そのきゅう


「はいはい、もう泣かないの」
 ハボックは縋りついてくる細い体を抱き締めてポンポンとその背中を叩く。少しして漸く落ち着いてきたと見ると、指でロイの涙を拭って軽々とその体を抱き上げた。
「それじゃあちょっと訓練見てきましょうか」
「私も出るのか?」
 さっき叱られた事を一瞬忘れてそう言ってしまってから、ロイは慌てて口を噤む。その様子にクスリと笑ってハボックは言った。
「見るだけ。せっかく綺麗にしたのにまた汚れちまうでしょ?」
「お前は?」
「今日はもう軍曹に預けちまったしオレも見るだけ。きっとアイツら、アンタがどうしたか気にしてるだろうから顔見せといた方がいいっしょ」
「そうか」
 一人で放っておかれるのではないと判ってロイはホッと息を吐く。尻を腕に載せるように立て抱きに抱かれて、ロイはハボックの肩に手を添えて体を支えながらきょろきょろと辺りを見回した。
「高いな。お前の目にはいつもこんな風に景色が見えているのか?」
 ロイはそう言ってハボックの空色の瞳を覗き込む。
「背ばっかりニョキニョキ伸びて、ガキの頃は脳味噌まで栄養が回ってないだろうってからかわれましたけどね」
 覗き込む黒い瞳にニカッと笑ってハボックが言えば、ロイは慌てて顔を背ける。その耳が真っ赤に染まっている事にはまるで気付かずにハボックは扉から外へ抜けると演習場へと向かった。
「やってるやってる……オレがいる時より真面目にやってるみたいだな」
 遠くに訓練に励む部下たちの姿が見えてハボックは呟く。ちょっと不本意そうに眉を顰めたハボックが近づいてくるのに気づいて、軍曹が手を上げて訓練を止めた。
「悪かったな、軍曹。ちゃんとすすんでる?」
「大丈夫ですよ、隊長。隊長がいる時よりシャカシャカ進んでるくらいです」
 自分で思ったことを口に出して言われて、ハボックは情けなく眉を下げる。その時、側に寄ってきた部下の一人がロイを指差して言った。
「隊長ッ、もしかしてこれ……ッ」
「へ?」
 ふるふると震える指で抱っこした子供を指差す部下にハボックは目を丸くする。
「ロイがどうかしたか?」
「やっぱロイッ!!」
「うそっ、すっげぇ可愛いッ!!」
 口々に叫んでわらわらと寄ってくる部下たちにハボックは思わず後ずさった。
「ちょ……ッ、お前らッ」
「わー、隊長ってば何自分のTシャツなんて着せてるんですか、このスケベっ」
「こんな子に手を出したら犯罪ですからね、隊長っ」
「何バカなこと言ってんだッ!」
 勝手なことを喚きたてる部下たちに辟易してハボックは軍曹に合図してその場から立ち去ろうとする。半身背を向けたハボックの腕の間からロイの長い尻尾がたなびくように揺れて、部下たちが目を丸くした。
「お、尻尾。可愛いじゃないですか!」
 最初は驚いた尻尾もTシャツの裾から揺れているのを見ればなんだか可愛らしい。そう言った部下が何の気なしに尻尾に手を伸ばすのを見て、ハボックはハッとした。
「馬鹿ッ、不用意に触ったら……ッ」
「ギャ―――――ッッ!!」
「えっ?!うわあああああッッ!!」
 ハボックが止めるのが一瞬遅く、バリバリバリと言う凄まじい音と絶叫が演習場に響き渡ったのだった。


2010/04/13


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