| 個人授業 第十六章 |
| 夕べは布団に入ったらあっと言う間に朝になったというのに今日はちっとも眠気が訪れない。オレは何度か寝返りをうつと枕元の熊を引き寄せギュッと抱き締めた。 「先生、好き…」 熊の柔らかい毛に顔を埋めてそう呟いてみる。明日オレがそう言ったなら先生はなんと反応するだろう。気持ち悪いと言われてしまうだろうか、それとも一笑に付されておしまいだろうか。正直ダメで元々、ダメでもいつか好きって言って貰えるように頑張るだけだと思ってるけど、やっぱりそうなったらと想像したらちょっぴり涙が出た。 「先生に嫌われて話が出来なくなっちゃったら悲しいな…」 フラレる事自体も辛いけど、今みたいに気楽に話せなくなってしまうのはもっと辛い。でもだからといって好きだと言わずにいるにはもう気持ちが大きくなり過ぎていた。 「先生…」 そう呟いて瞼の裏に浮かんだ先生にむかって、オレは「好き」と囁いた。 「ハボック!」 「うわぁっ、はいッ!!」 急に降ってきた声にオレは文字通り椅子から飛び上がる。見上げればブレダが呆れた顔をして見下ろしていた。 「もう昼休み!メシ食いに行こうぜ、メシ」 そう言われて壁の時計を見ればもう4時間目が終わっていた。 「あれ?いつチャイム鳴ったの?」 「お前なぁ…」 思わずそう尋ねればブレダががっくりと肩を落とす。「もう知らん」と言ってさっさと教室から出ていこうとするブレダの後を、オレは慌てて追いかけた。 「夕べはほとんど眠れなかったんだ」 「へぇ、お前が?珍しいな」 A定食のエビフライをつつきながらオレが言えばブレダがもぐもぐと口を動かしながら目を見開く。はあ、とため息をつくオレにブレダはニヤニヤと笑った。 「なに、もしかしてお前、緊張してんの?」 面白そうに言うブレダをオレは睨んだ。 「当たり前だろっ、今日で決まるんだぞっ」 ずっと抱き締めてきた想いを打ち明けるんだ。緊張しない方がおかしいじゃないか。 ムゥと唇を突き出すオレの髪をブレダはわしわしとかき混ぜる。 「そうだったな、悪かった、悪かった」 オレはフゥとため息をついてブレダを見るとエビフライの皿を押し出した。 「ブレダ、これ食べていいよ」 「えっ、いいのか?」 「なんか喉通らねぇ…」 オレがそう言えばブレダは「じゃあ遠慮なく」と皿を引き寄せて食べ始める。オレの気持ちなんて全然関係ないってブレダにオレはテーブルに突っ伏すと呟いた。 「ブレダ、冷たい…」 「はあ?」 「オレがこんなに苦しんでるのに…」 もうちょっとフォローしてくれてもいいじゃん、とボソリと言えばブレダはうんざりした顔をする。 「あのなぁ、俺にどうしろって言うんだよ。そんなのお前の気の持ちようだろう?俺がどうこう言ったところで変わんねぇよ」 そりゃそうかもしれないけど。 「俺がガンバレーッって言ったら気持ちが軽くなるのか?」 「なんない…」 「だろ?自分で踏ん張るしかねぇんだよ、ハボ」 ブレダはそう言ってオレの髪をポンポンと叩く。そうやって叩くその手は素っ気ない言葉とは裏腹に凄く優しかった。 「うん。踏ん張るよ、オレ」 小さな声でそう言えば、ブレダの手がオレの頭を撫でた。 昼休みが終われば放課後まではあっと言う間だった。ブレダと一緒に学校を出たオレは、午前中よりも更に緊張しているのが自分でも判った。 「ハボ、右手と右足が一緒に出てる」 「え?」 言われて自分の手足を見れば確かに歩き方が妙なことになっていた。 「どうりで歩きづらいと思った…」 ボソリとそう呟けばブレダがやれやれという顔をする。オレの耳をギュッと引っ張って言った。 「お前、その調子で結局言えませんでした、なんて事になって帰ってくるなよ」 う。一番恐れていることをサラリと言われてオレは眉を下げる。そんなことを話しているうちにいつの間にか家の前まで来ていて、ブレダはオレの尻を鞄で思い切り叩いた。 「シャキッとしろ、シャキッと!そんなじゃ上手くいくもんも上手くいかねぇぞ!」 「……なぁ、ブレダ一緒に来てくんない?」 「ジョーダン!んじゃ、結果報告楽しみにしてっからな!」 ブレダはそう言って自分の家に向かって駆けていく。