霧屋2  第二十七章


「終わり。下がって、濡れるっスよ」
 短くそう告げたハボックは腰のホルダーから銃を取り出し扉の鍵を撃ち抜く。鍵の支えをなくした扉は水の圧力に耐え切れず、弾けるように開いた。部屋を満たしていた水が勢いよく流れ出るとそこにはびしょ濡れになったゾラが床に突っ伏していた。
「おい、やりすぎたんじゃないのか?」
 白目を剥いて床に倒れる男を見下ろしてロイが眉を顰める。そうすればハボックがゾラの腕を後ろ手に捻り上げ、親指同士をテープで巻き付けながら答えた。
「やりすぎ?本気で溺れさせてもよかったんスよ?」
 ハボックはゾラの両足首もテープで巻き付けて拘束を終えて立ち上がる。ロイを見下ろしその唇の端に滲む血を親指でこすり取って言った。
「これ、あの男につけられた傷っしょ?アンタの顔に傷つけて、あまつさえ銃まで向けて……やっぱり溺れさせりゃよかった」
 怒りも露わにそう言うハボックをロイは目を見開いて見つめる。クスリと笑えば途端に睨まれて、ロイは慌てて笑いを引っ込めて目を逸らした。
「大体人質の安全確保頼んだのに、なんでアンタも一緒に隠れないんスかッ」
 だが、そんな風に責められれば視線を戻して答える。
「なんで私が隠れなきゃならないんだ」
「発火布も銃もなくて、アンタも立派な人質でしょうが」
 ムッとするロイにハボックがピシリと言う。ハボックはロイの顎をグイと掴んで顔を寄せた。
「こんな傷つけさせて……アンタに痕つけていいのはオレだけだっての」
 ハボックは低く囁くと顔を寄せてロイの傷に舌を這わせる。ピリとした痛みにロイが顔を顰めて逃れようとしたが、ハボックはそれを許さずむしろロイの腰を抱くようにして引き寄せた。
「ん……ッ」
 傷に這わせていた舌を唇の間に捻じ込むようにしてハボックはロイの唇を塞ぐ。深くを合わせきつく舌を絡めればロイが縋りつくようにハボックのコンバットベストを握り締めた。
「お前……ッ、ここをどこだと思ってんだっ」
 握り締めたベストを必死に押し返してロイが言う。キッと睨むロイを睨み返してハボックが言った。
「あのね、オレがどんだけ心配したと思ってるんスか?霧ん中でろくに見えねぇのにテロリストと取っ組み合いするし」
「お前だって同じことをしてるだろう?」
「オレにとっちゃ霧はセンサーなの!アンタはそうじゃないっしょ!!」
 そう言われてロイはウッと言葉に詰まる。むぅと口を引き結んでロイが目を逸らした時、二人の背後で物音がした。


「もう終わったのかしら……」
 テロリスト達が闇雲に乱射する銃声がやんだ後、ロイとゾラの緊張したやり取りが聞こえ、その後誰かの怒鳴り声が響くと同時にクロス越しに目映い光が見えた。入り乱れた怒声と足音が部屋の外へと遠ざかった後もマレーネ達は息を潜めてテーブルの下に隠れていた。だが、その後何も聞こえてこない事に耐えかねてマレーネはそっとクロスの裾をめくる。そうすればうっすらと霧のかかった室内の床にテロリスト達が伸びているのが見えた。
「マレーネ?」
 尋ねるように名を呼んでガーランドもクロスの裾から外を覗き見る。マレーネは室内を見回してテーブルの下から這い出た。
「床に倒れているテロリスト以外、誰もいないわ」
「本当か?」
 マレーネの言葉にガーランドもテーブルの下から出てくる。きょろきょろと広間を見回す父親にマレーネが言った。
「マスタング大佐を探してくるわ」
「マレーネ!どうなっているか判らないんだ、まだここに───」
 引き留める父親に構わずマレーネは広間の扉に駆け寄る。そっと外を覗き見て、誰もいないのを確かめると廊下に出た。
「マスタング大佐、どこかしら……」
 彼の身に何かあったとは思えないが、状況が判らないのではどうにも判断のしようがない。マレーネが足音を忍ばせて廊下を歩いていくと口論するような声が聞こえた。
「なんで私が隠れなきゃならないんだ」
「発火布も銃もなくて、アンタも立派な人質でしょうが」
 その声に廊下の角からそっと伺えば、ロイが長身の軍人となにやら言い争っている。声をかけようかどうしようかと迷うマレーネの前で、男がロイの体をグイと引き寄せた。あっと思う間もなく男がロイの唇を塞ぐのを見てマレーネは目を見開く。深い口づけを交わす二人を呆然と見ていたマレーネは、フラフラと後ずさった拍子にすぐ側にあった観葉植物の鉢を蹴飛ばしてしまった。ガタンと言う物音に、キスの後なにやら言葉を交わしていた二人が振り返ってマレーネを見た。


