霧屋2  第十章


 ロイ自身が事件に巻き込まれ人質となっていることから、上層部の指示に従いホークアイが実質的なテロリストとの交渉を担当する。ブレダは隊を率いてガーランド邸に向かい憲兵隊と共にテロリスト達が立てこもった母屋を包囲した。
「んで、オレはなにをすれば?」
 小隊を率いて出るわけでもなく待機を命じられたハボックが聞く。ホークアイはテロリストとの直接交渉の準備を進めながら答えた。
「まだここにいて頂戴。今後の進捗状況によって決めるわ」
「アイ・マァム」
 ハボックが錬金術師であることは伏せておかなければならない。そうであれば最初からむやみにその力を使わせるわけには行かなかった。
(大佐、怒ってんだろうな)
 ハボックは窓辺に寄りかかり煙草の煙を吐き出して思う。なかなか思うように身動きがとれず、人質にその身を甘んじて苛々しているであろうロイの姿が目に浮かんで、ハボックはため息をついた。
「少尉」
「はい」
 ホークアイが呼ぶ声にハボックは窓辺から離れる。
「交渉、ここからするんスか?」
「上はそうしろって言うけど、やっぱり向こうに行くことにしたわ。ここだと外野が煩いし、まだるっこしいし」
 肩を竦めてホークアイが言えばハボックがニヤニヤと笑う。ジロリと睨んでくる鳶色にハボックは言った。
「いや、しっかり上官のやること見てるなぁって」
「あら、私はあんな風に闇雲に突進しないわよ」
「そうっスね」
 身の保全の為に同意しているらしいハボックをホークアイはもう一度睨む。だが、すぐにその表情を消して、通信機器のチェックをしていたフュリーに視線を移した。
「行けるかしら、曹長」
「いつでもオッケーです!」
「ファルマン准尉、後をお願い」
「了解しました」
 きびきびと声をかけて最後にホークアイはぐるりと見回す。その顔にロイと同じ種類の笑みを浮かべて言った。
「テロリスト達に馬鹿なことをしたと後悔させてやりましょう」
「「「アイ・マァム!!」」」
 一斉に返る声に頷いて、ホークアイはハボック達を引き連れて司令室を後にした。


「中尉」
 近づいてくるすらりと背筋の伸びた姿にブレダが声をかける。その後から機材を手にやってくるハボックとフュリーに頷いて、ブレダはホークアイを見た。
「やっぱりこっちがベースですか?」
「向こうじゃタイムラグがあるでしょう」
「煩いのがいますしね」
 ホークアイはそれには答えず、木々の間に見える母屋を見やる。
「状況は?」
「特に動きはありません。向こうも交渉が始まるのを待ってるんでしょう」
「なら、早速始めましょうか」
 そう言ってホークアイはフュリーを見る。フュリーが頷くのを見ると、スイッチに手を伸ばした。


(そろそろ始まる時分か)
 ロイは隠しから取り出した銀時計を見て思う。パチンと蓋を閉め元に戻すと、ロイは傍らのマレーネを見た。
「少しお伺いしたいのですが」
「はい、なんでしょう」
 ロイの声にマレーネが俯けていた顔を上げる。その瞳に怯えるような色は全く見受けられないのを頼もしく思いながらロイは言った。
「今夜のパーティーのゲストですが、どの程度ご存知ですか?」
「どの程度?」
 ロイが何を求めているのか、探るように問い返せばロイが答える。
「これから始まる交渉で人質の解放を軍は求めてくるでしょう、テロリストたちもある程度はそれに応じる筈だ。解放する人質を全部でないにしろこちらで人選出来れば多少と言えど動きやすくなる」
「つまりキャーキャー怯えて騒ぐだけの女性や、ショックで心臓発作を起こしそうな高齢者は早く解放させたいと言うことでしょうか」
 小首を傾げてマレーネが言うのを聞いて、ロイは込み上げる笑いをなんとか押さえ込んだ。
「私、変なことを言いましたかしら」
 それでも微妙な表情を浮かべるロイが笑いをこらえているのだと察して尋ねてくるマレーネをロイは楽しそうに見る。
「いいえ、正しくその通りです。それでもし貴方がゲストの事をご存知であれば、それを参考に出来るかと思ったのですが」
「ゲスト全部と言うわけにはいきませんけれど」
 マレーネは言って広間に座らされている客の方へ顔を向けた。
「あちらの窓際に固まって座っている女性達は女性や子供の人権を守る為に活動されてる方々ですけど、早々に解放して貰うのがいいかと思います」
「何故です?そういう活動に従事している人なら意志も強くてこういう状況にも対処出来るのでは?」
 何を根拠にしているのかとロイが尋ねればマレーネが眉を寄せる。
「ここだけの話ですけれど、彼女たちとてもヒステリックで……時間が経って鬱憤がたまってきたら何を言い出すか判りませんわ」
 ヒソヒソと声を潜めて言うマレーネの言葉をロイはなる程と受け止める。己の主張が絶対正しいと思い込んで状況も弁えずに振る舞えばテロリストたちを悪戯に刺激するばかりだろう。ロイが納得して頷くのを見て、マレーネは続けた。
「あちらのシャンデリアの下のご老人は退役軍人です。お年は召してらっしゃいますけど、そこいらの若い男性より余程頼りになります。それから」
 自分の持つ情報を元に的確なアドバイスを続けるマレーネの言葉を注意深く聞きながら、ロイは考えを纏めていった。


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