そのにじゅうに


「軍曹、悪いんだけどちょっと抜けてアパート行ってきてもいいかな」
 通りの向こうをじっと見つめていたと思えば何を思いついたのか、突然ハボックが言う。年嵩の軍曹は首にしたタオルで汗を拭いながら言った。
「いいですよ、隊長。どうせもうすぐ昼休みでしょうし」
「でさ、ちょーっと戻ってくるの遅れるかも」
 テヘ、と笑って言うハボックを軍曹はじっと見つめる。それでも仔犬のように期待に空色の瞳を輝かせているのを見れば、軍曹はやれやれとため息をついて言った。
「いいですよ。こっちはさほど大変な事もないでしょうし、慌てずに行ってきて下さい」
「ありがとっ、軍曹!ロイのこと、頼むな!今度奢るから!」
 ハボックは片手で拝むような仕草をするとバッと駆けだして行ってしまう。
「慌てなくていいですよっ、隊長!」
 左右もよく見ず通りに飛び出しそうな勢いに、背の高い背中に向かって叫んだが聞こえたのかどうか、軍曹がため息をついて隊員達に休憩を告げようとした時、足下から声が聞こえた。
「ハボックは?どうかしたのか?」
 見下ろせば黒曜石の瞳が見上げている。軍曹はロイの目線にしゃがんで答えた。
「何かアパートに用事があるみたいです。昼過ぎには戻ると言ってましたよ」
「ふぅん」
 そう聞いてどことなく不安そうなロイの頭を軍曹は優しく撫でる。
「さ、昼飯にしましょうや。お腹すいたでしょう」
 そう言う軍曹に手を引かれて、ロイはハボックが走っていった方をじっと見つめたのだった。


「あ!隊長っ、やっと戻ってきた!」
「ずるいですよ、隊長!サボリ!!」
「中佐に言いつけてやる!!」
 昼休みも終わってだいぶたってから戻ってきたハボックを見て、部下達が騒ぐ。「ごめん、ごめん」と両手を合わせながらハボックは放り出してあったツルハシを手に取った。
「ハボック」
 聞こえた声に振り向いて、ロイに気づいたハボックはにっこりと笑う。
「あ、ロイ。メシ食いました?」
「食べた。何してたんだ?ハボック」
 わざわざ作業を抜け出してまで何をしに行っていたのだろうと疑問に思って聞いたものの、ハボックはロイの頭をくしゃくしゃと掻き混ぜただけで答えないまま作業に戻ってしまった。
「私には言えないこと……?」
 ハボックが何もいってくれなかったことに少なからずショックを覚えて、ロイはツルハシを振るうハボックをぼんやりと見つめていた。


「ご苦労さん、今日はもう帰っていいからな」
 空がオレンジになる頃、ハボックが言うのを聞いてロイは座っていた木の枝から飛び降りる。一緒に帰ろうと、わいわいと道具を片づける部下達の間を縫ってハボックの側に駆け寄ろうとしたロイは、ハボックがロイを待たずに走り出すのを見て慌てて声を上げた。
「ハボック?待って、一緒に───」
 だが、ハボックは振り向きもせず行ってしまう。その背を呆然と見送ったロイは、ポンと頭を叩かれて顔を上げた。
「ロイ、俺と一緒に帰ろう」
「マイク」
 言ってにっこり笑う部下の一人をロイは見つめたが、手を取られて黙って歩き出す。鼻歌を歌いながら通りを歩くマイクに手を引かれながら、ロイはしょんぼりと俯いていた。
(私が邪魔になったのかな)
 作業の間を肩車して見回りさせてくれたりしたが、いい加減面倒になってしまったのだろうか。ロイが泣きそうになって目を瞬かせた時、不意にマイクが足を止めた。
「そうそう、隊長からこれ預かってたんだ」
 マイクはそう言って手にしていた袋からなにやらゴソゴソと取り出す。大きな黒い帽子をロイの頭に載せ黒いマントを羽織らせて、マイクはロイにコウモリの飾りのついたステッキを渡した。
「よし、かわいい魔法使いの出来上がりだ」
「……え?」
 突然のことにロイはポカンとしてマイクを見る。マイクはニッと笑うといつの間にかすぐ近くまで来ていたアパートを指さした。
「ハッピーハロウィン!隊長、待ってるぜ」
 ポンと背中を押して笑うマイクの顔を目をまん丸にして見つめたロイは、コクンと頷いてアパートに向かって走る。階段を一気に駆け上がってハボックの部屋のドアを叩いた。ガチャリと扉が開いてハボックが顔を出す。ロイが部下に預けておいた衣装を着ているのを見て、ハボックはにっこりと笑った。
「ロイ、なんて言うんだっけ?」
「っ!Tr……Trick of treat!」
「Wow, I'm scared!」
 顔を赤くしたロイが大声で言うのに答えて、ハボックはお菓子の包みを差し出す。そのハボックの腕に飛び込んでくるロイを抱き締めて、ハボックは言った。
「作業中に向かいの家にカボチャが飾ってあるのが見えて、ハロウィンだって思い出したんスよ。せっかくロイがいるんだからって慌てて用意したんスけど」
 時間なくて、と言いながらハボックはロイを抱き上げて部屋の中に入る。部屋の中には小さいながらもカボチャのランタンが置かれ、コウモリやゴーストの切り絵が飾り付けられていた。
「晩飯も結局カレーだし」
 と、ハボックは苦笑混じりに言う。急いで手を洗ったロイがテーブルについて待てば、目の前に出されたカレーにはごろごろとした大きなカボチャと、お化けカボチャに切り抜かれた人参が入っていた。
「でも、デザートはパンプキンパイっスから」
 それ作ってたら作業戻るの遅くなっちゃって、とハボックは頭を掻く。
「たいしたもんできなかったっスけど、一応気分だけでも」
 そう言うハボックにロイは泣きそうな顔で笑った。
「ううん、すっごい嬉しい!」
「そっスか?よかったぁ」
 心底ホッとしたように笑みを浮かべるハボックを見て、ロイはゴシゴシと目をこする。そんなロイの頬を伸ばした手で撫でて、ハボックが言った。
「さ、あったかいうちに食いましょう」
「うんっ」
 ハッピーハロウィン!とビールとジュースで乾杯して、二人はランタンの灯りのもと、カボチャのカレーをお腹いっぱい食べたのだった。


2011/10/31


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