久遠の空  第十四章


「ねぇ、大佐。大佐もそう思うでしょ?」
「そうだな」
 ウルフの言葉に頷いたロイはハボックをチラリと見る。最初からずっと楽しげに話しながら食べたり飲んだり賑やかなウルフとは対照的に、ハボックは尋ねられた事に答える以外殆ど口を開かなかった。よく見れば出された食事にも手をつけていないようだ。伏せた瞳を覆う長い睫が顔に陰を落とし、ロイにはハボックの表情がよく判らなかった。
(よく似てるのに)
 並んで座っている姿を見比べれば、やはりウルフとハボックはよく似ている。それなのに対照的なその様子は、まるでウルフを光とするならハボックは影のようだった。
(能力的には申し分ないようだが)
 今回ロイの口利きでこちらに引っ張り込んだ事もあって、ロイは忙しい合間にもハボックのことに気をつけていた。僅かの間ではあったが、ロイの目に映ったハボックは頭の回転も速く銃火器の取り扱いにも長け、身体的な能力も秀でている。こんな風に己を押さえて後ろに控えているのはその能力を無駄にしているように思えた。
(あのマシスとかいう奴のせいか)
 ハボックを貸して欲しいと話をした時のハボックの上司に当たる男の事をロイは思い浮かべる。
(私のところでならコイツの能力を引き出してやれるか?)
 不意にそんな考えが頭に浮かんでロイは無意識にグラスを呷った。折角の人材、これからの自分の為に使えたら己の為にもハボックの為にもいいのではないだろうか。
 そんなことを考えてロイがフムとため息を漏らした時、ウルフの苛立たしげな声が聞こえた。
「大佐、俺の話聞いてます?」
「ん?ああ……。聞いてなかったな」
「ひでぇッ!」
 一生懸命話してたのにっ、とブウブウ言うウルフにロイは悪かったと苦笑して手を振る。ロイは賑やかなウルフに少し静かにしているよう言うと、ハボックを見た。
「ハボック」
「──── はい、サー」
 僅かに顔を上げて堅苦しく答えるハボックに、ロイはやれやれとため息をつく。テーブルに肘をつき身を乗り出して、ハボックの顔を覗き込むようにしながら言った。
「これは私がたった今思いついた事で、他の部署との兼ね合いもあるし必ずしも決定事項ではないんだが」
 と、ロイは一度切ってハボックをじっと見つめる。強い光を放つ黒曜石に見つめられて、困ったように目を伏せるハボックにロイは言った。
「私のところで働く気はあるか?」
「──── え?」
「やったッ!ほらみろ、俺が言った通りだったろ!いい話が聞けるって!」
 ポカンとするハボックの背を、ウルフがバンバンと叩いて大喜びする。そんなウルフをジロリと睨んで黙らせると、ロイはハボックを見て言った。
「さっきも言ったがこれは決定事項ではない。マシス中佐がなんと言うかも判らんしな。だが、こう言ってはなんだがマシスよりも私の方がお前を上手く使ってやれると思う。どうだ?ハボック。私のところへくる気はないか?」
「え……あ……、大佐のところで、っスか?」
「そうだ」
 信じられないとでもいうように聞き返してくるハボックにロイは答える。そうすれば、ハボックの顔がサアッと桜色に染まるのを見て、ロイは目を見開いた。
「ありがとう、ございます」
 そう答えてハボックがはにかむように笑う。そんなハボックの様子を目を見開いて見つめていたロイは、ウルフが騒ぐ声にハッとして目を瞬かせた。
「やったな、ハボック」
「でも、まだ決定事項じゃないって」
「大佐が思ったらもう決定事項っスよね?」
「おい、まだ私の勝手な考えだ。あちこちで言い触らすなよ」
 ハボックの肩を抱くようにして喜ぶウルフにロイは慌てて釘をさす。
「えーっ、もうさっさと決定事項にしちまいましょうよ」
 不満げに騒ぐウルフにロイがため息をついた時、遠慮がちな声が聞こえた。
「ありがとうございます、サー。でも……なんでっスか?」
「ハボック」
 いつものように僅かに目を伏せて尋ねてくるハボックにロイは眉を寄せる。さっきの、一瞬見せたあの表情を見たいと思いながらロイは言った。
「この二週間の様子を見て、と言えば納得するか?」
「でも、単なる式典警護っス。なにもなければ大した働きもありません」
「最終日にあったろう?」
「あんなの、オレじゃなくても気づきます」
「ハボック」
「何故ですか?サー」
 そう言って尋ねてくるハボックの瞳に浮かぶものはなんなのだろう。縋るようなハボックの瞳に、だが、ロイは答える言葉を見つけられなかった。


「ごちそうさまでした!次も是非お願いします」
「少しは遠慮という言葉を覚えろ」
 満足げに腹を撫でるウルフを軽く睨んでロイは言う。だが、ウルフはまるで悪びれた様子もなく笑った。
「でもって、ちゃんとマシス中佐のところからハボックを請けて下さいね」
 そうウルフが言うのを聞きながらロイはハボックを見る。視線を落としたままなにも言わないハボックに、ロイは俄に苛立ちを覚えて言った。
「お前に異存がないなら話を進めるつもりだ。いいな、ハボック」
 そう言えばハボックが弾かれたように顔を上げる。何か言いたげに唇を開いたが、結局言葉を発することなく視線を落とした。
「いいに決まってるでしょ、なぁ、ハボック」
 代わりに賑やかなウルフが答える。その空色がなかなか己を見ようとしないことに、ロイはじれったさを覚えながらハボックの横顔を見つめた。


→ 第十五章
第十三章 ←