霧屋2  第八章


「中尉ッ!」
 バンッと扉を壊しそうな勢いでハボックが司令室に飛び込んでくる。大部屋の机の上に広げたガーランド邸の見取り図を覗き込んでいたホークアイが、顔を上げてハボックを見た。
「ハボック少尉」
「なんか判ったっスか?」
 ハボックは机の間をすり抜けてホークアイの側へ近寄る。ホークアイと共に見取り図を見ていたファルマンが数枚の書類をハボックに差し出した。
「立てこもったテロリストの数は八名乃至十名、主犯はゾラ・ウェイダー。目的は現在拘留中の仲間の釈放よ」
 渡された書類をめくっているハボックにホークアイが言う。ゾラという名を聞いて、ハボックは思い切り顔を顰めた。
「ゾラ・ウェイダーってもしかして一年前の?」
「ええ、そう。中央会議所爆破未遂事件の首謀者」
 心の片隅で否定して欲しいと思っていた気持ちとは裏腹に、はっきりと肯定されてハボックはハアとため息をつく。咥えた煙草を情けなく唇の端にひっかけてハボックは言った。
「それって拙くねぇっスか?アイツ、大佐のこと恨んでるっしょ?」
 今から一年ほど前、テロリストが中央会議所の爆破を企てた事があった。幸い未然に防ぐことは出来たものの首謀者であるゾラを取り逃がし、ゾラは逃げる際ロイの錬金術で酷い傷を負ったのだった。
「そうね。大佐のことだから余計な事言うでしょうし」
「中尉ぃ〜」
 そんなことはない、心配するなと言うどころか、さらりと不安を煽るようなことを平気で口にするホークアイをハボックは恨めしげに見つめる。眉を下げた情けない顔を見てホークアイはクスリと笑った。
「心配なら一刻も早く助け出しなさい」
「───そっスね」
 確かにそれが一番だとハボックは頷く。その時、扉が開いてブレダが司令室に戻ってきた。
「中尉、憲兵隊とオレんとこの小隊とでガーランド邸の包囲を開始します──お、ハボ。戻ってたんか」
「ああ、お疲れ、ブレダ。ホントは帰るところだったんだろ?」
 そう言えばブレダが思い切り顔を顰める。
「帰ってビール飲むつもりだったんだ。チキショウ、テロリストめ」
 ガッデム!と指を立てて唸るブレダにハボックが笑う。ホークアイは笑うハボックの横顔をじっと見つめた。
「ハボック少尉、一つ貴方に確かめたいことがあるのだけど」
「へ?確かめたいこと?」
 唐突にそんなことを言われてハボックは目を丸くする。なにを言われるのだろうと興味津々といった体(てい)で見つめてくる空色を真っ直ぐに見つめて、ホークアイは言った。
「霧屋は貴方ね?」
「ッッ?!」
 ズバリと言われてハボックは驚きのあまりヒュッと息を吸い込んでしまう。己の煙草の煙に噎せてゲホゲホと咳き込み否定も肯定も出来ないでいる内に、ブレダが目を丸くして言った。
「霧屋って、例の正体の判らない何でも屋ですか?」
「どう言うことです?一体」
 ブレダに続いてファルマンも細い目を目一杯開いて言う。皆に見つめられて机の陰にしゃがみ込んだハボックが両手で顔を覆うのを見て、ホークアイが楽しそうに言った。
「内緒?」
「……内緒っス」
 ハボックはため息混じりに答えて立ち上がる。見つめてくる鳶色を見返してハボックは尋ねた。
「どうして判ったんスか?大佐も言わなかったっしょ?」
 ハボックが国家錬金術師並みの錬金術師であることは軍のごく一部の者しか知らない機密事項だ。ロイにハボックの力がバレた事件でも、ハボックがやったことは全てロイの錬金術によるものとして処理されていた筈だった。
「女の勘かしら」
 そう言うホークアイをハボックは胡散臭げに見つめる。その視線にホークアイは肩を竦めて言った。
「大佐の錬金術とは性質がかけ離れてるわ。薬を作った錬金術師がやったとは考えづらいし、あとあそこにいたのは貴方だけでしょう?」
 ヒューズ中佐が来たのも怪しかったし、とホークアイが言えばハボックが思い切り舌打ちする。ブツブツと中央勤務の上官を罵るハボックに笑みを浮かべていたホークアイは、その笑みを綺麗に消し去って見取り図を指で叩いた。
「とにかく事は一刻を争うわ。使えるものは何でも使います、いいわね、少尉」
「アイ・マァム……でも、内密に頼んます」
 これが元でロイの側にいられなくなっては堪らない。そう言うハボックの気持ちも理解出来て、ホークアイは頷いた。
「それで?人質は、客は何人残ってるんスか?」
「パーティに招待された客は百五十人、ですが欠席や顔だけ出して帰った客もいたようで、実際事件が起こった時にいたのは百十名ほどのようです」
「それでも百人もいるのかよ」
 ファルマンの説明にハボックがうんざりと言う。それを聞いてブレダが言った。
「人数を間引かせた方がいいですね。どうせアチラさんも大人数じゃ面倒見切れないでしょ?」
 百名からの人質を把握するのは幾ら素人相手とはいえテロリスト達にも負担は大きいだろう。ブレダの言葉にホークアイも頷けばハボックが言った。
「大佐のこと解放してくれないかなぁ……」
「期待するだけ無駄ね」
 儚い希望をピシャリと叩き潰すホークアイに、ハボックはがっくりと肩を落としたのだった。


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