個人授業  第十一章


「なあなあ、どう思う?ブレダ」
 オレは熊を抱えたままブレダのベッドに座り込んでブレダに聞く。夕食を済ませてシュミレーションゲームに打ちこでいたブレダは突然のオレの訪問にも「またか」という顔をしただけで、文句も言わずに部屋に通してくれた。
「どう、って。まあ、二人の間でお前の話が出てたってことだろ?」
「オレの話が?なんで?」
 そこが一番判らないと身を乗り出して聞くオレにブレダは素っ気なく「知るかよ」と答える。
「手のかかるろくでもない生徒がいる、とか話してたんじゃね?」
「ええーっ?!なんだよ、それっ?!」
「うるせぇ奴だなぁ。かも、の話だろ。ホントの理由が知りたきゃ先生に聞けよ」
 ブレダにそう言われてオレは熊に顔を埋めて押し黙る。先生に聞けるくらいならこんなところに来ないよ、って思っていたらブレダが目を細めた。
「先生に聞けないからここに来たって言いたそうなツラだな」
「えー、んなこと言ってないじゃん」
 何で判るんだよ、って焦りながらもそう言う。ブレダは肩を竦めると言った。
「お前さ、とっとと先生に言っちまえば?好きですって」
「えっ?!そんなのできるわけないじゃんっ!」
「じゃあずっとこのまんまか?」
「いや、ほら今自分磨いてる途中だしっ」
「いつになったら磨き終わるんだ?」
「えっ?!いやそれはその…」
 しどろもどろになるオレをじっと見つめてブレダが言う。
「オレがお前に自分を磨けっつったのは、それで少しでも自信になって先生に告白できればいいと思ったからだ。単なる時間稼ぎにするならやめろ」
 きっぱりと言う幼馴染みを見返してオレは唇を噛んだ。
「…もうちょっと…。そしたらきっと勇気が湧くから」
 先生にもしもお断りされちゃった時、笑える勇気が。
「そっか。頑張れよ」
 ブレダはそう言って笑うとオレと熊の頭をぽんぽんと叩いた。

 その日の夜は熊を抱きしめて寝た。高校生にもなってって笑われそうだけど、ざわざわした気持ちが落ち着いて眠れるんだからいいじゃないか。そう思って寝たら熊が夢に出てきて「ガンバレー」って飛び跳ねてた。
 翌日、学校ではいつもの通り図書館に行く。年度末が近づいて忙しいのか顔を見せないマスタング先生にオレがため息をついた時、ヘスティングがやってきた。
「ハボック」
「あ、先輩」
 オレを見てホッとしたような顔をするとヘスティングはいつものように一つ椅子をあけて腰を下ろす。本を広げているオレの顔を見つめて言った。
「お前、昨日はあのまま帰ったのか?」
「そうっスよ。オレ、帰るって言いましたよね」
「え?…ああ、まぁそうだけど」
 そう答えながら何となく安心した様子のヘスティングにオレは首を傾げる。オレがあの後一人でやけ食いでもしてるとか思ったんだろうか。そう思いながらヘスティングを見つめれば、委員長は僅かに顔を赤らめて目を逸らした。そうしていつものヘスティングらしからぬ仕草で頭をガシガシと掻くとオレの顔を見つめる。
「あのさ、ハボック。実は、その…」
 これまたらしくなく口ごもるヘスティングをオレがじっと見つめた時。
「すみませーん、カウンター誰もいないんですけどっ」
 本を手に貸出カウンターの前から呼ぶ生徒の姿にオレは立ち上がった。
「ああ、はい。…ったく誰だよ、当番」
 ぶつぶつと文句を言いながらも貸出の手続きをして戻るとヘスティングに聞く。
「すみません、で、なんスか?委員長」
 話の腰を折ってしまったことに詫びを言って続きを促せばヘスティングは顔を顰めた。
「…やっぱ今日はいい」
 そう言うなり立ち上がって図書館を出て行ってしまったヘスティングをオレは目を丸くして見送った。

