| 久遠の空 第十章 |
| 「ハボック」 呼ぶ声にハボックが振り向けばウルフが近づいてくるのが見える。式典の式場の片隅に立って怪しい者がいないか目を光らせるハボックの側まで来ると、ウルフは辺りを見回して言った。 「どうだ?」 「特に変わったことはないよ」 「そうか」 三日間に渡る式典も今日で最後だ。準備や打ち合わせの時間も併せて二週間ほど前から、ハボックはウルフの小隊に加わっていた。ロイと顔を合わせる機会はあまり多くはなかったが、それでも気にして顔を出してくれているようなのであることを知れば、それだけでハボックは嬉しくて堪らなかった。 「ま、後もう少しで終わりだ。最後まで気を抜かずに頼むぜ」 「ああ」 そう言うとウルフは戻っていってしまう。ウルフの言葉に今日でもうおしまいなのだと知らされて、ハボックは唇を噛んだ。 (二週間なんてあっと言う間だ) ロイの元で任務についている二週間は朝が来るのが待ち遠しくて堪らなかった。式典警護というどちらかと言えば簡単な任務ではあったが、それでもロイの為だと思えば力も入る。その上数少ないとはいえロイと話す機会もあり、ハボックにはこんな風に毎日が充実していると思えたのは軍に入って初めてのことだった。 (それももう終わりなんだ) 明日からはまたマシス達の下での任務が待っている。きっとハボックが帰ってくるのを手ぐすね引いて待っていて、ハボックの顔を見たらここぞとばかりに仕事を押しつけてくるのだろう。 (大佐んとこで働けるならなんだってするのに) どんなつまらない仕事でもいいからロイの側にいたい。だが、そんな願いも軍の中では叶う筈もなく、ハボックはそっとため息をついた。 「大佐」 「ああ、ウルフか」 壇上から降りてきたロイは、ウルフの姿を認めるとにっこりと微笑む。礼服の襟元を緩めると、やれやれとため息をついた。 「これでやっとお役ごめんだ」 「何事もなく終わりそうっスね」 ロイの指示の下ウルフが立てた警護計画は万全だ。それでも何事もなく終わるという保証はどこにもなく、無事式典が終わりそうともなれば思わず安堵のため息が出るのも致し方なかった。 「最後まで気を抜くなよ」 「大丈夫っスよ」 最後にきっちり釘を刺されてもウルフは自信満々に答える。そんなウルフにロイはふと思いついて尋ねた。 「ハボックはどうしてる?」 「ああ、さっき様子見てきましたけど、しっかりやってましたよ」 「そうか」 期待したとおりの答えににっこりと満足そうに笑うロイを見て、ウルフが言う。 「打ち合わせの時から思ったっスけど、アイツ、こっちが一つ言えばその先のこと察して動いてくれるし、回転早くて要領よくて。なんであんな奴がマシス少佐のところなんかで燻ってるんですかね?」 「ウルフ」 上官批判ともとれない言葉を口にするウルフをロイは窘めるように呼ぶ。だが、ウルフはそんな事は気にせずに続けた。 「ねぇ、大佐。いっそのことハボックを引き取ったらどうっスか?」 「引き取る?ハボックをか?」 そう言われてロイは、今回の警備にハボックを回して欲しいと言った時のマシスの反応を思い出す。ほんの半月の事にあれだけ渋ったのだ、ハボックを引き取るなどと言ったら反発は必至と思えた。 「借りるだけならまだしも、引き取るのはそう簡単にはいかんだろうな」 「なんで?大佐権限で人事異動なんてどうとでもなるでしょ?」 「お前な」 大佐なんだから多少強引でもやればいいなどと言うウルフをロイは軽く睨む。 「そんな事をしたら人事というものが成り立たんだろうが」 「いいじゃないですか。アイツ、あそこでいいようにこき使われてるみたいだし、優秀な人材があんなところで腐っていって、大佐、それでいいんですか?」 そう言って顔を覗き込んでくるウルフをロイは軽く押しやった。 「ここはそう言うことを話す場じゃない。この話は後だ」 ロイの言葉にウルフが不満そうに煙草をピコピコと上下させる。 「禁煙だぞ」 「火、点いてませんもん」 確かに焦げ茶色の煙草から煙は上がっていない。それでも仄かにコーヒーのような甘い香りが漂うそれに、ロイは眉を顰めた。 「しまっておけ。煙草を咥えていていい場ではない」 「……逃げたでしょ」 いつの間にやら話が煙草の話になっていることに、そう言うウルフをロイは睨む。だが、それ以上はなにも言わず、ウルフをそのままにロイは通路を歩いていってしまった。 「ん?」 ハボックは植え込みの向こう、会場の外を横切った男の姿に眉を顰める。突然大声で男が軍に対する批判を喚き始めたのを聞いて、警備の隊員が数人集まってきた。 「おい!なにを喚いている!やめんかッ!」 「今すぐやめないと逮捕するぞ!」 隊員たちが言って喚き続ける男を取り押さえようとする。それを見ていたハボックは、不意に男たちに背を向けるとクルリと背を向け反対方向へと植え込みに沿って走り出した。走ってくるハボックの姿に、立っていた他の隊員がキョトンとした顔をする。ハボックはその隊員を突き飛ばすようにして更に先に進むと、植え込みの間に腕を突っ込み中に潜んでいた男を引きずり出した。 「な……ッ?いつの間にッ?」 「くそッ!離せッ!」 ハボックを追ってきた隊員が驚いて言うのを聞きながら、ハボックは男の腕を捻り上げ持っていたナイフを叩き落とすと男を地面に押さえつける。 「あんなちゃちな陽動に引っかかるわけないだろ」 呆れ混じりにハボックが言って男を引き立たせた時、ロイの声が聞こえた。 「しっかり働いてるな、ハボック」 「大佐」 ロイは笑ってハボックに近づいてくる。睨んでくる男をチラリと見るとハボックに視線を移した。 「いい判断だったな」 「ありがとうございます、サー」 ちゃちな方法ではあったが、実際外で喚いていた男に大半の隊員が気を取られる中、ハボックだけが仲間を見つけ出していた。 (ウルフが言う事を考えてみる価値はあるのかもな) ロイはハボックを見つめながらふとそう思う。 「最後まで気を抜かずに頼む」 「は、はいっ、サー!」 顔を赤らめて答えるハボックに満足げに頷くと立ち去るロイの背を、ハボックがじっと見つめていた。 |
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