久遠の空  第三章


「ハボック」
「ガルシア」
 ポケットから出した鍵でアパートの部屋を開けようとしたハボックは、聞こえた声に手を止めて振り向く。隣の部屋の住人が廊下にまではみ出して置いている私物の陰から姿を現した男を見て、ハボックは笑みを浮かべた。
「どうしたの?珍しいね、こんなところまで来るなんて」
 古くからの知り合いにハボックはそう言ったが、ガルシアはそれには答えずにハボックのすぐ側までくる。そうすれば男が長身のハボックより更に頭一つ分背が高いのが判った。
「戻ってきてたのか、いつ?」
「一昨日。なんとかアメストリスの領内からは追い出したよ。まあ、オレがやった訳じゃないけどさ」
 苦笑してそう言っても、戦地から無事戻ったハボックに男は労いの言葉も無事を祝う言葉も口にしない。近くからじっと見つめられて、ハボックは居心地悪そうに目を逸らした。
「いつまで軍なんぞにいるつもりだ?」
「またそれ?」
 ガルシアの言葉にハボックは思い切り顔を顰める。そんな表情に構わず尚も言い募ろうとする男の胸をハボックはグイと押しやった。
「ガルシアには関係ないだろう?疲れてるんだ、帰ってくれ」
 ハボックはそう言うとまだ何か言いたげな男をそのままに部屋に入ってしまう。冷たく鍵をかけてしまえば、やがて足音がして男が帰ったのが判った。
「まったくもう、ほっとけっての」
 ハボックはうんざりしたように呟いて部屋の中へと入っていく。リビングに入ったハボックは、テーブルの上に置きっぱなしにしてあった雑誌を手に取った。パラリとめくってもう何度も見たページを開く。そこに掲載された写真を見て、ハボックは目を細めた。
「あの人がマスタング大佐だったんだ」
 己が所属する司令部の副司令官がロイ・マスタング大佐だというのは知っていたし、彼が焔の二つ名を持つ国家錬金術師であることも知っていた。だが、正直自分とは接点など持ち得ない人だと思い込んでいたから、あの時見たのがロイだとはすぐにピンとこなかったのだ。
「綺麗な焔だった」
 敵を一瞬にして燃やし尽くす恐ろしい焔であるはずなのに、ハボックの目にはただただあの焔は美しいものとして映った。
「あの人の側で働けたらなぁ」
 到底無理な願いと判っていてハボックはそう呟く。せめてもう一度言葉を交わしてみたいと思いながら、ハボックはそっと目を閉じた。


「改めて紹介するまでもないが、今日からこの司令室の仲間入りをしたジャクリーン・ウルフ少尉だ」
 ロイのそう紹介されてウルフは軽く頭を下げる。パチパチと拍手で迎えられてウルフは笑みを浮かべながらもロイをチラリと見た。
「大佐、ジャック・ウルフで紹介してくださいよ」
「なにをいう、ちゃんと本名で紹介しないといかんだろう?」
「俺がその名前嫌がってるの知ってるくせに」
 ウルフがそうボヤけば、ホークアイ達がクスクスと笑う。
「こんな人だけどよろしくお願いするわね、ウルフ少尉。私はホークアイ中尉よ」
「僕はフュリー曹長です。よろしくお願いします!」
 次々と差し出される手をウルフは笑みを浮かべて握り返した。一通り挨拶が終わったのを見て、ロイは執務室に入ってしまう。その背を見遣るウルフにホークアイが言った。
「貴方の席はここよ、ウルフ少尉」
「ありがとうございます、中尉」
 新しく用意された机と椅子を指し示されて、ウルフは嬉しそうに言う。早速椅子に腰掛けてその座り心地を試すとウルフは言った。
「まさか俺がここへ呼ばれるなんて思ってもみませんでした」
「あそこから無事大佐を連れ戻してくれた確かに功績は大きいけど、大佐がこんな風に人を気に入るなんて珍しいわ」
「そうなんですか?」
「あの人は人の好き嫌いが激しいから。なかなか人を寄せ付けようとしない。大佐にとって貴方との出会いは余程衝撃的だったのね」
 ファイルを胸に抱えてそうホークアイが言えば、端の席に座ったフュリーが声を上げる。
「そりゃそうですよ。敵陣の真っ直中で目が見えなくなってるのを助けたんですもん。大佐だって感動しますよ」
 そんな風に言われてウルフは照れくさそうに笑った。
「ともあれこれからしっかりお願いね。言っておくけど気性の激しい人だから嫌われる時は一発よ」
「曲者ですしね」
「肝に銘じておきます」
 ホークアイとフュリーに重ねて言われて、ウルフは神妙に頷いた。


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