霧屋2  第二十六章


「この霧はアンタの仕業か?」
 ゾラは銃を手にロイに尋ねる。聞かれたロイがその唇の端に嘲るような笑みを浮かべるのを見て、ゾラは怒りに顔を歪めた。
「一体どうやって?発火布は取り上げたのに……。大体貴様の二つ名は“焔”なんじゃないのか?」
 錬金術に詳しくないとは言え“焔”の名を持つ錬金術師がこんな霧を操れるとは思えない。それとも錬金術師と名乗る者は色んな錬金術が使えるものなのだろか。そう疑問に思ったものの、今考えたところで意味はないと悟ったゾラはロイに銃口を向けたまま言った。
「まあいい。元々貴様には一緒にきて貰うつもりだったんだ。大人しく俺ときて貰おうか」
「嫌だと言ったら?」
 ロイは銃を向けられているにもかかわらず平然とそう言い放つ。足下に突っ伏しているテロリストをつま先で表に返してロイは言った。
「自分がおかれている状況が判っているのか?もう仲間は一人も残っていないぞ?」
 そう言われてゾラは悔しそうに顔を歪める。確かに仲間は全員倒され母屋の外は軍に囲まれていることを思えば、最早負けは時間の問題かと思われた。それでもゾラはニヤリと笑って見せる。
「そういう貴様こそおかれている状況が判っているのか?取っ捕まる前にこの引き金を引くくらい簡単に出来るんだぞ?」
そんな事を言うゾラにロイもニヤリと笑った。
「出来るものならやってみろ」
「……んだとッ?!」
 まるで小馬鹿にしたように言うロイに、ゾラが顔を怒りに染める。
「いいだろうッ、俺を見くびったことを後悔して死───」
「勝手なこと言ってんじゃねぇッッ!!」
 ゾラが喚いて引き金を引こうとした寸前、ハボックの大声が広間に響く。ハッとして声のした方を見たゾラは、ハボックが咥えた煙草からゆらゆらと霧が立ち上るのを見た。
「な……ッ?まさか、貴様が錬金術師───」
 ゾラが仕舞まで言う前にハボックが床に手をつく。ついた場所から輝いた錬成光が、走った通り道の霧を薄い水の刃に変えて、行き着く先にあったゾラの持つ銃の先端をスパッと切り落とした。
「なん……ッ」
 信じられないと目を見開いたゾラは、だがぐずぐずしてはいなかった。使いものにならなくなった銃を投げ捨て、倒れた仲間が落とした銃に手を伸ばす。だが、目の端に走った錬成光に気づいて伸ばした手を引っ込めた。
「クソッ!!」
 ゾラは床から瞬時に立ち上がる水の刃をよけて身を翻すと広間の扉めがけて走り出す。それを見たロイとハボックもほぼ同時に床を蹴った。
「待てッ!!」
「ッ、大佐っ、アンタはここにいて下さいッ!!」
 ゾラを追ってロイより数歩先に広間から飛び出したハボックは肩越しにロイに叫ぶ。だが、それを聞こえぬフリでロイはゾラの後を追いかけた。
「チキショウッ!!」
 外へ出ようとしたゾラは再び走った錬成光に悔しそうに舌打ちして手近の扉に飛びつく。ハボック達が追いつく前に中に飛び込み体をぶつけるようにして扉を閉めた。
「馬鹿がッ、袋の鼠だというのが判らんか!」
 ロイは言って扉に飛びつく。だが、ロイが回したノブはガチッと音がして開かなかった。
「往生際の悪いッ!」
 チッと舌打ちするロイの肩をハボックがグイと掴む。ロイを扉の前からどかせると、ハボックは咥えていた煙草を指に挟み宙に錬成陣を描いた。そうすれば一際濃い霧が煙草から立ち上り扉の下の隙間からゾラが立てこもった部屋の中へと入っていく。
「大佐に銃を向けたことたっぷり後悔させてやる」
 低くそう言うハボックをロイは驚いたように見つめた。


「チクショウッ!!」
扉に鍵をかけて閉じこもったものの、流石にこれ以上打つ手がなく、ゾラは苛々と部屋の中を歩き回る。
「まさかマスタング以外に錬金術師がいたとは……ッ」
焔の錬金術師の配下に錬金術師がいるなどという情報はなかったはずだ。とは言え今現実にその錬金術師のおかげで追いつめられているのだから情報云々を言っている場合ではなかった。
「なんとかしてこの場から逃げねぇと……ッ!!」
呻くようにそう言ったゾラは視界が急速に悪くなっていることに気づいてギクリとする。隙間から霧が張り込んできているのだと、ゾラは慌てて隙間を塞ぐため、窓にかかったカーテンを引き剥がそうと手を伸ばした。

「こんなもんか……」
 扉の隙間から部屋の中に霧を送り込んでハボックが呟く。
「おい、ハボック、なにをする気だ?」
 あまりに剣呑なハボックの雰囲気にロイが思わずそう聞けば、ハボックがロイを見てニヤリと笑った。
「二度とアンタに手出ししたりしないよう、思い知らせてやるんスよ」
 ハボックはそう言って扉の近くに手をつく。ニッと笑ったハボックの手の下から目映い錬成光が迸った。


カーテンに手を伸ばしたゾラは、不意に自分が水の中にいることに気づいてギョッとする。
「ッッ?!」
 咄嗟に手で口を覆い辺りに目を向けたゾラは、己の周りに揺蕩っていたはずの霧が全て水に変わっているのを見て目を剥いた。
「馬鹿なッ?!」
 思わず喚いた唇からゴボリと空気が零れる。なんとか水から出ようと掻いた手は、だがどこまでも水をかき混ぜるばかりだった。
「くそうッ、クソ───ッッ!!」
 叫ぶゾラの唇からゴボゴボと空気が零れ。
 ビシャンッッ!!
 銃声と共に弾けるように開いた扉から水が吐き出された床に、耳障りな水音を立てて地上で溺れたゾラが目を剥いて倒れ伏した。


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