霧屋2  第十九章


 ハボックは装備のチェックをすると最後にベストのポケットからケースを取り出す。蓋を開け中の煙草を確認し、中の一本を口に咥えた。
「ハボック」
 木の枝を押し上げてブレダが近づいてくる。煙草に錬成陣が描いてある以外、普段と全く変わらない様子のハボックにブレダはクスリと笑った。
「なんだよ」
「いや、お前が噂の“霧屋”だったなんてな。上手いこと騙されたぜ」
「別に騙してなんてねぇよ。内緒にしてただけで」
 ブレダの言葉にハボックが唇を突き出す。ボリボリと頭を掻いてハボックはため息をついた。
「早く終わらせようぜ。表だって任務に使いたくねぇんだよ」
「ハボ、お前……」
 先ほどホークアイに霧屋であることを見抜かれた時、ハボックは自分が錬金術を使える事実を隠しておきたいと言った。上層部に知られてロイの側にいられなくなるような事にはなりたくないと。
 ブレダはニッと笑ってハボックの背をバンッと叩く。「いてぇな」と大袈裟に痛がってみせるハボックにブレダは言った。
「さっさと終わらせようぜ。でないと後でとんでもないこと言い出しそうだ」
「“やっぱり私が出ていかないと駄目だな”とか?」
「そうそう」
 守られる事を良しとしない上司の事を思い浮かべて二人は笑いあう。ブレダが握った拳を差し出して言った。
「テロリスト達は全員誘い出してやる。とっとと大佐達を助け出しちまえ」
「おう」
 ブレダの拳に己のそれを当ててハボックが頷く。
「オレの方はもういつでもいいぜ」
「判った」
 ハボックの言葉にじゃあと手を挙げて、ブレダは部下達が待つ方へと戻っていった。


「さてと」
 ブレダが持ち場に戻って一人になるとハボックはふぅと息を吐き出す。咥えたままだった煙草に火をつければ先端から細かな粒子が立ち上り周囲に広がっていった。
「あんまり濃くするわけにはいかねぇしな……」
 人質がおらず、一人だけで行動するなら母屋ごと霧に沈めてしまえばいい。自分以外は皆敵だと判っているのだからたとえ相手の顔が見えなかろうが問題はなかった。だが、今回はテロリスト達より大勢の人質がいる上、誰がどこにいるかも判らない。母屋を丸ごと霧に沈めるわけにはいかなかった。
「仕方ない、行くか」
 なんともやる気のない言葉を吐き出してハボックは母屋に向かって歩き出す。ハボックの動きにあわせて宙を漂う霧がゆらゆらと揺らめいた。


「おう、外の様子はどうよ」
 広間の外でライフルを手に警戒している男に中から出てきた男が声をかける。そうすれば外にいた男が肩を竦めて答えた。
「判んねぇな。霧がかかってよく見えねぇんだよ」
「おい、そんなでいいのかよ。ゾラさんに怒鳴られるぜ」
 気が短くすぐカッとなるゾラが仲間に対しても容赦がない事を知っている男は眉を顰めて言う。だが、外にいた男はライフルの銃身で肩を叩きながら答えた。
「こっちには人質がいるんだぜ?ゾラの性格だって判ってんだろ。そうそう手出しはしてこねぇよ。あーあ、俺も中に入りてぇ」
 パーティ会場なのだから旨い飯も酒も食い放題、飲み放題だなどと言う仲間に男は呆れた顔をする。一緒にいて何か問題が起きた時に責任を取らされては堪らないと男が中に戻ろうとした時、入口のすぐ側でなにやら音が聞こえた。
「ッ?……聞こえたか?今の」
「ああ。……軍の奴ら何か仕掛けてくる気か?」
 流石に表情を引き締めて男達は顔を見合わせる。頷きあって二人は武器を構えて母屋の入口にそろそろと近づいていった。入口の両脇に立ち一度視線を交わす。片方の男が手を伸ばしてそっと扉を押し開いた。隙間から外の様子を伺ってみるもののよくは判らない。男達は目で合図しあうともう少し扉を大きく開き、そこから外へと出た。外は霧が立ちこめて視界が悪い。広間から出てきた男は注意深く辺りに目を配りながらもう一人の男に話しかけた。
「おい、何か見えたか?」
 銃の先を霧に向けたまま尋ねるが応えはない。男は仲間の方を振り向かないまま苛々と尋ねた。
「おい、返事くらいしろよ」
 幾らやる気がないとはいえこんな時くらいは真面目にやれと男は思う。だが、やはり返事は返らず、男はチッと舌打ちして仲間のいる方を振り返った。
「そっちはどうかって聞いてるんだよッ……おい?」
 振り向いたそこにはゆらゆらと霧が揺蕩っているだけだ。この短い間にどこまで調べにいったんだと不思議に思った男が仲間がいた筈の方へ歩きだした、その時。
「な……なんだっ?!」
 俄に顔の前の霧が密度を増す。息を吸えばまるで水の中に顔を突っ込んでいるように鼻と喉に流れ込んでくるのは水ばかりになって、男は両手で口を覆った。
「ぐ……ッ、ガハッ!!」
 男は空気を求めて必死に霧をかき分ける。だが、顔を取り巻く霧は密度を増すばかりで、遂に男はゴボリと肺の中の空気を全て吐き出した。白目を剥いて地面に倒れていく男の顔から霧が流れるように剥がれていく。地上で溺れかかった男は、自分達に一体なにが起きたのか理解する事もないまま顔から地面に倒れ込んだ。


「よし、とりあえず二人」
 そう呟いたハボックは倒れたテロリスト達の足を掴んでずるずると引きずる。母屋の陰に引っ張り込めばブレダが部下を連れて近寄ってきた。
「おい、下手すりゃ俺もこうなってたんじゃねぇのか?」
 白目を剥いているテロリストを見下ろしてブレダが苦々しく言う。ジロリと睨んでくる友人にハボックはヘラリと笑った。
「ダイジョーブ、加減判ってるから。間違えない限り平気」
「間違えてたら?」
 部下達がテロリストを運び出すのを見ながらブレダが聞く。
「間違えてたら俺は?」
 目を細めて見つめてくるブレダにハボックはヒラヒラと手を振った。
「行ってくる」
「間違って人質シメるなよ」
「しねぇよ」
 そう言って霧の中に消えていく長身を見送って、ブレダはやれやれと一つため息をついた。


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