霧屋2  第十八章


 緊迫した空気に包まれた広場にリンと電話のベルが鳴り響く。ゾラはニヤリと笑うと、電話のボタンに手を伸ばした。
『ゾラ・ウェイダー?』
「俺だ」
 呼びかけるような声にゾラは短く答える。そうすれば、最初の電話と同じ女性の声が怒りを隠さずに言った。
『随分とふざけた事をしてくれたわね』
 そう言うのを聞けばゾラの顔に満足げな笑みが浮かぶ。ゾラはニヤニヤと笑いながら答えた。
「いい趣向だったろう?俺たちのプレゼントを食らって喜んでた人質は沢山いたか?」
『貴方が知る必要はないわ』
 ピシャリと答える声を聞けば、自分たちが思っていたよりもダメージを与えられる事が出来たのかもとゾラは考える。ゾラはゆっくりと歩きながら楽しげに言った。
「そんな言い方していいのか?こっちにはまだ人質がいるんだぜ?」
 言いながら人質を見回すゾラの耳にホークアイの声が聞こえた。
『これ以上人質に何かしてみなさい、叩き潰すわよ』
 低い声にゾラがクククと笑う。挑戦的なホークアイの言葉にもゾラは怒り出さずに言った。
「それで?俺は誠意を見せたぜ?」
『誠意?あれが?』
「ちゃんと人質を解放しただろう?解放のやり方までは指示されなかった筈だぜ」
『屁理屈ね』
 ピシャリと言われてもゾラの顔からは笑みが消えない。自分の優位を確信してゾラは言った。
「で?俺の要求を飲むのか?」
『飲んだところで人質を無事解放するとどうして信じられるの?』
 あんなことをしておいて、と言うホークアイにゾラが答える。
「飲まなきゃ人質の解放はあり得ないぜ」
 そうすれば、少しの間の後ホークアイの声がスピーカーから聞こえた。
『今上層部が協議中よ。もう少し時間がかかるわ』
「協議中!人質なんてどうでもいいように聞こえるぜ?」
 わざと大袈裟にゾラは言う。だが、スピーカーからは冷静な声が流れた。
『無茶な要求なのは判っているんでしょう?決定するにも実行するにも時間がかかる』
 そう告げる声にゾラは眉を跳ね上げる。フンと鼻を鳴らしてゾラが言った。
「まあいい。あんまり待たせるな。待ちくたびれて人質を一人ずつ殺したくなったら困るだろう?」
 ゾラが言えば短く『また連絡する』と答えが返って電話が切れる。ゾラはフンと鼻を鳴らして人質を見渡した。視線をロイの上で止めてゾラは言う。
「上層部に見捨てられんといいなぁ、マスタング大佐」
 そう言えば鋭い光をたたえる黒曜石に、ゾラは下卑た笑いを響かせたのだった。


 カチリと通信機のスイッチを切る音に周りで息を詰めて聞いていた男たちが一斉に息を吐き出す。中でもフュリーは可哀想なほどヘナヘナとして通信機にしがみついた。
「心臓に悪すぎですー」
「あら、どうして?」
 本気で不思議そうな顔をするホークアイにフュリーは返す言葉も出てこない。真っ当な神経をしているのはきっとこの中では自分だけだとフュリーが思っていると、ホークアイがハボックに言った。
「それで?方法は考えついた?少尉」
 言われてハボックがボリボリと頭を掻く。
「方法っても結局は中に忍び込むっきゃないでしょう?」
 ハボックは考えるように腕を組んで言った。
「テロリスト達は人質と同じ場所にいるんスかね」
「どうかしら、向こうだって警戒はしているはずよ」
「何人かは見張りに立ってるんじゃないのか?」
「だよな」
 ブレダの言葉にハボックは頷く。
「なるべく多くのテロリストを人質から引き離したいな。その方が少しずつ始末出来る」
「方法は?」
 ホークアイが尋ねればハボックが咥えていた錬成陣を描いた煙草で宙になにやら描いた。するとブレダの前で揺らめいていた霧の粒子が俄に密度を増す。ゲッと目を見開いて必死に霧を振り払おうとするブレダを見てハボックが言った。
「こうやって」
 そう言うと同時にパチンと指を鳴らせばブレダの顔を覆っていた霧が霧散する。ゲホゲホと咳込んでブレダはハボックを睨みつけた。
「俺を殺す気かッ、ハボ!!」
「やだなぁ、殺しても死なないじゃん、ブレダは」
 ヘラリと笑うハボックの襟首をブレダが掴む。まあまあとフュリーに宥められて手を離したブレダにホークアイが言った。
「ブレダ少尉、陽動をお願い」
「全部ハボックにやらせりゃいいじゃないですか」
 命の危険を感じたブレダがムスッとして言えば、鳶色の瞳が見つめてくる。その視線にブレダはチッと舌打ちして言った。
「この世の珠玉と謳われた俺の命を危うくさせた償いはちゃんとしてもらうからな」
「ビール一杯で」
 飲み損ねたんだろ?と笑うハボックにブレダが俺の命はそんなに安いかと歯を剥き出す。
「じゃれるのはそこまでにして。さっさと済ませるわよ」
「「アイ・マァム!!」」
 ホークアイが一言言えば途端に表情を引き締めて、ハボックとブレダはそれぞれの役割を果たすために散っていった。


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