| 久遠の空 第三十四章 |
| 「頭いてぇ……」 けたたましい目覚まし時計の音に叩き起こされてハボックはベッドの上で体を起こす。なんだか酷く体がだるくて頭が重たかった。 昨日、マシスから話を聞いた後、演習に参加したハボックは集中力を欠いて演習に身が入らず、副官に追い出されてしまった。その後も何をしても失敗ばかりの散々な一日で、唯一救いだったのはロイが視察やら会議やらでずっと戻ってこなかった事だけだった。正直今日も顔を見ずに済ませられるならそうしたい。だが、そう言うわけにもいかず、ハボックは仕方なしにベッドから足を下ろした。顔を洗って着替えると簡単に朝食をとりアパートを出る。晴れ渡った空も今日は気分を明るくしてくれることもなく、ハボックは俯いてとぼとぼと通りを歩いていった。 「おはようございます、少尉」 司令室の扉を開ければフュリーの元気な声が飛び出してくる。小さく「おはよう」と返して椅子に腰を下ろすハボックに、フュリーが首を傾げた。 「お疲れですね、少尉」 「別にそんなんじゃないけど……」 ハボックはモゴモゴと答えて執務室の扉を見る。ハボックの視線を追ってフュリーが言った。 「大佐なら今日はまだですよ」 「えっ?あっ……と、視察、とか?」 「いえ、そろそろ来られると思いますよ」 「そう……」 一瞬抱いた淡い期待ははかなく消えて、ハボックは小さくため息をつく。昨日マシスに告げられた事を消化しどう向き合うか決めるには一晩ではとても足りなくて、ハボックはどうロイと接していいのか判らなかった。 (どうしよう……どうしたら……) ハボックはキュッと唇を噛んで考える。どうしたらと同じ場所をぐるぐると回る思考は出口を見いだせず、それならば少しでもロイと顔を合わせるのを遅らせようとハボックが席を立ち上がりかけた時、司令室の扉がガチャリと開いてロイが入ってきた。 「おはようございます、大佐、ウルフ少尉」 「おはよう」 「はよっス」 フュリーに答えてロイとウルフが言う。立ちかけた中途な姿勢のまま見つめてくるハボックに気付いて、ロイが手を伸ばしてきた。 「おはよう、ハボック」 ロイは言ってハボックの金髪をクシャリと掻き混ぜる。だが、何も答えないままじっと見つめてくるだけのハボックに、ロイは首を傾げた。 「ハボック?どうかしたか?」 「────い、いえ」 ハボックは何とかそれだけ答えるとロイから目を逸らす。どこか様子のおかしいハボックにロイが何か言おうとした時、胸に抱いていた子猫が「ニャア」と鳴いた。 「なんだ、お前もおはようって言ってるのか?」 ロイはそう言って子猫の頭を指先で擽る。愛しそうに目を細めて子猫を見るロイの姿をハボックはじっと見つめた。 「大佐」 「ん?」 声に出したつもりもなく呼んだ名に、ロイが答えてハボックを見る。だが、ハボックは聞きたい事を言葉にすることが出来ずに唇を噛んだ。 「────なんでもないっス」 結局それだけを小さな声で告げれば、ロイが一瞬目を瞠る。それからもう一度ハボックの髪をクシャリと掻き混ぜた。 「そうか。言いたいことがあったらいつでも遠慮なく来い」 ロイはそう言って子猫を胸に抱いて執務室に入ってしまう。その背を見送ったハボックはストンと椅子に腰を下ろした。 (言いたいことがあったら) ハボックは執務室の扉を見つめて考える。 (聞いたら答えてくれるのかな) (聞いたら) (“ドンレミ村を知ってるっスか”) (“疫病に冒された村を”) (“村に残された人々を”) (“その焔で”) (“燃やし────”) 「おい、ハボック」 「ッ!!」 不意に肩を叩かれて、ハボックはビクッと大きく体を震わせる。そのあまりの驚きように、肩を叩いたウルフの方も驚いてハボックを見た。 「ごめん、そんなに驚かせたか?」 「あ……いや、ちょっと考えごとしてたから」 「大丈夫か?なんか顔色が悪いぞ」 ウルフはそう言ってハボックの顔を覗き込む。大きな手のひらを額に当てようとするウルフに、ハボックは眉を寄せて言った。 「別に熱なんてないよ」 「そうか?」 「それより、なに?」 用があるから呼んだのだろうとハボックが言えば、ウルフが「そうそう」と言う。 「今度俺の隊とお前んとことで一緒に演習するだろ?その件なんだけど────」 そう言って話し出すウルフの言葉を聞きながら、ハボックは執務室の扉をチラリと見た。 (聞いてどうするつもりなんだ?) (もし、もしも大佐が) ムラヲモヤシテイタラ そう考えてハボックは心の中で首を振る。 (あり得ない、そんなの) (大佐に限って、そんな) “言いたいことがあったらいつでも遠慮なく来い” (言いたい事なんてない。聞きたいことだって) 「おい、ハボック。聞いてんのか?」 「────聞いてるよ」 (ないんだから) ハボックは心の中でそう己に言い聞かせると、ウルフに向かってにっこりと笑って答えた。 |
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