霧屋2  第四章


「大佐、着いたっスよ」
 ハボックは車を屋敷のエントランスにつけると後部座席のロイに言って車を降りる。グルリと回ってロイが座る側の扉を開けたものの、動く気配のないロイにハボックは車の中を覗き込んだ。
「寝てるんスか?大佐?」
「寝てたらこのまま連れて帰ってくれるか?」
 ちらりと横目でハボックを見上げてロイが言う。ハボックは呆れたため息をついて答えた。
「アンタねぇ……。くだらないこと言ってないで、後つかえてるんスから」
 屋敷のエントランスでは今夜のパーティの招待客達を乗せた車が列をなしている。ロイはげっそりとしたため息をつくと渋々と車を降りた。
「パーティ終了は十一時でしたね。三十分前に車回しますから」
「八時に回せ」
「八時って……一時間しかいない気っスか?」
 パーティは七時からだ。始まって早々に帰るつもりらしいロイにハボックは言った。
「せめて半分はいて下さいよ、でないと中尉に怒られちまう。じゃあ九時に回しますから」
そ う言えば不服そうに睨んでくる黒曜石にハボックは笑みを浮かべる。
「帰ったらすぐ入れるように風呂沸かして、ハーブティー冷やしてクレープの用意しておくっスから。アイスとフルーツ包んで食べましょ?一度帰って準備する時間下さい」
 ね?と首を傾げるハボックにロイは仕方なさそうに頷いた。その口元がクレープと聞いて弛みそうになるのを必死に不機嫌を装うとしていることに気づいて、ハボックがクスリと笑う。その途端ジロリと睨まれて、ハボックは慌ててロイを入口へと促した。
「いらっしゃいませ。お待ちしておりました、マスタング大佐」
 迎えに出てくる執事にロイを任せてハボックは運転席へ回る。チラリと振り向くロイに軽く手を振って、ハボックは車に乗り込むとがーランドの屋敷を後にした。


(相変わらず無駄にデカイ屋敷だ)
 案内に続いて屋敷の廊下を歩きながらロイはそう思う。パーティを開く事を目的として作られたとしか思えないだだっ広い広間に足を踏み入れれば、途端にガーランドが娘を引き連れて近づいてきた。
(来やがったか)
 満面に笑みを浮かべる親娘を見てロイは内心げんなりする。そんなロイの心情には全く気づかず、ガーランドは両腕を大きく広げて歓迎の意を示した。
「ようこそ、マスタング大佐。お越し頂けて嬉しいです」
 ガーランドは広げていた腕をロイに差しだし握手を求める。内心嫌々ながらも、笑みを浮かべて差し出された手を握り返しながらロイは言った。
「ご招待ありがとうございます。相変わらず盛大なパーティですね」
 ロイの言葉にガーランドは嬉しそうに笑う。隣に立つ娘をロイの方へ押し出して言った。
「ほら、お前も挨拶をせんか」
 ロイの方へ押し出されてガーランドの娘は恥ずかしそうに頬を染めて俯く。ロイはうんざりとした内心を顔には出さず、俯く娘の手を取った。
「こんばんは、素敵なドレスですね」
 そう言って娘の手にチュッとキスを落としにっこりと笑う。それだけで娘は赤かった顔を更に真っ赤に染めて、しどろもどろに挨拶と礼の言葉を口にした。
「このドレスなら娘もマスタング大佐と並んで見劣りしないと思いましてな!今夜も是非娘と踊ってやって下さい!」
 真っ赤になって殆ど口もきけない娘とは対照的にガーランドは笑いながらロイに話し続ける。いい加減うんざりとしたロイはガーランドの背後を指して言った。
「ああ、ほら。お客様のようですよ。私は構いませんからどうぞお嬢さんと一緒にあちらへ」
 ロイは笑ってそう言うと二人を促す。ガーランドは渋々としながらも「では後ほど」とロイから離れていった。
「……ったく」
 ロイは声が聞こえない距離まで離れたところで忌々しく呟く。正直あの親娘は鬱陶しい以外の何者でもなかった。
「大体どうしてあの親にあんな娘が出来るんだ?」
 よく言えば社交的で押しの強いガーランドに対し、その娘は至極おとなしい性質だった。容姿も地味でお世辞にも美人とは言い難い。派手で美しいドレスも彼女が着るとかえってその容姿の凡庸さを強調するだけだった。
「せめて会話が楽しければまだいいんだが」
 ロイとて女性とすごすのが嫌いなわけではない。ハボックとは恋人同士ではあったが、女性と楽しむのはまた別の問題で、会話や雰囲気を楽しむためのデートするのは特定の相手が出来た今でも大好きだった。
「つまらんパーティに参加してやってるんだ、せめて楽しく過ごそう。あと二時間でクレープだしな」
 ものすごく自分本位な事を呟いて、ロイはチラチラと秋波を送ってくる有名女優の方へ歩いていった。


「さて、急いで準備しなきゃ」
 ハボックはガーランドの屋敷から直接家に戻ると手早く準備を始める。クレープの生地用の粉や砂糖を計り、挟み込むフルーツをスライスして冷蔵庫に放り込むとハーブティーを淹れた。まだ熱いポットを氷水を張ったボールに浸けて風呂の準備をする。てきぱきと済ませれば思いの外時間が余って、ハボックはパンにハムやレタスを挟み込んで大きなサンドイッチを作るとビールの缶を片手にソファーに座り込んだ。
「また女の子たち相手に愛想振りまいてんじゃなきゃいいけど」
 こうして一緒に住んでいても相変わらず女性が好きな恋人を想ってハボックはため息をつく。
『だって、楽しいじゃないか。男の私たちとは全く別の視点や考え方を持っていて話していると色んな事に気づかされるぞ』
 以前、どうして女性とデートするのかと聞いたとき、ロイはまるで悪びれた様子もなくそう答えた。ロイにとっては女性とのデートは読書したり音楽を聴いたりするのと変わらない単なる楽しみであり、好きな相手は自分だけと判っていても面白くない事は事実だった。
「やっぱパーティ行かせない方がよかったかなぁ……」
 ホークアイが聞いたら目を吊り上げそうなことをハボックは呟く。別の意味で行かせなければよかったと、後刻思うことになるなどとはその時はまるで気づかぬまま、ハボックは手にしたサンドイッチとビールで腹を満たしていったのだった。


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