そのなな


「まったくもう、言うこと聞くから連れていくって話だった筈っしょ?」
 ジロリと空色の瞳で睨まれてロイは首を竦める。その拍子にポタリと泥が廊下に落ちるのを見てロイがハボックを見上げれば、ハボックの服にも泥が付いていることに気づき、ロイは申し訳なさそうに言った。
「すまん、お前も泥だらけにしてしまった」
「は?ああ、構わないっスよ。どうせ演習やりゃ泥まみれなんスから」
 ロイの言葉に一瞬キョトンとして、それからハボックはニカッと笑う。その笑顔にロイは泥まみれの顔を赤らめて俯いた。
「とにかく綺麗にしちゃいましょ。顔もまともにみえやしない」
 ハボックはそう言って俯いたロイの頬の汚れを大きな手のひらでグイとこする。そうされればロイはますます顔を赤くしたが、泥のおかげでハボックはそのことに気づかなかった。
「さ、シャワー浴びちゃいましょ」
 下士官用のシャワールームの前で立ち止まるとハボックが言う。中に入りハボックはそのままシャワーブースにロイを連れていった。腕の中の細い体を床に下ろして言う。
「さ、服脱ぎましょっか」
 そう言って服を脱がそうとするハボックにロイは飛び上がった。
「なっ、何をするッ?!」
「何って、服脱がないとシャワー浴びられないっしょ?」
「いいいい、いいッッ!服なんて脱がなくてッ!このまま浴びるッ!」
「なに馬鹿言ってんスか。ほら、さっさと脱ぐ!」
 ぎゃあぎゃあ騒いで暴れるロイの抵抗などものともせずにハボックはロイの服を脱がせてしまう。ぬるめのシャワーで泥をザッと流したハボックは、ロイの腕に包帯が巻いてあることに気づいて目を瞠った。
「あれ?怪我?」
「あっ」
 慌てて腕を押さえようとするロイより一瞬早くハボックはロイの腕を掴む。泥でどろどろになった包帯に眉を寄せて言った。
「すっげ、どろどろ。これ一度外しちゃいましょう。ちょっと痛いかもしれないっスけど我慢し───」
「駄目ッ!」
 包帯を外そうとするハボックの手を振り解いてロイは包帯を押さえる。キッと睨んでくる黒い瞳にハボックは眉を下げて言った。
「あのね、痛いかもしれないっスけど、そんな汚いのつけてたらかえって傷に悪いから」
「駄目ったら駄目ッ!!」
 キーッと背中の毛を逆立てる猫のようなロイにハボックはため息をつく。「でも」と言いかけるハボックにロイは言った。
「……大事な包帯なんだッ、お前は覚えてないんだろうけど……ッ」
「え?」
 ロイの言った意味が判らずハボックがキョトンとすればロイが俯く。泥だらけの包帯を握り締めて俯くロイにハボックは優しいため息をついて言った。
「判ったっス。大事な包帯なら解いてロイに返しますから。本当にそのままにしとくのはよくないから、ね?」
 ロイの視線の高さに腰を落として言い聞かせるように言うハボックをロイは上目遣いに見る。にっこりと笑うハボックにロイは泥だらけの包帯を巻いた腕を差し出した。
「イイコっスね、ロイ」
 ハボックは言ってロイの頭を撫でると包帯を解く。もうだいぶ塞がった傷口を見てハボックは言った。
「これならそんなに沁みないかな」
 ハボックは言って外した包帯を丁寧に巻く。それをロイに差し出せばロイはハボックの顔をじっと見つめながら伸ばした手で握り締めた。
「じゃあ洗うっスね」
 ハボックはそう言ってソープを泡立て丁寧に洗ってやる。
「はい、目ぇ瞑ってー」
「………」
 まるで子供をあしらうようなハボックの様子にロイは唇を尖らせたが、それでもおとなしく目を閉じれば柔らかい湯が肌を流れていく感触にホッと息を吐いた。と、その時。
「あ、尻尾洗うの忘れてたっス」
 そう声が聞こえたと思うと尻尾をキュッと掴まれてロイはギャッと飛び上がる。
「ニャーーーッッ!!」
「えっ?う、わ……」
 バリバリバリというもの凄い音と共にハボックの絶叫がシャワールームに響きわたったのだった。


2010/03/20


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