 遅れてやってきた当番に貸出の仕事を頼んでオレは学校を出る。本でも買いにいこうかと道を歩いていると向こうからやってきた飄々とした姿にオレは足を止めた。ほぼ同時に向こうもオレに気づいた様子で立ち止まる。ヒューズはあのムカつくニヤニヤとした笑いを浮かべると言った。
「よお、ハボック。今日はロイと一緒じゃないのか?」
「アンタこそ先生と一緒じゃないんスか?」
 一緒にいて欲しくないけど。そう思いながらも聞けばヒューズは肩を竦める。
「アイツ、年度末で忙しいみたいでさぁ。せっかく遊びに来てやったのに俺なんてほったらかしよ」
(遊びに来たって……じゃあ一緒に住んでる訳じゃないんだ)
 ヒューズの言葉に思わずホッとしたのが判ったのか、ヒューズは常盤色の瞳に面白そうな色を浮かべて言った。
「なあ、暇ならちょっとオジサンとつきあわねぇ?」
「は?」
「一緒にお茶でもどうよ。ロイのこと、色々知りたいだろ?教えてやるよ」
 そう言うヒューズをオレは食い入るように見つめる。先生のこと。色々知りたいのはホントだけど。
「結構です。知りたいことは自分で先生に聞くっスから」
「へぇ、そっか」
 オレの言葉にヒューズはクスリと笑った。
「まあ、聞きたいことあったらいつでも聞きに来いや」
 ヒューズはそう言って手帳を取り出し番号を書くとオレに破って渡す。受け取らないのも感じが悪いかと受け取ってオレはぺこりと頭を下げて歩きだした。
「またな。頑張れよ、少年!」
 そんな声が後ろから聞こえたけど、オレは振り向きはしなかった。

 もらったメモをポケットに突っ込んでオレは道を歩いていく。駅前の本屋を通り過ぎたオレは記憶を頼りに路地の中へと入っていった。
「あった」
 前に一度来たマオの店。相変わらず薄汚い店は記憶の中のそれとは変わらなくて、突然思い立ってやってきたオレは本に埋め尽くされた狭い通路を店の奥へと入っていった。
「こんちは」
 そう声をかけながら入っていけばマオはあの日と同じようにカウンターの中に座っていた。
「やあ、来たね。そろそろ来る頃かと思ってたよ」
 マオはニィと笑ってそんなことを言う。オレが今日ここに来たのはたまたま思い立っただけなのにまるでオレがここに来るのが必然だったように言うマオにオレは尋ねた。
「ねぇ、マオ。なんかオススメの本、ない?」
「ロイとの話のネタになるような?」
「う……うん」
 まるで見透かしたように言われてオレは仕方なしに頷く。マオは近くの山の中から本を一冊取り出すとオレに渡した。
「錬金術の始まりの本?ってこれ、子供向けじゃないの?」
「お前はまだ子供だろう?」
 そう言われてオレは唇を突き出す。そりゃマオに比べりゃオレなんて全然子供だけどだからってこれはあんまりじゃねぇ、って思っていたらマオはくつくつと笑った。
「いいからもって行きな。絶対役に立つから」
「……いくらっスか?」
「500センズ」
 古い小汚い本がそれで高いのか安いのか判らないけど、少なくとも学生のオレにも払える値段を提示してくれたことに感謝しながらオレは財布からコインを出してカウンターの上に置く。
「まいど」
 マオはそう言って笑うと引き出しを開けてコインを放り込んだ。
「もう一つお前さんにオススメの本があるけど持っていくかね?」
「もうひとつ?なんスか?」
 オレが尋ねればマオはニンマリと笑った。
「恋の呪文の本。この呪文を唱えればたちまち相手の心はお前さんのものだ。どうだい、欲しいだろう?」
「……そんな呪文、あるわけねぇじゃないっスか」
「なぜそう決めつける?世の中にはお前さんの知らないこともたくさんあるんだよ。それにこのマオがインチキな本を薦めるとでも思うかね」
 そう言うマオをオレはまじまじと見つめる。
「ああ、金額のことを気にしてるなら大マケにマケて2千センズで譲ってやろう」
 マオはそう言うと立ち上がり本を探し始めた。オレはギュッと唇を噛んで言う。
「いいっス、マオ。いらないっス」
「どうして?好きな相手がいるんじゃないのかい?」
「いるっスけど…でもいりません。そんなズル、しなくても頑張りますから」
 そう言うオレをマオは意外そうに見つめた。オレは先に買った本を軽く上げると言う。
「これ、ありがとう、マオ。また来るね」
「……ああ、またおいで」
 オレはそう言って笑うマオに手を振って店を出た。


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