久遠の空  第二十八章


「まったくもう、無茶苦茶だ……」
 執務室を飛び出した勢いで司令部も飛び出したホールトンは、トボトボと通りを歩いていく。ロイへの私怨に燃えるマシスに、かつて疫病で滅んだ村の生き残りを捜し出してロイが村の仇だと吹き込めと命じられたものの、そんなどこにいるかも判らない村の生き残りをどうやって探せばいいのか、ホールトンはすっかり途方に暮れていた。
「それも三日以内だなんて……無理に決まってるじゃないか」
 三日間朝から晩まで駆けずり回って調べたって見つかるとは思えない。それに探し出せと言ったとは言えもしホールトンが生き残りを探し出す事だけに専念して他の業務を放り出せば、それはそれでマシスは怒りまくるに違いなかった。
「いっそ異動願いでも出すか……」
 そう呟いたものの出したところでマシスに瞬時に揉み消されるのは確実だ。
「なんて理不尽な部署なんだ」
 それでもこれまでは嫌な仕事はハボックに回し、気に入らない事があればハボックに当たればよかった。それすらままならずマシスの横暴ぶりにつき合わされる己の不幸をブツブツと嘆きながら歩いていたホールトンは、通りの向こうを歩く長身に気づいて足を止めた。
「あれは」
 見事な長身を勿体無くも猫背に曲げて歩いていくハボックの姿を見れば、ここのところぶつける相手もいないまま積もりに積もっていた鬱憤が込み上げてくる。ホールトンは唇を歪めてハボックを睨みつけるとその側へ行こうと足を踏み出した。人の流れを遮るように歩けば通行人とぶつかりそうになって、ホールトンは肩を掠めた老人を乱暴に突き飛ばした。
「うわ……っ」
「邪魔だッ、のろのろ歩くんじゃない!」
「そ、そんな……、ぶつかったのはアンタの方じゃないか」
 突き飛ばされて尻餅をついた老人がそう言うのをホールトンはジロリと睨みつける。
「なんだと?この国の平和を誰が守っていると思っているんだ!貴様のように役に立たない年寄りはせめて我々の邪魔にならんよう隅っこを歩けと言うんだッ!」
 ホールトンはそう怒鳴りつけるとまだ立ち上がれないでいる老人の足を蹴り付けた。悲鳴を上げる老人にフンッと鼻をならして、ホールトンは通りの向こうへ視線を戻す。だが、その時にはもうハボックの姿は見当たらず、ホールトンは思い切り舌打ちした。
「貴様のせいで見失ったじゃないか!」
 ホールトンは腹立ち紛れにもう一度老人を蹴飛ばす。怒りのままに通りに足を踏み出せば、車がけたたましいクラクションと共に急停止した。
「おい、危ないじゃ」
 ないか、と怒鳴りかけてホールトンに睨まれ、運転席から顔を出した男が慌てて中に引っ込む。半ば強引に車の流れを止めたホールトンはチッと舌打ちして、ハボックの姿を探して歩きだした。
「くそっ、どこに行った、ハボックの奴め」
 こうなったら何が何でもハボックにこの鬱憤をぶつけて晴らさなければ収まらない。ホールトンはハボックを見かけた辺りの花屋の店員の襟首を掴むと、グイと捻り上げるようにして言った。
「おい、たった今し方ここを金髪の背の高い男が通っただろうッ?どっちへ行った?!」
「き、金髪の背の高い……?それなら、あっちに────」
 店員の男は苦しそうに顔を歪めながら店の右手を指さす。ホールトンは投げ捨てるように男から手を離すと、急いでハボックの後を追った。
「待ってろ、ハボック!マスタング大佐に引き抜かれたからっていい気になるなよ」
 ホールトンは呻くように言いながら通りを歩いていく。なかなかその姿を見つけられず苛立ちが募って、ホールトンは通りに出された看板を蹴飛ばした。
「くそったれッ!ハボックめ、どこへ────あ」
 倒れた看板を踏みつけて辺りを見回したホールトンは、少し先の店からデリの袋を手に出てきたハボックに気づいて目を瞠る。ニヤリと唇を歪めて笑ったホールトンはハボックを追おうとして、グイと肩を引っ張る手にチッと舌打ちして振り返った。
「なんだ、貴様!」
「それはこっちの台詞だ。人の店の看板壊してそのまま行くつもりか?!」
 軍人である自分と睨みあっても引けを取らない大柄な男にホールトンはグッと言葉に詰まる。札入れを取り出し紙幣を数枚男の胸に押しつけるようにして渡すと、ホールトンは急いでハボックの後を追った。


 途中適当にデリを買い込んでハボックはトボトボと通りを歩いていく。アパートが見える場所まで来たとき階段の下に立つ男の姿を見つけて、ハボックはため息をついた。
「ハボック」
 ほぼ同時にハボックの姿に気づいたらしい男が、足早に近寄ってくる。迷惑だと思っていることを隠そうともせず顔を顰めるハボックに構わず、ガルシアは言った。
「今日こそ俺の話を聞いて貰うぞ」
「お前と話す事なんてないって言ってるだろう?いい加減にしてくれ」
 ハボックはそう言い捨てるとガルシアを押し退けてアパートに向かおうとする。だが、ガルシアはそれを許さずハボックの腕を掴んで引き留めた。
「俺たちの村がやっと住めるまでに回復したんだ。なあ、俺と一緒に村に帰ろう、ハボック」
 そう言う幼馴染みの手をハボックは振り払う。
「回復したって何が残ってる訳でもないだろう?今更戻ってどうするんだ?オレは軍でやることがある、戻る気はないよ、ガルシア。どうしても戻りたいっていうなら一人で戻ってくれ」
 そう言ってきつく睨んでくる空色にガルシアは顔を歪めた。
「どうして軍なんかにいるんだ?アイツらは俺達の村を焼き払ったんだぞ?!」
「軍が村を焼いたのは疫病をあれ以上広げないためだ。結局隔離された連中はみんな死んだんだろう?村を焼かずに疫病がアメストリス中に広がっていたらオレもお前も今頃生きてない」
「そうとも、アメストリスの為に俺達の村は見捨てられ切り捨てられたんだ。俺は村を復興させたい。村を復興させて村を切り捨てたアメストリスの連中に一泡吹かせてやるんだ。そのためにも生き残ってる奴らで────」
「そんなの勝手にすればいいだろう?!オレの事は放っておいてくれ!」
 ハボックはそう怒鳴ると引き留めようとするガルシアを振り払って走り出す。アパートの階段を一気に駆け上がってそのまま部屋に飛び込んでしまった。


「ハボックめ、どこに────いた!」
 何度も見失いそうになりながらもハボックの後をつけてきたホールトンは、夜闇にも明るい金髪を見つけて笑みを浮かべる。古いアパートのすぐ側、なにやらもう一人の男と険悪な雰囲気なのを見て、ホールトンは近くの建物の陰に身を隠した。
「誰だ?あの男は……」
 どうやら軍人ではなさそうだ。二人の話を聞こうとじっと耳をそばだてていたホールトンは、その話を聞くにつれ目を大きく見開いた。
「村……疫病……?もっ、もしかしてっ?」
 ハボックがアパートに駆け込んでしまって取り残された男をホールトンは食い入るように見つめていたが、やがて笑みを浮かべると身を潜めていた暗がりから出て男に近づいていった。


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