボックは、門の近くの街灯の陰に佇む男の姿にギクリと身を強張らせた。 「ガルシア……」 ここのところ姿を見せなかったのにとハボックは、物陰に溶け込むように身を潜める男を食い入るように見つめる。一体何をしにここへ来たのかと考えれば浮かんできた一つの考えにゾクリと身を震わせた。 「まさか……そんなこと出来るわけない」 ガルシアがロイを恨んでいる事は知っている。だが、だからといってその恨みを晴らそうとするなんて考えられなかったし、考えたくはなかった。だが。 「やめろよ、ガルシア……」 昏い瞳でこちらを伺う姿を見ればどうにも不安が押さえきれなくなる。一瞬迷って目を伏せたハボックは、キュッと唇を噛むと視線を上げる。ロイたちがまだ来ないことを確かめると、ハボックはガルシアに向かって歩き出した。 東方司令部の入口を伺っていたガルシアは、見慣れた姿がこちらに向かって歩いてくるのに気づいて目を細める。身を潜めていた街灯の陰から抜け出すと、すぐ近くの路地へと入っていった。入ってすぐのところで足を止めて待っていれば角を曲がって路地へと踏み込んでくる足音が聞こえる。そのまま振り向かずに立っているガルシアの耳に、ハボックの声が聞こえた。 「ガルシア」 不安げに呼ぶ声にガルシアは薄く笑みを浮かべる。だが、振り向いてハボックを見た時には唇からは笑みが消え、ガルシアは昏い瞳でハボックを見つめた。 「あんなところで何してたの?」 無言のまま見つめればハボックが尋ねてくる。それにも答えずにいるとハボックが不安を滲ませる声で言った。 「答えろよ、ガルシア!あそこで何を────」 「ハボック」 抱える不安を打ち消そうと声を張り上げるハボックを遮ってガルシアは口を開く。言いかけた言葉を飲み込んで見つめてくる空色にガルシアは囁いた。 「マスタングを殺せ、ハボック」 そう言えばハボックが空色の瞳を見開く。 「な、に言って……」 わなわなと唇を震わせるハボックにガルシアは続けた。 「俺たちから故郷の村を、大切な家族や友人を奪ったマスタングを殺すんだ」 「そんなこと出来るわけな────」 「トマスも、アレンも、メイも、ジョージも」 「え……?」 「カレンも、ジミーも、ルイスも、ハンナも」 あの時、一緒に村を離れていた友人たちの名を次々と上げていくガルシアをハボックは目を見開いて見つめる。ガルシアから滲み出る昏い霧に飲み込まれたように言葉を失うハボックに、ガルシアは言った。 「みんなみんな全てを奪われた。奪われなければいけない理由など何一つなかったのに……っ。俺もそうだ。お前だってそうだろう?ハボック」 「あれは大佐のせいじゃ────」 「お前の両親はどうした?クリスは?そうさ、マスタングが燃やしたんだ、マスタングに殺されたんだよ」 「違うッ!大佐が殺したわけじゃないッ!オレたちの村は疫病で──」 「生きてたのにッ!」 必死にロイのせいではないと、全ては不幸な疫病のせいだと認めさせようとするハボックに、ガルシアは畳みかけるように言う。大きく見開く空色にガルシアはズイと顔を寄せて囁いた。 「生きてたのに……生きていれば助かる方法もあったかもしれないのに……クリスは燃やされたんだ……」 間近から毒が滴り落ちる言葉をガルシアは囁く。懐から銀色に輝くナイフを取り出したガルシアは、ハボックの手を取りその手のひらにナイフを握らせた。 「殺すんだよ、ハボック……マスタングを殺せ……。そして俺たちと一緒に村に帰ろう……」 ガルシアは優しいとさえ言える声で告げるとナイフを握らせたハボックの手を握り締める。その手を引き寄せハボックの指に口づけると手を離し、そうしてもう一度囁いた。 「マスタングを殺せ……殺すんだ、ハボック……」 そう囁いてガルシアは闇に溶けるように姿を消す。後には姉のナイフを握り締めて呆然と立ち尽くすハボックが取り残された。 「大佐ぁ、まだですか?」 「そう急かすな、今終わる」 しびれを切らせて執務室の扉の隙間から顔を覗かせるウルフにロイは言う。サインを認めた書類を決裁済みの箱に放り込んでロイは立ち上がった。 「待たせたな、ウルフ」 「待ちくたびれました〜」 扉のところでそんな風に言うウルフを押しやってロイは執務室の外へと出る。部下たちの席を見、大部屋の中を見回してロイは言った。 「ハボックはどうした?」 「総務に書類提出したら下で待ってるって」 「そうか」 そうであれば早く行ってやらねばだろう。ウルフを促して司令室を出たロイは足早に玄関へと向かった。だが。 「ハボック?」 玄関から冷たい空気の中に足を踏み出して辺りを見回すがハボックの姿はない。ロイを追い越して短いステップを降りたウルフがハボックの名を呼びながら探し回った。 「おかしいな、玄関で待ってるって言ってたんですけど」 首を捻りながら戻ってきたウルフが首を傾げて言う。 「ハボック!いないのか?!」 ウルフの言葉にロイが声を張り上げたが、ハボックは姿を現しはしなかった。 |
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