| 霧屋2 第五章 |
| 「それでね、マスタング大佐」 「あら、今度は私(わたくし)がお話を聞いて頂く番よ」 「どうぞ順番に。まだ時間はたっぷりありますし、私はみなさんのお話を伺いたいですから」 ひっきりなしに話しかけてくる女性たちを相手にロイはにっこりと笑う。つまらないと思っていたパーティもこうして美しく着飾った女性たちと和やかに話していれば、それなりに楽しくロイはそこそこいい時間を過ごしていると思った。 (ハボックと過ごすのも楽しいがやはり女性はいいものだな) 偶の休日、なにか特別な事をするわけでなくても、ハボックと一緒の空間で過ごすのは気持ちがいい。黙ったままでいてもたわいない話をしても二人の間にあるのは穏やかで満たされた空気で、ロイはその空気に癒されている自分を感じる。勿論ハボックが作ってくれたスコーンでお茶をしたりすればそれはまた格別だ。昼間の穏やかな時間も夜の濃密なそれも、ロイにとってなくてはならない大切なものだった。だが、それとは別にこうして華やかな女性たちと過ごすのも大切であり楽しいのも事実だった。 (まあ、羽目を外さなければハボックもそうそう怒りはしないだろう) 頭に浮かんだ顔が睨んでくるのに背を向けて、ロイは女性たちと楽しい会話を続けた。 ガーランドはイーストシティ市議会でも古参の議員であると同時に古くからの土地の名士でもある。それ故その邸宅もその地位に恥じぬ立派なものであった。古くからの母屋に加え広い敷地に幾つかの比較的新しい建物が建っている。今夜のパーティは小さな森を模したように作られた立派な木々が立ち並ぶ庭に囲まれた母屋で行われていたが、今、その木々の間を静かに移動する幾つもの影があった。よく見ればそれは何人もの屈強な男たちで、黒い潜入服で身を包んでいる為影のように見えたものだった。 男たちは無言のまま庭を抜けて母屋に近づいていく。昼の明かりの中では枝葉の緑が美しい立派な木々も、夜ともなれば暗く沈んで男たちの影を包み込み、潜入を手助けする役にしかたたなかった。それでも母屋が近くなれば木々は疎らになり照明の灯りも射してくる。先頭を行く男は木々に隠れて近寄れるギリギリのところまでくると仲間に止まるよう合図した。木々の間から母屋の入口の様子を伺う男に、もう一人別の男が近づいてくる。男は先頭に立っていた男と並んで母屋の様子を伺いながら低い声で言った。 「どうだ?様子は」 「事前に調べた通りだ。警備は手薄ですぐ片が付きそうだな」 「それならさっさと行こうぜ」 後からきた男はそう言うと足下に落ちていた石を拾い警備員の向こうへと投げる。カンッ、カラ……と乾いた音を立てて転がった石の方に体を向けた警備員は、暗闇の覗き込むようにして銃を構えた。 「誰かそこにいるのかッ?」 「おい、どうした?」 「今そこで物音が」 二人の警備員が持ち場を離れ暗く沈んだ建物の影へと近寄っていく。その瞬間、背後に聞こえた足音に振り向く間もなく、警備員たちは昏倒し地面に沈み込んだ。 「まったく、襲われるってことは想定外なのかね」 「本来なら憲兵が屋敷の周りを巡回してるからな」 警備員を簡単にのした男が呆れたように言えばもう一人が答える。 「最初はどんなに志が高くても、ずっとそれを持ち続けられるとは限らない」 「金に目が眩んで巡回を放棄するような奴が持っている志なんてたかがしれてるな」 金を積んで憲兵を遠ざけた男たちは嘲るようにそう言い合うと木々の影に隠れた仲間たちに合図を送り、守るものがいなくなった扉から中へと入っていった。 「まだあと三十分もあるのか」 ロイは隠しから取り出した銀時計で時間を確かめて呟く。パチンと蓋を閉めた時計を戻しながら、ロイはため息をついた。 最初のうちは女性たちとの会話を楽しんでいたロイだったが、元々ガーランドのパーティと言う場が好きなわけではない。それにそろそろハボック手製のクレープが食べたくなってきたこともあり、ハボックが迎えにくるまでの残り三十分、玄関先で待っていようとロイが広間から出ようと思った時、ガーランドの大声が聞こえた。 「みなさん、食事や飲み物は楽しんで頂けておりますでしょうか。ここからはイーストシティ室内楽団の調べを聞きながら楽しくお過ごし下さい」 ガーランドがそう言うと同時にカルテットが奏でる曲が広間に流れる。そうすればそこここで手を取りあった男女が曲にあわせて体を揺らし始めた。ロイに向かっても何人もの美女がダンスに誘って欲しいと視線を送ってくる。ロイは広間から出るタイミングを逸してしまった事を内心忌々しく思いながらも、顔にはにこやかな笑みを浮かべて広間の中を見回した。 (誰を最初にダンスに誘っても後々いろいろ言われそうだが) パーティで一番にロイにダンスに誘われたのは私だだの、一番長く踊って貰ったのは私だだの、自慢話が大声での罵りあいになったのはつい最近のことだ。それを思い出したロイがやはり帰ってしまおうかと思ったとき、壁際に佇むガーランドの娘の姿に気づいた。ロイは一拍考えて娘に近づいていく。俯く娘の前に立つとにこやかに笑って話しかけた。 「一曲お相手ねがえますか?」 「えっ?」 ロイの声に弾かれたように娘が顔を上げる。目の前に立つロイを見て目を丸くする娘の前に、ロイは促すように手を差し出した。 「よっ、喜んでッ」 真っ赤になって娘が差し出されたロイの手の上に己の手を重ねる。二人が手を取り合って広間の中央へ出ようとしたまさにその時。 バンッと広間の扉が乱暴に開いて、黒ずくめの男たちが飛び込んできたのだった。 |
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