霧屋2  第十七章


「まったく……気にいらねぇ霧だぜ」
 ゾラは窓の外に揺蕩う霧を忌々しげに見つめる。この霧のせいで無抵抗の人質を的にして楽しむことも叶わなかった。
「少しぶち込んでやりゃあ向こうもビビって交渉に応じてくると思ったのによ」
 そう言ってゾラは思い切り舌打ちする。思った展開にはならなかったが広間の片隅に固まっている人質を見れば、まだまだこちらの方に分があるように思えた。
 ゾラは人質に向けた視線をゆっくりと動かしていく。そうすれば床に座り込んでこちらに鋭い視線を投げかけてくるロイと目があった。
「マスタング大佐」
 ゾラはにんまりと笑ってロイに話しかける。ゆっくりと近づいて行けば人質たちの間で緊張が走るのが判った。
「どうすることも出来ないっていうのはどういう気分だ?」
 ニヤニヤと笑いながら尋ねるゾラにロイは肩を竦める。
「別にどうという事もない。そもそも私の部下は私が動き回るのにいい顔をしないんでね。今頃は私がいなくてのびのびと事に当たっているだろう」
 まるで(こた)えた様子のないロイにゾラは顔を歪める。銃の先でロイの顎をグイと持ち上げるとロイに顔を近づけて歯を剥いた。
「そんな悠長に構えていられるのも今のうちだ。すぐに吠え面をかかせてやるからな」
「吠え面をかくのはお前だと思うがな」
「ッッ!!」
 ニッと笑って返すロイにゾラの顔が怒りで赤く染まる。ゾラは銃を持った手でロイの顔を横殴りに殴るとクルリと背を向けてロイから離れた。
「大丈夫ですかっ?」
 ゾラが声が届かないところまで離れるとマレーネがロイに囁きかける。ロイは唇の端に滲む血を指で拭ってやれやれとため息をついた。
「まったく……怒らせてしまうじゃないか」
 そう呟くロイの瞳がどこか別の場所にいる人物を見ているように思えて、マレーネは首を傾げる。「あの……」と遠慮がちに話しかければ、ロイがハッとしたようにマレーネを見た。
「あ……ああ、大丈夫です。大したことありません」
 そう答えればマレーネがホッと息を吐く。ロイはマレーネに笑ってみせると窓の外へ目をやった。
(怒るだろうな、ハボックの奴)
 顔につけられたこの傷を見たら、ハボックは激怒するに違いない。いらぬ騒ぎを起こさないで済むよう、事件が終わるまではハボックに見せないようにしよう。ロイはそう思いながらそっと傷を押さえたのだった。


「ハァックション!!」
「うわ……きったねぇな、ハボ!」
 思い切りクシャミをかけられてブレダが顔を顰める。ズズッと鼻を啜りながらゴメンと呟いたハボックは、霧を振り払うようにブルッと身を震わせた。
「意外と冷えるなぁ」
「そうかぁ?暑いから丁度いいじゃねぇか。なぁ、ハボ。熱帯夜で暑くて眠れねぇんだよ、毎晩霧出してくれねぇか?」
「人をクーラー代わりに使うんじゃねぇよ」
 今がどういう状況か、判っている筈なのにのんびりとそんな会話を交わすハボックとブレダを、フュリーはげんなりと見つめる。
「そんな事言ってる場合じゃないのに……」
 思わずフュリーがそう呟いた時、ホークアイが通信機のスイッチに手を伸ばした。それを見て流石のハボックとブレダも表情を改めてホークアイを見る。フュリーが恐る恐ると言う風に尋ねた。
「文句は言わないんですよね?」
「あら、どうして?」
 平然と答えるホークアイにフュリーが「冗談ですよね」と縋るようにハボック達を見る。ハボックは一つため息をついて尋ねた。
「で?なにを話すんです?」
「上に仲間を解放する気がないのなら引き延ばすのが第一ね。その間に」
「人質の解放ですね」
「具体的には?」
 ハボックが尋ねれば皆がハボックを見る。その視線の意図するところに気づいたハボックが思い切り顔を顰めた。
「……オレ?」
「そりゃお前、使えるものは何でも使うのが前提だろ?」
「ブレダのはただ楽したいだけじゃねぇの?」
 そう返すハボックにブレダはニヤニヤと笑う。「くそう」とぼやいたものの、ハボックはボリボリと頭を掻いて言った。
「早く助け出さないと後で絶対煩いんで、考えますよ」
「ではまず時間稼ぎね」
 ハボックの言葉に頷いて、ホークアイはスイッチをパチンと入れた。


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