| 久遠の空 第二十九章 |
| 「くそ……っ」 ガルシアは遠くに聞こえる扉を乱暴に閉める音にため息をつく。ハボックが駆け上がっていったアパートを見上げ、後を追うかどうしようか迷っていたガルシアは、聞こえた足音に背後を振り向いた。 「……なんだ?アンタ」 薄ら笑いを浮かべて見つめてくる軍人をガルシアは胡散臭そうに見る。そもそも軍人にはいい印象などなく、ガルシアはあからさまに不快だという顔をしてその場を離れようとした。だが。 「お前、ドンレミ村の生き残りか?」 軍人の口から故郷の村の名前が吐き出されるのを聞いて、ガルシアは足を止める。肩越しに振り向けば軍人が笑みを浮かべて己を見つめているのを見て、ガルシアは軍人に向き直った。 「そうだったらなんだと言うんだ?まさか俺が病原菌を振りまいて歩いているとでも言いたいのか?」 村が正体不明の疫病の為に多数の死者を出し、結局治療法が見つからないという理由で封鎖された上その疫病諸共焼き払われた後、偶々村を離れていたおかげで感染せずに生き延びたガルシアたちは散り散りになって見知らぬ土地で生活する事となった。帰るべき故郷を失ったことだけでもまだ幼かったガルシアたちには痛手であったが、更に彼らを苦しめたのはガルシアたちが村の生き残りだと知った途端、それまで優しく接してくれていた人たちが手のひらを返したように冷たくなったことだった。ドンレミの生き残りだというだけで、まるで病原菌のように扱われた。レストランや食料品店に入店を断られたり、殺虫剤を吹きかけられたりもした。家の中に動物の死骸を放り込まれたこともある。ドンレミが疫病に冒されて滅んだ事を表面上は同情しつつ、実際には村人全員村から出ずに一緒に燃やされてしまえば良かったのだと巷の人間は皆考えているのだと、ガルシアは村を出てからほんの数ヶ月で骨の髄まで思い知らされ、そのことがガルシアをして村に戻れた暁には必ず奴らに思い知らせてやるのだと誓わせる事になったのだった。 「お前らはみんなそうだ。俺達の村を、俺達を病原菌のように扱いやがって……、もしかしたらこのイーストシティがそうなってたかもしれないのに!親や友人を失い、故郷の村を燃やされた悔しさがお前らに判るもんかッ!!村を助ける事を考えもせず簡単に燃やせばいいと、お前ら軍人どもが勝手に決めて全部燃やした、俺達の故郷を全部!絶対に許せるもんかッ!!」 ガルシアは目の前の軍人を睨みつけて憎しみも露わに怒鳴る。激しい憎しみに、だが軍人は動じた様子もなくニヤニヤと笑って言った。 「お前たちの村が疫病に冒された事は我々軍人だって心から同情してたし今だって気の毒に思っているさ」 「嘘を言うな」 「本当だとも。あの頃軍ではなんとかドンレミを救えないか、連日会議が開かれていたんだ。それはもうみんな必死でなんとか出来ないか、かつて流行った疫病や治療法とドンレミの症状を照らしあわせてたりしてたんだ」 軍人は強調するように両腕を広げて言う。不信感も露わに見つめるガルシアに軍人は続けた。 「そうやって必死に考える軍人がいた一方、こんな七面倒な事などせずちっぽけな村一つさっさと燃やしてしまえばいいと言う強行派もいた。勿論軍としてはそんな事は出来ないという姿勢だったさ。だがな」 と、軍人はそこで言葉を切る。ほんの少し考える仕草をした軍人は、首を振って言った。 「ああ、いや。この話はもうやめておこう。今更事の真相を知ったところでどうなることでもないからな。ともかく我々はドンレミの事は同情している。大変だとは思うが折角生き延びた命だ、大事にしてくれ」 軍人はそれだけ言うとガルシアに背を向けて歩きだそうとする。その肩を掴んで、ガルシアは慌てて引き留めた。 「おいっ!真相というのはなんだッ?何か知ってるのかッ?」 「いや、気にせんでくれ。今更知ったところで仕方のないことだ」 「ふざけるなッ!何か知ってるなら教えろッ!」 村は軍によって燃やされたがその事で何かあると言うのだろうか。こんな風に匂わされて聞かずにいられる訳がない。 「言えッ!知っている事を全部!」 ガルシアは軍人の腕を掴むとズイと顔を近づけて怒鳴った。 思いがけず (こうやって如何にも秘密があるようにすれば信憑性も増すだろう) 勿体ぶってすぐに話さないでいれば思った通り食いついてくる男に、ホールトンはほくそ笑む。教えろと凄む男を迷うような表情を浮かべて見ると、身を寄せて小さな声で言った。 「そこまで言うなら教えるが……、いいか?もし誰かに聞かれることがあっても、この情報をバラしたのが俺だとは言うなよ?もし俺が教えたとバレたら──きっと燃やされる」 怯えたようなホールトンの言葉に男が目を見開く。きょろきょろと探るように辺りを見回して、ホールトンは言った。 「軍の反対を押し切ってドンレミを燃やすのを強行したのはロイ・マスタングだ。マスタングは焔の錬金術師としての力を示したいばかりにドンレミを燃やした。しかも村人を隔離する前に、だ」 「な、んだと……?」 ホールトンが低く囁けば男は驚愕に目を見開く。流石に信じられないように「まさか、そんな」と呟く男を追いつめようと、ホールトンは言った。 「信じられないか?無理もない……マスタングは力を使いたくて仕方なかったんだ。戦場であれば戦争の名目の元、村だろうが人間だろうが幾らでも燃やせる。だがここではそうはいかん。焔を使う事が出来ずに鬱憤がたまっていたマスタングは、まだ何とか方法を探そうとしていた軍の指示を無視して村に焔を放ち、そして隔離施設に連れていく筈だった村人を一人ずつ燃やしていったんだ。病原菌の根絶だと笑いながら」 ホールトンは尤もらしく囁いて男の顔を覗き見る。呆然としていた男の顔が憎しみに歪み、その唇からロイの名が怨みをもって吐き出されるのを聞いて、ホールトンは満足そうな笑みを浮かべた。 |
| → 第三十章 第二十八章 ← |