| 霧屋2 第二十五章 |
| 広間の外で電話が鳴り響くのを耳にしてハボックは時計に目を落とす。連絡をとってからきっかり十分後に頼んだとおりゾラに連絡が入った事に、ハボックはうっすらと笑みを浮かべた。 (さて、中尉の期待に応えないとな) 自分を信じて全てを任せてくれたのだ。ロイを助けたいのは勿論だが、ホークアイの期待も絶対に裏切りたくはなかった。 (大佐、頼みましたからね) 三十人の人質の安全確保をロイに頼んだ。こちらから確認する事は出来ないから、ロイがやり終えていてくれることを信じるしかない。ハボックは煙草のケースを開き、今咥えているものと微妙に違う錬成陣が描かれているものを取り出す。咥えていた煙草を火がついたまま床に置くと新しい煙草に火をつけた。そっと目を閉じうっすらと揺蕩う霧に意識を集中させる。 (固まってんのが人質だよな……少し離れてんのがテロリスト……一、二、三……四、いや……もう一人離れてんのがいる。人質……?どっちだ?) センサー代わりの霧を読みとって中の様子を推し量って、ハボックは眉を寄せた。 (待て待て、人質は全部で三十人だろ?人数が判れば……ああ、くそっ、ちょっとくっつきすぎてて判りにくいな) 人質と思われる塊に三十人いるなら残りはテロリストだと思ったものの、身を寄せあって座っているらしい人質の人数は霧が薄いせいもあってはっきりと判らない。少し離れてポツポツと立っている者全てがテロリストなのか、決めあぐねていたハボックは、ふと浮かんだ考えに眉を顰めた。 (大佐か) おそらく一人だけ人質と離れているに違いない。 (まったくもう、人質の安全確保って頼んだのに) ハボックにしてみれば今回に限ってはロイは戦力ではなく人質の一人だ。他の二十九人の人質と一緒に安全な場所にいて貰いたいと考えていたのに、ロイの考えは違ったようだった。 (間違ってシメたって知らないっスからね) ハボックは心の中でそう言って閉じていた目を開ける。時計の針が十五分経過したことを告げたのを確かめ、ハボックは咥えていた煙草を指に挟み揺蕩う霧の下に手をついた。 (行きますよ、大佐ッ) 扉の向こうで息を詰めて時間の経過を待っているであろう人に、そう呟いたハボックの手の下から目映い錬成光が走った瞬間、周囲のものが一瞬にして霧の中に沈んだ。 「な……ッ?!」 ホークアイと話をしていたゾラは突然真っ白になった視界にギョッとして凍り付く。辺りを見回したもののまとわりつくほど濃密な霧は、すぐ側にいるはずの仲間の姿さえ隠してしまっていた。 「なんだよッ、この霧ッ!」 「見えねぇッ!なにも見えねぇぞッ!!」 突然の事に騒ぎ立てる声で仲間がいることを察して、ゾラは声を張り上げた。 「騒ぐなッ!静かにしろッ!!」 ゾラがそう叫んだ時、タイマーの音が鳴り響いた。 (来たッ) 一瞬にして真っ白になった世界の中、テロリスト達が騒ぐのを聞きながら、ロイは手にしていたタイマーのスイッチを押して客たちがいる方向とは逆の方の床にタイマーを滑らせる。二秒前にセットしてあったタイマーは床を滑りながら耳障りな音を立てた。 「そこかッ?!」 「撃てッ!!」 その途端テロリスト達が喚きながら音のする方へと銃を乱射する。濃い霧の中に浮かぶ銃の発射光めがけて、ロイは飛びかかっていった。 辺りが真っ白になってギョッとしたのも束の間、マレーネはハッとして手を伸ばす。テーブルから垂れ下がるクロスを掴むとバッと跳ね上げテーブルの下に飛び込んだ。同じようにして客達が次々と逃げ込んでくる。ガーランドとマレーネが選んで残した人質達は「霧が辺りを包んだら、なにも考えずにテーブルの下に逃げ込め」というロイの指示を間違う事なく実行に移したようだった。 「マスタング大佐……っ」 狭いテーブルの下で震える身を寄せあって、マレーネは一刻も早く事件が終わりを告げることを祈った。 ハボックは一瞬にして母屋を霧に沈めると、伸ばした手の先さえ見えない霧の中、迷うことなく広間に飛び込む。その時、タイマーの音が鳴り響きその音がする方めがけテロリスト達が銃を乱射するのが聞こえた。 「大佐ってば!」 ロイの考えが手に取るように判って、ハボックは思い切り舌打ちする。霧の中腕を伸ばして一番手近にいたテロリストに背後から飛びかかり、一瞬にして沈めた。 「一人ッ」 ハボックが低く数えた時、少し離れた場所で呻き声が上がる。その声に眉を寄せながら、ハボックは霧の中で闇雲に銃を乱射するテロリストの腕を思い切り蹴り上げた。 「うわッ?!」 思いがけない攻撃に怯んだテロリストを、蹴り上げた脚を軸足に変えてもう一方の脚で蹴り飛ばす。 「グハッ!!」 渾身の力で蹴り飛ばされたテロリストは、霧の中を吹っ飛んで派手な音を立ててテーブルの上のものをまき散らし、壁に叩きつけられて気を失った。 「二人っ……大佐っ?!」 さっきの呻き声はロイがテロリストの一人を倒したものと信じてハボックは声を張り上げる。その時銃声に続いてガシャーンッッと窓ガラスが割れる音が響き、立ちこめていた霧が大きく揺れた。 「動くなッ!!」 揺れて僅かに透けた霧の向こう、ゾラが銃を構えて立っているのが見える。ゾラと向き合うようにして、数メートル離れたところにロイが立っているのを確かめ、ハボックは思い切り舌打ちした。 |
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