そのさん


「よし、ついたぞ。ここが司令室だ」
 ハボックはそう言って開けた扉から中へと入っていく。興味深そうにきょろきょろと部屋の中を見回すロイを見て、フュリーが目を丸くして言った。
「ハボック少尉、それ、なんですか?」
 薄汚れた顔の中で黒い瞳ばかり輝いている生き物ををフュリーは不思議そうに見る。好奇心に眼鏡の奥の目を輝かせる小柄な曹長を、ハボックの腕の中の生き物は見返して言った。
「私はロイだ」
「わあ、喋るんだ!僕はフュリーです、よろしく」
 フュリーはそう言うと顔と同じように泥に塗れた手を取って握手する。素直な好意にロイと名乗る生き物の頬が僅かに赤くなった。
「なあ、コイツ、犬とかじゃないよな?」
 ハボック達の後から司令室に入ってきたブレダが多少距離を取って言う。ハボックは犬嫌いの友人のそんな態度を見て苦笑した。
「コイツの耳と尻尾はどう見ても猫っぽいけどな。とりあえず中佐に見せてくるわ」
 ハボックはそう言って執務室の扉に歩み寄る。抱っこしたロイがキュッとしがみついてくるのを感じて言った。
「大丈夫、怖い人じゃないから。ちょっとふざけたとこあるけど」
 自分の上司についてサラリと酷い事を言いながらハボックは扉をノックする。そのままガチャリと開ければ中から上司の悲鳴が飛び出してきた。
「ああっ、こら!いきなり開けるなッ!風でエリシアちゃんの写真が飛んじゃうだろうがッ!!」
「………まぁた写真の整理っスか?少しは仕事したらどうです?」
 ハボックは思い切り顔を顰めて言う。机一杯に広げた写真を前に、ヒューズは唇を尖らせた。
「仕方ないだろう、毎日どんどん写真が増えるんだぞ。その都度整理しておかなくちゃ溜まり過ぎて訳が判らなくなっちまうじゃないか」
「どんだけ写真とれば気が済むんスか……」
 ヒューズの言葉にハボックはゲンナリして言う。だが、毎日同じようなやり取りをしている身、すぐに気を取り直すとヒューズに尋ねた。
「そんなことより中佐、この子、見た事あるっスか?」
「エリシアちゃんのことをそんな事とはなんだ、そんな事とは!」
 しっかりハボックの言った事を聞きとがめてヒューズは言う。ハボックが両脇に手を入れて差し出した生き物を見上げて眉を顰めた。
「きったねぇなぁ。どうしたんだ?それ」
「中庭の水溜りに落ちてたの、拾ったんスよ。中佐なら何だか知ってるかと思って」
「中庭の水溜りねぇ。おい、お前、なんて言う名だ?」
 ヒューズは髭に手をやって、ぶらんと宙にぶら下げられた状態になっている生き物を上から下まで見つめて尋ねる。
「私はロイだ」
「ふぅん。だとさ、少尉」
「いや、名前はオレだって聞いたっスけど」
 聞きたいのはそんな事じゃない。そもそも男の子に猫の耳と尻尾が生えているのを見てもこの上司は何とも思わないのだろうか。
「名前が判りゃ十分だろ。拾ったんなら最後まで責任もって面倒みろよ」
「……えっ?!ちょ……ちょっと待ってくださいよッ、中佐!」
 突然そんな事を言われてハボックは慌てる。だが、そんなハボックには構わず、広げた写真を順番に重ねながらヒューズは言った。
「飼えないなら拾ってくるな。それとももう一回捨ててくるか?」
「や……それはちょっと」
 ヒューズの言葉に慌てたようにしがみ付いて来る身体を抱きなおしてハボックは言う。黒い瞳でじっと見つめられれば尚のことそう出来るはずもなく、ハボックは困ったようにヒューズを見た。
「だったら決まりだろ。ロイの面倒はお前が見る。一件落着!」
 ヒューズはそう言うと写真整理の邪魔だとハボックを執務室から追い出してしまう。バタンと背後で閉まった扉にゴンと後頭部を預けたハボックに、待ち構えていたブレダが聞いた。
「おう、中佐、なんだって?何か判ったか?」
「いや、全然……つか、どうすりゃいいんだよ、面倒みろって」
 やはりあの上司に聞いたのが間違いだった。ハボックはそう呟くと困ったように腕の中の生き物の顔を見つめたのだった。


2009/10/12


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