| 個人授業 第四章 |
| その日オレはなかなか寝付けなかった。とにかくもう、その日仕入れた情報に興奮しまっくっていたのだ。 例えば先生が大の甘党でお気に入りのあの喫茶店に週に3度は通っていること。 中でもあのチョコレートケーキは大のお気に入りで毎回必ず食べること(本当はいつもはケーキを二つ食べるのだけど、オレが一緒なので遠慮したらしい) コーヒーにはミルクをたっぷり、砂糖を2杯入れること。 それから。 先生の睫が思っていたよりももっと長いこと。 先生の手首に小さなほくろがあること。 それからそれから。 「はあ……」 オレは薄闇に浮かぶ天井をぼんやりと見上げた。眠るためには目を閉じなければいけなかったけれど、目を閉じれば先生の顔が浮かんで結局は眠れないのが判っていたから。 「先生……大好き…」 ほんの少し先生のことを知っただけで前よりもっと好きになった。この調子で先生の色んなことを知ったらもっと好きになるんだろうか。 「先生のこともっともっと知って、もっともっと好きになれたらいいのに…」 そんなことをつらつらと考えながら。 オレはいつしか眠りに落ちていった。 「おはよう、ブレダ」 「おう、おはよう、ハボ」 あと5分で朝のホームルームのチャイムが鳴るという教室に入ればもう8割方の生徒が来ていた。声をかけてくる友達に挨拶を返しながら、オレは肩に掛けていた鞄をおろして椅子に座るとブレダに言った。 「昨日はありがとう、ブレダ」 「ああ、ちゃんと復習したか?」 「へへ、まあぼちぼち?」 オレがへらりと笑って答えればブレダは顔をしかめる。 「復習しとけって言ったろ?復習するから頭に入るんだぞ」 「判ってるって。大丈夫、ちゃんとやるから」 そう言うオレをブレダは疑わしげに見た。オレはそんなブレダに昨日先生と喫茶店に行った話をしようかと思ったけどやめておいた。ブレダは口が固いから大事なことをベラベラしゃべるようなことはしない。でも、昨日の事はやっぱりオレの中では宝物になっていたので、たとえブレダでも話してしまうのは勿体無い気がしたのだ。 だからオレが当たり障りのない人気バンドの話を話し出した時、クラスの代表委員をやってるヤツが突然教壇に上がって机をバンバンと叩いた。 「ちょっと聞いてくれ。ホームルームが始まる前に急いで決めなきゃいけない事があるんだ」 突然そんなことを言い出したそいつにクラス中の視線が向く。代表委員はみんなの顔を見回すと言った。 「この間トミーが転校したろ?アイツ、図書委員やってたんだよな。それでアイツの代わりに図書委員をやるヤツを決めなきゃならないんだ」 その言葉に教室のあちこちから不満の声が上がる。何でこの時間に?という質問が飛べば代表委員は頭をかきながら答えた。 「いやあ、ホントは昨日までに決めとかなきゃいけなかったんだけどさ、コロっと忘れてて」 そう言えばクラス中から一斉にブーイングがわき起こる。 「だったらお前やれよ」 「えっ、俺は代表委員やってんだから無理に決まってんだろっ」 押しつけられそうになったソイツと、忘れてた方が悪いと押しつけようとするクラスの大半の声を「めんどくせぇ」と思いつつ聞いていたオレは、いきなりある事実に気づいて大声を上げてしまった。 「あっ!!」 素っ頓狂な声にクラス中がオレを見る。オレはへらりと笑うと手を上げて言った。 「図書委員、オレがやりまーす!」 「えっ、お前が?そう言うの絶対にやりたくないってタイプの超めんどくさがりのお前がっ?」 「…んだよ、それ」 代表委員の言葉にオレはいたく傷ついた。せっかくやってやろうって言うのにそれはないんじゃねぇの? ムッとしたオレが何か言おうとするより先にブレダが言う。 「いいんじゃねぇの?