霧屋2  第七章


 カチャリと司令室の扉を開けてホークアイはファイルを手に中に入る。どうやら残業で残っていたらしいブレダが受話器を手に緊張した声でやりとりをしているのを見て、ホークアイは綺麗な眉を寄せた。
「ブレダ少尉?」
 ブレダが受話器を置くのと同時にホークアイは問いかける。背後から聞こえた声に慌てて振り向いたブレダは、ホークアイの顔を見て一瞬「あれ?」と目を見開いた後、納得したように頷いた。
「今夜の夜勤、中尉だったんですね」
「なにがあったの、少尉?」
 答える代わりに頷いてホークアイは先を促す。ブレダは緊張した面もちで電話の合間に走り書きしたメモを見ながら言った。
「憲兵隊からの連絡です。ガーランド議員の屋敷にテロリストが乱入、議員とパーティの客を人質に立てこもっているそうです。目的や人数はまだ不明ですが」
「ガーランド議員の屋敷ですって?」
「中尉」
 黒髪の上司の顔を二人して思い描く。ホークアイは壁の時計を見て眉を寄せた。
「中にいるわね」
「とっとと帰っちまったってことはないですか?」
「ハボック少尉なら半分は我慢して出ろと言うでしょう。そうしないと私が怒ると言ってね」
 上司と部下の行動パターンをよく把握してそう言い切るホークアイにブレダは苦笑する。だが、すぐに笑みを消して真剣な表情を浮かべて言った。
「ハボが現地にいるっていう可能性は?」
「時間的に微妙なところね。すぐファルマン准尉とフュリー曹長にも召集をかけて。貴方は隊を率いてすぐ出られるように」
「アイ・マァム!」
 ホークアイの言葉にブレダは敬礼で返して残りのメンバーに連絡を取り、そのまま小隊の詰め所に向かう。ホークアイは通信室に連絡を入れ、軍用車に取り付けられている無線と連絡を取るための無線機を持ってこさせた。
「ハボック少尉、そこにいるの?」
 周波数を合わせハボックに呼びかける。金髪の陽気な男が無線に出てくるのを、ホークアイはザリザリと耳障りな音を立てる無線機を睨みつけて待っていた。


 ハボックはヘッドライトに照らし出される夜の街を見つめながら危なげない手つきでハンドルを回す。角を曲がりガーランド邸の近くまできたハボックは、訝しげに眉を寄せた。
「なんだ……?」
 ハボックはそう呟いて車のスピードを緩める。数十メートル先に屋敷の入口が見えるところで車を止めたハボックは、ハンドルに両腕を載せて前方を睨みつけた。
「憲兵がいない」
 ロイを送ってきたときには居た見回りの憲兵の姿が見えないことに気づき、ハボックは眉を顰める。よく耳を澄ませば、普段ならこの時分聞こえてくる筈の室内楽の調べも聞こえなかった。
「なんか起きたか?」
 正直ここからでは全く様子が判らない。パーティが行われている母屋の入口はまだずっと奥だ。どうするかとハボックがハンドルに凭れたまま考えていると、突然車の無線がザザザと耳障りな音を立て、聞きなれた声を吐き出した。
『ハボック少尉、そこにいるの?』
 ハボックはマイクを取り上げると同時にパチンとスイッチを入れる。
「ハボックっス。なんかありました?中尉」
『今どこかしら?』
「ガーランドの屋敷の入口が見えるとこに車停めてます」
 ハボックは答えてホークアイの言葉を待つ。
『テロリストがガーランド邸に侵入、議員とパーティの客たちを人質に立てこもってるわ』
「テロリストぉ?」
 返ってきた言葉にハボックは素っ頓狂な声を上げる。ハアアとため息をついてシートに寄りかかった。
「なんだって今日、ここでなんだ?」
 パーティは今日でなくても昨日か明日でも開かれていたし、この屋敷以外の場所でも行われていた。それなのに選りに選って今夜、この場所を選んだテロリスト達をハボックは殴ってやりたかった。
『そこから中の様子は判る?少尉』
 ハボックの気持ちを察しているのかいないのか、普段と変わらぬホークアイの声が聞こえて、ハボックはマイクを握り直した。
「いや、残念っスけどここからじゃ全然判らないっスね。母屋の入口はもう少し奥だし、ここ、結構木が茂ってるんスよ」
 鬱陶しいとハボックは夜闇にざわざわと揺れる木の枝を睨みつける。ハボックはホークアイが何かいう前に先に口を開いた。
「中尉、一度そっちに戻ります。ここにいてもよく判んないし、大佐に即危険が及ぶってこともないっしょ?」
 わざわざ大勢の客がいるパーティ会場を狙ったのだ。それなりに目的があるはずで、もしそうならロイの身にすぐさま危険が及ぶとは考えにくかった。
『……そうね、隊を動かすにせよ動かさないにせよ、一度戻って貰った方がいいわね』
「アイ・マァム、すぐ戻ります」
 ハボックは答えて無線のスイッチを切りマイクを戻す。Uターンするかと一瞬考えてからそのまま前へと車を進めた。怪しまれない程度の速度を保ったままガーランド邸の入口の前を通過する。黒い木々の隙間から微かに灯りと思しきものが見えたものの、それ以外は全くなにも判らないまま車はガーランド邸の前を通り過ぎた。
「チキショウ、ケース、持ってきておくんだった」
 彼を“霧屋”たらしめる錬成陣を描いた煙草の入ったケースは司令部の机の中だ。常日頃、上官には口を酸っぱくして「発火布を持ち歩け」と言っているのに、自分がこれではロイになんと言われても反論のしようがない。
「余計な事して危ない目に遭ってなきゃいいけど」
 ロイの性格を考えると幾ら心配してもしたりない気がする。行くのを渋っていたパーティに行かせるんじゃなかったと、今更しても仕方ない後悔をしてハボックはため息を零す。
「オレが行くまでイイコにしててくださいよ、大佐」
 ハボックはアクセルを踏み込んでスピードを上げると司令部に向かって猛スピードで車を走らせた。


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