空き地の向こうの家の前に立つと、オレを見て拳固を突き出してから家の中に入っていった。 オレはブレダが家の中に入って暫くしてもまだぼんやりと立っていたが、吹いてきた冷たい風に首を竦めて家の中へと入る。ただいまと声をかけて2階へ上がると制服を着替え抽斗を開けた。抽斗の中には「錬金術のはじまりの本」と昨日買った菓子の箱が入っている。その二つをじっと見つめたオレは大きく息を吸い込んだ。 「よしっ」 今更ここで悩んでたって仕方ない。オレは袋の中に本と菓子をを入れるとそれを手に部屋を出た。今度は出かけてくるねと声をかけ玄関から出る。立ち止まったら歩き出せなくなりそうな気がして、オレは足早に通りを歩いていった。途中花束を買いに花屋に寄った。自慢じゃないけど花なんて全く知らない。とりあえず名前くらい走っている薔薇にしようとして、値札を見たオレは思わず「高っ」と叫んでしまった。慌てて口元を押さえて店の人に聞かれなかっただろうかとあたりを見回す。ちょうど他のお客さんの対応中でオレの声は聞こえていなかった様子に、ホッと胸を撫で下ろしてオレは改めて値札をまじまじと見つめた。 「たっかー、花ってこんなに高いんだ…」 薔薇だけが特別高いのかと思ったけど、他の花の値段もやっぱり高かったので花そのものが高いのだと判った。 「腕いっぱいの花束なんてぜってー無理…」 妹の奴、あんな事言ってたけどアイツにそんなものくれるような彼氏がいるとはとても思えなかった。 「どうしよう…」 別に花束なんてなくても告白はできるけど、なんとなく持っていくと思っていたからないといけないような気がして仕方ない。見つめてたって値段が変わる訳じゃないのだけれど、値札をじっと見つめたまま考え込んでいたオレの耳にかわいらしい声が聞こえた。 「いらっしゃいませ、贈り物ですか?」 「えっ?!」 急にそんな風に言われてオレはびっくりして店員の女性を見つめる。その人はにっこり笑うと言った。 「薔薇でよろしいですか?」 オレが薔薇ばっかりじっと見つめていたからだろう、そう言う女性にオレは困りきってしまう。 「えと、あんまり持ち合わせがないから…」 きっとショボい花束しかできない。そんな風に思っていたらその人が言った。 「ご予算はどれくらいですか?」 「えっ?…えっと、2…3000センズ。でも、それじゃ花束にならないですよね」 もごもごと答えれば女性は笑いながら花に手を伸ばす。 「それだけ出せば綺麗な花束ができますよ。薔薇をベースにお作りしてもよろしいですか?」 「あ、はい」 オレが頷いたのを確認して女性は薔薇や小さな白い花がいっぱいついたのやらを、あちこちの入れ物から抜き取っては一つの束に纏めていった。 「こんな感じでいかがでしょう」 少しして女性が差し出したのは赤い薔薇をベースに色味を合わせていくつかの花を集めて作った花束だった。 「すげぇ…」 思わずそう呟けば女性はにっこりと笑う。根本を纏めて薄紙とセロハンで包むとリボンを結び綺麗な花束に作り上げた。 「ちょっとおまけしておいたから」 そう言って差し出された花束を受け取ってオレは目を丸くする。 「えっ、いいんスか?」 「いいのよ。喜んでくれるといいわね」 言われて漸くオレの顔にも笑みが浮かんだ。代金を払って店を出ると、なんだかうきうきとした気分で先生の家に向かった。 いい気分で歩いては来たものの、さすがに先生の家に着く頃にはやっぱり胸がドキドキとしてきた。大きな家の前に立つと大きく深呼吸する。呼び出しのベルを押すとまるで待ちかまえていたように扉が開いた。 「ハボック!」 先生はオレの顔を見て嬉しそうに笑うと玄関から出てきて門を開けてくれる。オレはドキドキとしながら声がひっくり返らないよう注意して言った。 「こんにちは、先生。早すぎちゃいました?」 「いや、そんなことないよ。そろそろかな、と思っていたところだったから」 先生はそう言ってオレを促す。オレは緊張に乾ききった喉にゴクリと唾を飲み込むと先生の後について家の中へと入っていった。 |
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