やりたいっていうヤツにやらせりゃ。どうせみんなやりたくないんだろ?」 そう言われればみんな尤もだという顔をする。 「んじゃ、新しい図書委員はハボックに決定な」 結局、ブレダの一言で新しい委員はオレにすんなりときまったのだった。 「さっきはありがとな、ブレダ」 ホームルームが終わって次の授業までの間に、オレは後ろの席のブレダを振り返って言う。肘を突いてだらけた格好をしていたブレダは肩を竦めると言った。 「図書委員会、担当はマスタング先生だもんな」 「あ、バレてた?」 「当たり前だろ」 見え見えなんだよ、とブレダは呆れた声を出す。それでもちゃんと判った上でオレが図書委員になれるよう、助け船を出してくれたブレダの気持ちがオレは嬉しかった。 「ブレダ、大好き」 「………生憎俺にそういう趣味はねぇ。だいたい言う相手が違うだろうが」 「だって今はブレダに言いたかったんだもん」 にこにこと笑って言えばブレダがげんなりとした顔をする。 「まあ、それは聞かなかったことにして」 「ブレダひどい」 「図書委員になったんなら今日は委員会活動があるんだろ?だったら勉強は無理だな」 そう言われてオレははたと思い出した。 「そうだった。ごめん、ブレダ。オレから頼んだのに」 「別に構わねぇよ。委員会がない時にすればいいさ」 「うん、ありがと」 申し訳なさそうにオレが言えばブレダはニヤリと笑ってオレの髪をかき混ぜる。 「先生に売り込んでこい」 「うん、頑張る」 オレはそう言ってブレダに笑い返した。 授業なんてのはいつだって長くてうんざりするけど、今日はまたいっそう長く感じられた。教室の壁に掛けてある時計をいくら見たってちっとも針が進んでない。これ、止まってんじゃねぇのって思ったけど秒針がのろのろと回ってたからとりあえず壊れてる訳じゃないらしかった。 いつもの倍くらいかかって、それでも一日の授業が終わって放課後になる。オレはさっさと帰る帰宅部のブレダと別れて図書委員の活動場所になってる図書室へと向かった。正直試験前くらいにしか来たことのないそこは、オレにとっては馴染みのない空間だ。それでも扉を開けて奥の小部屋に行けば数人の図書委員が来ていた。 「こんちは。新しく3組の図書委員になったハボックっスけど」 「ああ、引っ越してった奴の後がま」 その中の背の高い眼鏡をかけたヤツがオレの言葉に答えて言う。3年のバッチをつけたコイツがどうやら図書委員長らしかった。 「俺は3年のヘスティング。委員長やってる。よろしくな」 「よろしくお願いします」 オレは差し出された手を握り返してヘスティングを見た。オレもかなり背の高い方だと思うけど、コイツはオレと変わらないくらい背が高い。向こうもそう思ったみたいでオレのことを頭のてっぺんからつま先まで見てニヤリと笑った。 「背が高いのはこき使われるぜ。覚悟しとけよ」 うへぇという顔をしたオレに残りの連中もそれぞれに自己紹介してくれる。図書委員なんて本好きの暗いヤツらばかりかと思ってたけど、そうでもなさそうなのでちょっと意外だなと思った時。 ガラリと扉が開いてマスタング先生が入ってくる。先生はオレの顔を見ると驚いたように目を見開いた。 「先生、こいつ、欠員の出てた3組の新しい図書委員です」 「ああ、トミーの代わりか」 ヘスティングの言葉に先生が納得する。 「よろしくお願いしまーす」 オレがそう言って頭を下げれば、先生は笑って下げたオレの頭をくしゃりとかき混ぜた。 「それじゃあさっさと始めてさっさと終わらせようか」 先生がそう言うのを合図にオレ達は会議の席についたのだった。 |
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