個人授業  第二章


 校門のところまで来るとブレダが待っていた。
「おせーよ」
「ごめんごめん」
 オレが早足で近づくとブレダが門に寄りかかっていた体を起こして歩き出す。オレは数歩走るとブレダと並んで歩き出した。
 オレもブレダも帰宅部だ。是非入ってくれと声をかけてくれる運動部もあるが、みんなで力を合わせて一つことをするのも、先輩後輩の柵というやつもめんどくさくてオレはどこの部にも入らなかった。
「陸上部とかだったら個人種目だろ?」
「ただ黙々と走るなんて性に合わないって」
 陸上部ならと勧めるブレダにオレは肩を竦める。大体勧めるブレダ自身だってどこの部にも入ってないんだから勧める方がおかしいと思う。
「俺はいいんだよ。家で色々シュミレーションとかしてっから」
 そう言ってにやりと笑うブレダは家のパソコンのオンラインゲームで戦争やら街づくりやらののシュミレーションゲームをやっていた。面白いから一度やってみろと勧められたけど、戦略やら開発計画やらを考えるのはオレにはどうにも向いてなかった。
「オレだって毎日用事があって忙しいんだ」
 オレがそう言えばブレダは思い切り顔を顰める。
「毎日毎日学校帰りの先生を待ち伏せて物陰から見つめるのが“用事”かよ」
「いいだろっ、別にっ」
 ブレダの言葉にオレが真っ赤になって怒鳴ればブレダは言った。
「せめて声かけろよ」
「えー、理由思いつかない」
「理由なんてどうでもいいだろ。学校じゃ結構話してるくせに」
「そうだけど…」
 オレはそう答えると立ち止まる。もうすぐそこがいつもオレが先生を待っている場所だった。学校だったら気楽に掛けられる声も一歩外へ出てしまうと何故だか口から出てこなくて。オレはいつも背筋をピンと伸ばし、カッカッと小気味のよい靴音を立てて歩いていく先生を見守る事しか出来なかった。
「先生、もう帰りそうだったのか?」
「ううん、まだもう少し書類書くって」
「ふぅん、じゃあ今日はナシだな」
 そう言ってスタスタ歩いていってしまうブレダにオレは慌てる。
「あっ、ブレダ、ちょっと待ってくれたっていいじゃんっ」
「なに言ってるんだよ。やばいから勉強教えろって言ったの、お前だろ。反省文で既に時間食ってるんだからさっさと帰るぞ」
「ブレダァ」
 足を止めて情けない声で呼べばブレダが肩越しに振り返る。待ってくれるのかと思いきや一言「帰る」と言ってどんどん行ってしまうブレダをオレは慌てて追いかけた。
「いいじゃん、ちょっとだけ」
「嫌」
 取り付くしまのない答えにオレが思い切り眉を下げるのを見てブレダが言った。
「………俺のキモチも考えろよな。ガキの頃からの付き合いのヤツが男相手に鼻の下伸ばしてんの、見てらんねぇっての」
 眉を寄せてそう言うブレダにオレは目を瞠る。ブレダがそんな風に思ってるなんて思わなかった。なんだか申し訳なくて俯いて「ごめん」と呟くオレの肩をブレダはバシバシと叩いた。
「別に想うのがいけないって言ってるわけじゃないぜ。お前が先生を好きならそれでいいと思ってるし。でも、やっぱ複雑なんだよなぁ」
 いくら綺麗でも男だし、と言って苦笑するブレダにオレも笑って見せた。オレだって自分が男を好きになるなんて思ってもみなかった。でも、気がついたらあっという間に好きになってたんだ。
 ブレダはニヤリと笑うと「行くぞ」と言って歩き出す。今度はオレも黙ってついていった。

 ブレダの家とオレの家は間に2軒家を挟んだご近所さんだ。2軒の家が建っているところは小さい頃は空き地だったので、オレたちの家の庭みたいなものだった。オレ達はいつも空き地で一日中色んなことをして遊んだのだ。
「おう、入れよ」
 ブレダはガチャガチャと鍵を開けるとオレを中へ通す。ブレダの両親は共働きだったから昼間はブレダ一人のことが多かった。
「先、部屋に行ってて。オレンジジュースとウーロン茶、どっちがいい?」
「ウーロン茶」
「オッケ」
 ブレダがキッチンに行ってガチャガチャやってるのを聞きながらオレは2階に上がっていく。小さい頃からしょっちゅう来ているブレダの部屋に入ると持っていたカバンを隅に放りラグの上に座り込んだ。その辺においてある雑誌を適当に取るとパラパラと捲る。読むともなく雑誌の中の写真を眺めているとブレダがトレイにウーロン茶の入ったグラスと菓子パンを載せて入ってきた。
「こんなのしかなかったけど、いいだろ?」
「十分、つか、これ全部ブレダのおやつだったんじゃねぇの?」
 その体に見合う大食漢であるブレダにちょっとすまなそうに尋ねればブレダがニヤリと笑ってパンを差し出す。遠慮せずにそのうちの一つを取ると早速食べ始めた。
「んで、どの教科がヤバイって?」
もぐもぐとパンを食べながらブレダが聞いてくる。オレは同じようにパンを食べながら答えた。
「んー、全部?」
「……全部?」
 オレの答えに顔を険しくしたブレダにオレは慌てて言う。
「あ、体育は平気!」
「アホかッ!」
 ブレダは手を伸ばしてゴツンとオレの頭を殴った。
「いてぇっ、本気で殴る事ないじゃんっ」
 結構本気だった。マジで痛い。オレが殴られた頭を擦りながら文句を言えばブレダがジロリと睨んでくる。
「アホな事言うからだろ。大体全部ってなんだよ。マスタング先生の科学も?なんで?」
 好きな先生の教科だったら頑張るもんじゃねぇ?と言われたが、オレは目の前の低いテーブルにぺたりと懐くと言った。
「だってさぁ、授業中は先生の顔しか見てねぇもん」
 先生の声を聞いてると、まるで魔法にかかったようにフワフワして夢を見ているような気分になってしまう。気がつけば一時間なんてあっという間だ。オレが吐息混じりにそう言えばブレダがうんざりした顔をする。
「お前なぁ……」
 今だって先生の顔を思い浮かべれば勉強なんてどうでもよくなってしまう。正直にそう言うオレをブレダはじっと見つめていたが、やがてボソリと言った。
「んな事言って、真面目にやらなかったら3年に上がれなくて、マスタング先生ともおさらばだな」
「えっ?!」
 その言葉にギョッとして顔を上げるオレにブレダは澄まして言う。
「多分マスタング先生は俺らの進級と一緒に持ち上がりだろうからな。落第したらそれまでだ」
「冗談ッ!そんなの絶対にヤダッ!」
「だったら真面目にやれ」
 ブレダはそう言うとカバンの中から出した教科書をドカリとテーブルに置いた。何だかんだ言ってブレダはオレの操縦法をよく知ってる。こう言えばオレが嫌でもやる気を出すってよく知ってるんだ。
「で、どれから始める?」
 置いた教科書をポンポンと叩きながら尋ねるブレダを上目遣いに見つめてオレは答える。
「か、科学…」
「おう。まぁ、それが妥当だな。ある程度わかってくれば先生に質問もしやすいだろ」
 色々言いながら結局はいつだってブレダはオレに優しい。オレに兄さんはいないけど、いたらこんな風なのかなといつも思う。
「うん、ありがとう、ブレダ」
 オレはブレダの言葉に頷くと教科書を開いてブレダの説明に耳を傾けた。


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