| 久遠の空 第二十三章 |
| 「つきあわせて悪かったな。メシでも食って帰るか?」 「えっ?いや、そのっ、……よ、予定あるんでっ」 買い物を済ませて店から出たところで、食事に誘われハボックはモゴモゴと言いながら顔の前で手を振る。ペットショップの袋を手に歩き出すハボックに、ロイは眉を寄せた。 「そうなのか?なら余計に悪かったな」 すまなそうに言われて、ハボックは慌てて首を振る。駐車場に戻り後部座席に乗り込むロイの横に袋を置くと、ハボックは運転席に座った。 「時間は大丈夫なのか?」 「平気っス」 「女性は待つもので待たせるものじゃないぞ」 約束の相手を女性と決めつけて言うロイにハボックは苦笑する。 「本当に大丈夫っスから。他に用事はないっスか?」 そう聞かれたロイが「いや」と答えるまでの一瞬の 「なんスか?時間なら本当に大丈夫っスから、遠慮しないで言ってください」 「────ショッピングモールの端に古書店があるんだ。探していた本が見つかったと連絡があってな、取りに寄りたいんだが……」 「ああ、あそこの古本屋。怪しげなバアサンがいるところっスね、了解っス」 嫌がる様子もなくハボックは答えて駐車場から車を出す。ハボックの金髪に向かって「すまんな」と言ったロイは、少し考えて言った。 「店にいるのはジイサンだろう?」 「えっ?」 「店主。男だろう、あれは」 「そうっスか?オレはずっとバアサンだと思ってたっスけど」 ハボックはハンドルを切りながら答える。そうすれば自信満々に聞こえた言葉にハボックはプッと吹き出した。 「どんなに高齢でも男と女を見分ける自信はあるぞ」 「大佐が言うと説得力あるっス」 「どういう意味だ、それは」 クスクスと笑うハボックにロイがムッと眉を寄せる。短い会話を交わすうちに車は古書店の前に着き、二人は車から降りるとロイが支払いを済ませる間にハボックが古本の詰まった袋を二つ後部座席に積み込んだ。 「他には?」 「もうない。家にやってくれ」 「イエッサー」 言われてハボックは、ロイと荷物を乗せて車を走らせる。時折言葉を交わしていればあっと言う間に目的地について、ハボックはロイの家の前で車を停めた。 「荷物、運びますね」 「すまん」 すぐさま運転席から降りて本の詰まった袋を手にするハボックにロイは言う。門を開け先に立って短い通路を進むと、ポーチの灯りの下玄関の鍵を開けた。 「どこに置くっスか?」 「右手の奥が書斎だ」 それに頷いて、ハボックは荷物を書斎に運び込む。すぐ戻ってくると何やらペットショップの袋の中を探しているロイに言った。 「適当なところに置いちまいましたから。つか、大佐。あの書斎、危なくないっスか?」 ところ構わず積み上げられた本は今にも崩れそうだ。 「本の雪崩で圧死なんて笑えないっスよ」 「買ってもなかなか読む時間がなくてな。────あった」 ロイは言いながら袋の中から捜し当てたものを取り出す。ハボックに差し出してロイは言った。 「色々買ったらサービスでくれると言うんでな。猫と犬、どっちがいい?」 「えっ?」 言われてロイの手のひらを見れば、小さな猫と犬の飾りがついたキーホルダーが載っている。キーホルダーを見、ロイを見るハボックにロイが言った。 「今日の礼に一つやる。好きな方を選べ」 「でも」 「いいから」 ほら、と再度手を差し出され、ハボックは遠慮がちに猫の飾りがついたキーホルダーを手に取る。 「すみません」 「いや、こっちこそつき合わせて悪かった。助かったよ」 そう言えばハボックが恥ずかしそうに笑う。笑みを浮かべる空色がロイの記憶の襞を微かに震わせたが、それが何かロイが考える前にハボックが言った。 「それじゃあ帰ります」 「ああ。デートの相手に私がすまなかったと言っていたと伝えてくれ」 その言葉には困ったような笑みを浮かべただけで答えずに、ハボックは玄関から出る。 「ここでいいっスよ。それじゃあお疲れさまでした」 「ああ、また明日」 そう言うロイにハボックは敬礼を返して足早に門へと向かった。門を閉め運転席に乗り込んだハボックは窓越しに玄関に立つロイへ視線を投げると、アクセルを踏み込み来た道を戻っていった。 司令部に車を戻し、ハボックは夜道をアパートへと歩いていく。途中まだ開いていたパン屋でセールになっていたパンを買うと、それを手に歩くハボックの顔には笑みが浮かんでいた。 「本当は約束なんてないけど……嘘ついちゃった」 ロイと二人で食事など、考えただけで緊張してしまう。ポケットに手を突っ込んだハボックは、指先に触れた感触に目を細めた。 「へへ、貰っちゃった……」 ロイが自ら選んだものではないにせよ、揃いの一つを分けあうように渡されたのが嬉しい。ポケットの中で猫の頭を撫でながら歩いてアパートに着くと、三階まで階段を上がったハボックは部屋の前に佇む男の姿に眉を寄せた。 「ハボック」 「ガルシア」 足音に俯けていた顔を上げる男をハボックは軽く睨む。ガルシアと呼ばれた男はそんな視線も気にすることなくハボックに近づくと言った。 「村の封鎖が解除になった」 「え?」 「帰れるんだ、村に」 ガルシアはポカンとするハボックの腕を掴んで言葉を続ける。 「軍なんてやめろ。村に帰るんだ」 「────嫌だよ」 ハボックは短く、だがきっぱりと言ってガルシアの手を振り払った。 「大体今更帰ってどうするつもりなんだよ。あそこにはもう何もないんだぞ」 「でも、俺たちの故郷だ」 「空っぽの故郷なんて、笑わせる」 「ハボック!」 クッと自嘲するように笑うハボックにガルシアは声を張り上げる。 「俺と一緒に村に────」 「帰らない。オレのことは放っておいてくれ!」 そう叫ぶと部屋の扉に飛びつき鍵を開けるハボックの肩をガルシアが掴んだ。 「ハボック、俺の話を聞け!」 「聞く話なんてない!帰ってくれ!」 ハボックはガルシアの手を跳ねのけ睨みつける。 「帰りたいなら帰ればいい。オレのことは構わないでくれ」 「ハボ────」 きっぱりとそう告げると、ハボックは何か言いかけたガルシアの言葉を遮るように乱暴に扉を閉めた。 「頼むから……放っておいてくれ」 ハボックは閉めた扉に寄りかかり震える声で呟くと、縋るようにキーホルダーをギュッと握り締める。暫くそのままでいたが、よろよろと中へ入り灯りもつけずにドサリとソファーに腰を下ろした。テーブルの上に置きっ放しになっている煙草を取って咥え、ライターを手にする。何度かカチカチと言わせた後、ついた炎で煙草に火を点けた。独特な甘い香りが立ち上る部屋の中、ハボックはポケットから取り出したキーホルダーを長いこと両手で握り締めていた。 |
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