霧屋2  第九章


 パーティ会場となっていた広間の片隅に腰を下ろしてロイは広間をぐるりと見回す。パーティに出席していた客達は幾つのグループに分けられ、それぞれにテロリスト達がついて警戒していた。
(このままじゃどうにもならんな)
 ロイはそう考えて眉を顰める。人質の大多数は民間人だ。腕に覚えのある者もいないとは言い切れないが、銃を持ったテロリスト相手では無力と言っていいだろう。かく言うロイとて発火布も銃も取り上げられた状況では他の人質と大差なかった。
(司令部にも、もう連絡がいっている頃か)
 そうなれば実質指揮を執るのはホークアイだろう。そう考えてからロイはもう一人の金髪の部下のことを思い浮かべた。
(ハボックの奴はどうしてるだろう)
 二時間したら迎えにくることになっていた。煙草を咥えた姿を思い出したロイは、不意にムカムカとして眉間の皺を
深めた。
(だから一時間で帰ると言ったんだ)
 あの時ハボックが素直に頷いて一時間で迎えに来ていれば人質になどならなくて済んだ。事件解決の陣頭指揮に当たれたのにと、ロイは脳裏に浮かんだハボックに向かって五回ほど指を打ち鳴らした。
(フン)
 前髪を燃やしたハボックが“ひでェ”と喚きたてるのを頭の中から閉め出してロイは考える。大人しく黙って助け出されるのをじっと待つのはどうにも性に合わなかった。
(人質の数が多すぎるな)
 おそらく司令部でもそう考えるだろう。ゾラ達がなにを要求したのかはっきりとしたことは判らないが、交渉の条件として人質の一部解放を求めるのは間違いなかった。
(解放を求めるのは女性と年輩者か)
 その要求をテロリスト達が飲んだとしたら少しでもこちらに有利なように残す人質を選ばせるのがロイの役目だろう。怯えきった表情で身を寄せあっている女性客や疲れた顔で座り込んでいる年輩の招待客の顔を順繰りに見ていたロイは、すぐ隣に座るガーランドの娘をチラリと見やった。
(マレーネと言ったか……意外だったな)
 地味な容姿から気の弱い大人しい娘だと思っていた。だが、テロリストに銃を向けられても動じない度胸は賞賛に値した。
(私もまだまだだな。見かけに惑わされるとは)
 ロイがそう思った時、マレーネが不意にロイを見る。視線が合って、マレーネは薄く笑みを浮かべた。
「これからどうなるんでしょう」
 小声でそう尋ねてくるマレーネにロイは答える。
「何を要求しているにせよ、我々を盾に軍に要求を飲ませるつもりでしょうね。もっとも軍もそう簡単に要求を飲むとは思いませんが」
「私たち、殺されてしまうのかしら」
「まさか」
 マレーネの言葉をロイは即座に否定した。
「私がそんなことはさせませんよ」
 安心させるようにきっぱりと言い切ってからロイはマレーネを見つめる。一呼吸おいてから続けた。
「怖いですか?」
 そう聞かれてマレーネは目を丸くする。それから少し考えて答えた。
「不謹慎だと思われるかもしれませんけど、私、なんだかワクワクしてるんです。マスタング大佐や大佐の部下の方達が事件を解決するのを間近で見られるんですもの」
 マレーネの答えに今度はロイが目を丸くする。次の瞬間プッと吹き出すとクスクスと笑った。
「なんとも肝の据わったお嬢さんだ」
 クックッと笑うロイにマレーネが顔を赤らめる。それでもロイにつられたようにマレーネがクスクスと笑った、その時。
 ガウンッ!という銃声が響いてロイ達のすぐ近くのテーブルに置かれたグラスが砕け散る。短い悲鳴が上がる中、ゾラが足音も荒く近づいてきた。
「随分余裕があるようだな、マスタング大佐?」
 ゾラは言いながらロイとマレーネをジロリと()め付ける。ロイは何でもないように肩を竦めて答えた。
「私はただ彼女の気持ちを少しでも楽にしてあげようと話をしていただけだよ。女性にしてみたらこんなに恐ろしい状況はないだろうからね」
「……フン、相変わらずすかした野郎だ」
 ゾラは吐き捨てるように言って広間の中央へ戻っていく。その背を見送ってマレーネが言った。
「随分気の短い男ですね」
「ええ。昔からちっとも変わってませんよ」
 ロイは答えながら目を細めてゾラを見つめた。


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