「マスタング大佐、あの……っ」
「マレーネ」
 振り向けばマレーネが廊下に立っている。ハボックが尋ねるようにロイを見れば、ロイが答えた。
「ガーランド議員のお嬢さんだ」
 争う気配が消えて、息を潜めて隠れていることに耐えられなくなって出てきたのだろうと考えて、ロイは説明をしようとマレーネに向き直った。
「あの……テロリストは、もう?」
 ハボックをチラチラと見ながら不安そうに尋ねるマレーネにロイはにっこりと笑って答えた。
「ええ、もう大丈夫です。テロリストは全て取り押さえました」
 ロイがそう言えばマレーネがホッとしたような表情を浮かべてヘナヘナと座り込む。
「よかった……ッ」
 半分泣いて半分笑ったような、そんな顔でマレーネが胸の前で握り締めた両手を、マレーネの前にしゃがみ込んだロイがそっと包んだ。
「パーティ客が誰一人けがをせずに済んだのはあなたのおかげです、マレーネ。あなたの勇気ある行動に感謝します」
「マスタング大佐……」
 間近でにっこりと笑うロイにマレーネが顔を真っ赤に染める。ロイがマレーネに手を貸して立たせてやるのを傍ら出見ていたハボックが言った。
「大佐、中尉が来てるっスよ」
 そう言われてロイが思い切り顔を顰める。ブツブツと言いながらもマレーネを置いてロイがその場を離れていけば、ハボックがマレーネを見下ろした。
「……ッ」
 その空色の瞳で見つめられてマレーネは目を見開いてハボックを見る。さっき見た光景が本当なのか、まだ信じられずにを見つめれば、ロイの唇を塞いだその唇に咥えられた煙草に錬成陣が描いてあるのに気づいて、マレーネは「あっ」と小さな声をあげた。そんなマレーネをハボックはじっと見つめていたが、不意に目を細めて笑みを浮かべると唇の前で人差し指を立てて見せる。そうして直ぐにロイの後を追って行ってしまうハボックの背中を、マレーネはまん丸に見開いた目で見送ったのだった。


「全員無事で事件が解決できたのはなによりですが」
 と、明るい朝の光が射し込む執務室でホークアイが言う。
「また色々無茶をなさいましたね、大佐」
 ハボック少尉から報告を受けてますと綺麗な眉間に皺を寄せる副官にロイは言った。
「仕方ないだろう?あの場は私に注意を引きつけておく必要があったんだから」
「まあ、確かにアンタがゾラの気を逸らしてくれていたおかげで錬金術使うの、楽だったっスけど」
「そうだろうっ?」
 ボソリと言ったハボックの言葉にロイがこれ幸いと飛びつこうとするのを、ホークアイがピシリと遮った。
「だからと言ってゾラを挑発する必要はありません」
 まったく、と一つ息を吐いてホークアイはハボックを見る。
「少尉、事件の報告書を頼むわ」
「アイ・マァム。……あの、錬金術のことは」
「報告は不要よ。それでよろしいですね?大佐」
「勿論だよ、中尉」
 ファイルを手に視線を投げてくるホークアイに、ロイは机に肘をついた手を組んでにっこりと笑う。その時、コンコンと扉をノックする音がしてフュリーが入ってきた。
「大佐、ガーランド議員の娘から手紙が来てます」
「マレーネから?」
 ロイは受け取った手紙の封をペーパーナイフで切り中身を取り出す。事件解決の礼を(したた)めた短い手紙と共に入っていたもう一通の封書を、ロイはハボックに差し出した。
「お前にだ」
「オレ?」
 ハボックはキョトンとして封書を受け取る。手で封筒を破くと中から便せんを取り出した。
「なんだって?」
 便せんの文字を追うハボックにロイが尋ねる。ハボックは読み終えた手紙を指に挟んで軽く振った。
「上得意が一つ増えたみたいっス」
 そう言えば不思議そうな顔をするロイにハボックがニッと笑って続ける。
「彼女が言ってきたんスよ。これからは何かあったら霧屋によろしくって」


2011/10/25


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阿修羅さまから頂きました45万と1リク「錬金術が使えるハボック、もしくは霧屋2」と言う事で以前書きました「霧屋」の続編をお届けしました。いやもう、途中がダラダラと長くて肝心のハボックが活躍するシーンが殆どないって言う、物凄い申し訳ない話になってしまいました(苦)あああ、もっとハボックを活躍させたかったのに!!どうもミッション物は思うとおりに書けなくて、ジタバタしてしまいます。錬金術ももっとこう、カッコよく使いたかったなぁ(苦)せっかくリク頂いたのにスミマセン(汗)
一応キリリクはリク主様に限りお持ち帰りオッケーなんですが、こんな長いの持って帰っても困りますよね(苦笑)
ともあれ錬金術師なハボック、個人的には好きな設定で、楽しく書く機会をくださった阿修羅さまには本当にありがとうございました。少しでもお楽しみ頂けていたら嬉しいですv