| 久遠の空 第十七章 |
| 「引き継ぎ、全て終了しました」 ハボックはそう言ってマシスの前に書類を差し出す。マシスは不機嫌な表情を隠さずにハボックを睨みつけると、差し出された書類を引っ手繰るように受け取りサインを認めた。 「これで貴官も晴れてマスタング大佐の部下だ。嬉しくて堪らんだろう?」 「あ……いえ、その……」 嫌みたっぷりの言葉に、ハボックは返す言葉を見つけられない。マシスは困りきったハボックの様子に、手元の書類をペンの尻でトントンと叩いて言った。 「この書類を私が受け取らなかったとしたら異動の話はどうなるのかね」 「えっ?」 突然そんなことを言い出すマシスにハボックが驚いて目を瞠る。見開く空色を見上げて、マシスは楽しげに言った。 「引き継ぎが終わらねば業務に支障が出るからな。少なくともすぐの異動は無理と言うことになる」 「でも、引き継ぎはもう終わって────」 「知らんな」 マシスはそう言うと書類を手に取りハボックを見る。ハボックが見ているのを確かめた上で、手にした書類を二つに裂いた。 「中佐……」 「全く、若造め。軍隊と言う物をなんだと思っているんだ。何もかも自分の思うとおりに進むと思ったら大間違いだ」 マシスはそう言うと破った書類を床に捨てる。呆然として見つめてくるハボックに、マシスは言った。 「ハボック少尉、貴官には二週間、私の出張に同行する事を命じる」 「……ッッ」 とんでもない命令にハボックが息を飲む。だが、マシスはそんなハボックの様子にも構わず言った。 「上官の命令に逆らうかね?ハボック少尉。今すぐ準備をしたまえ」 「マシス中佐」 「聞こえなかったのか、さっさと準備しろと────」 眉を跳ね上げマシスが言いかけた時、執務室の扉をノックする音がする。マシスはチッと舌打ちすると渋々ながらもノックに答えた。そうすれば。 「マシス中佐」 カチャリと扉が開いて現れた姿にマシスとハボックは目を見開く。カッカッと小気味悦い靴音を立てて執務室の中に入ってきたロイは、ハボックを見、マシスを見て言った。 「いつまでたっても私の部下が現れないのでな、迎えにこさせて貰った」 ロイはそう言うと床に捨てられた書類に目をやる。二つに裂かれたそれを拾い上げると、マシスの前に差し出した。 「書類は大切に扱って貰わねば困る、マシス中佐」 マシスの瞳を真っ正面から見つめてロイは言う。机の上に置かれていたセロテープの台をドンとマシスの前に置いて言った。 「貼り合わせたまえ、中佐」 そう言われてマシスが目を剥く。事の成り行きを呆然として見ていたハボックが、おろおろと口を挟んだ。 「あ、あのっ、書類の修理ならオレが────」 「書類を破ったのはマシス中佐だろう?だったら破った当の本人が修繕すればいい。────中佐」 そう告げて見下ろしてくる黒曜石の瞳の強さに、マシスはグッと声を飲み込む。震える手でテープを引き出し、破いた書類を貼り合わせた。 「────不器用だな。私より不器用だ」 ロイは貼り合わされた書類を取り上げ、目を眇めて言う。そんなロイを憎々しげに見つめるマシスを平然と見返して、ロイは言葉を続けた。 「これでハボックの異動に関する手続きは全て終了した。ジャン・ハボック少尉を司令室へ異動させる。何か言いたいことはあるか?マシス中佐」 「…………ありません、サー」 「それはよかった。ああ、これは私が人事に出しておいてあげよう」 わざと恩着せがましく言うロイをマシスが睨む。だが、ロイはそんな視線など全く意に介した様子もなくハボックを振り向いた。 「行くぞ、少尉。これ以上ここにいる必要はない」 「えっ?あ……は、はい」 言って執務室から出ていこうとするロイにハボックは慌てて頷く。ロイに続いて部屋を出ようとして、ハボックはマシスを振り向くと一礼し、それからロイを追って部屋を出ると後ろ手に扉を閉めた。 「…………くそッ!くそォォォッッ!!」 パタンと閉まった扉を睨みつけて、一人残されたマシスは怒りと敗北感に染まった怒声を張り上げるしかなかった。 「大佐、マスタング大佐っ」 カッカッと靴音を響かせて廊下を歩いていくロイを、ハボックは慌てて追いかける。その長身が追いついたと見ると、ロイは口を開いた。 「まったく、ウルフの言う通りだったな」 「えっ?」 ロイの言葉に目を見開くハボックをロイは見る。 「マシスの奴が嫌がらせをしてお前をすぐに出そうとしないんじゃないかとウルフが言い張ったんだ。中尉が釘をさしていたようだし、まさかそんなことはしないだろうと言ったんだがどうしても聞かなくてな。だが、まさかああまで愚かとは思わなかったぞ」 心底呆れたというようにため息をつくロイをハボックはじっと見つめる。その空色を見返して、ロイが言った。 「ウルフはもう一つ心配していた。もしマシスがお前の異動を邪魔しようとしたら、お前はそのままあそこにとどまってしまうんじゃないかとな」 そう言われてハボックがグッと言葉を飲み込む。唇を噛み締め視線を逸らすハボックを見つめて、ロイは尋ねた。 「ハボック、あそこで私がいかなかったら、お前どうしていた?」 「どうって……オレは……」 ボソボソと言いかけてハボックは俯く。そのままハボックが黙り込んでしまった時、二人は司令部の扉の前に辿り着いた。ロイは扉をグイと押し開けると中へ入りハボックを振り向く。 「ようこそ、ジャン・ハボック少尉。今日からここが貴官の居場所だ」 「マスタング大佐……」 そう言って中へと促すロイを見返して、ハボックは返す言葉もないまま入口に立ち尽くしていた。 |
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